Phantoms of the past - 078

10. 過去の手紙



「レギュラス・ブラック?」

 私はたった今しがたリーマスの口から聞かされた名前を繰り返した。もしかしたら聞き間違いではないかと思ったのだ。だって、誰だってそう思うだろう。私とレギュラス・ブラックにはなんの関係性もないのだ。けれども、聞き間違いではなかったらしい。リーマスは深刻な顔をして「ああ、そうだ」と頷いた。

「君に話しておくべきだった……レギュラスはもう亡くなっているから、余計なことを話して不安を煽るべきではないと思ったんだ。それにほら、レギュラスの兄はシリウスだ。私達はお互いその話題を避けていただろう?」

 リーマスは少しだけ言いづらそうにしながら、1年振りくらいにその名前を口にした。前にその名前を口にした時には、私が無理矢理話を遮ったように思う。それ以来、私達は互いにシリウスの話題を避け続けた。私が避けていたのは、うっかり真実を話してしまわないためでもあったのだけれど、リーマスは私も自分と同じように「裏切り者の話はしたくないのだろう」と考えていることだろう。

 本当は違うよ、と話せたらどれだけいいだろう。けれども、私は話さないことに決めたのだ。リーマスだけでなく、ダンブルドア先生にも、だ。話すことによって未来にどんな変化がもたらされるのか分からないのが、私は怖いのだ。それによってシリウスの人生だけでなく、リーマスの人生も滅茶苦茶になってしまったら、私は自分のことを一生許せないだろう。

「しかし、今となっては無理にでも話しておくべきだった――実はね、ハナ。レギュラスは君のことを随分前から知っていたんだ」

 言葉を選ぶようにリーマスがゆっくりとそう言うのを聞いて、私は思わず眉根を寄せた。私はレギュラスと会ったことは一度もない。それなのにレギュラスが私のことを随分前から知っていたというのはどういうことなのだろう。

「ねえ、どういうこと? どうして、レギュラスは私のことを知っていて、私を探していたの?」
「ハナ、君は見られていたんだ。図書室でシリウスと2人で会った日のことを覚えてないかい?」

 リーマスの言葉に私は自分の記憶を手繰り寄せた。シリウスと図書室で会ったのは確か3回目の時だ。目覚めたら図書室に座っていて、目の前にシリウスが現れたのだ。あの日はジェームズがクィディッチの練習でいなくて、シリウスは1人だった。そこで私は――。

「私、図書室でシリウスに普段は違う世界にいることを話したのよ。まさか、そばで聞いていたっていうの……?」
「その、まさかだ。どこまで聞いたのかまでは分からないが、きっとその話もレギュラスは聞いていたんだろう。しかし、初めはバカバカしい嘘だと思ったのかもしれない。それから3年程はレギュラスは動かなかった」

 3年間の間にレギュラスは私について忘れていたのかもしれない、とリーマスは話した。けれども、3年の月日を経て、レギュラスは再び私の存在を思い出した。最後のあの日以降、スネイプ先生が私についてあれこれ探り始めたからだ。スネイプ先生に直接聞いたのか、間接的に知ったのかは分からないが、それによってレギュラスが私について思い出すことになったというのがリーマスの推察だった。

「そして、レギュラスは君に興味を持った。君が本当は何者なのか知ろうとし、16年半前――つまり、最後のあの日から1年後の夏休み、遂に行動を起こした」
「一体、何をしたの?」
「ブラック家の屋敷しもべ妖精ハウス・エルフにシリウスの記憶を読ませようとしたんだ。夏休み中レギュラスは魔法は使えないが、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフはその限りではない……きっと、ルシウス・マルフォイに手紙を書いたのはその前後だろう」

 そしてその夏、シリウスはブラック家から家出をした。レギュラスはヴォルデモート卿にひどく心酔していたので、ヴォルデモートに情報が漏れることを恐れたのだ。友人からシリウスが16歳の時に家出をする、というのは聞いたことがあったけれど、まさかそれに自分が関わっているなんて思いもしなかった。シリウスは私を守ろうとして家出をしたのだ。

「それで、私達は6年生の時、閉心術の訓練をピーターを含めた・・・・・・・・4人で始めた。しかし、このことが後々私達に悪い影響を及ぼした。私達の誰も、シリウスが心変わりしたことに気付けなかったんだ――ジェームズですらね」

 最後の言葉をリーマスは憎々しげに呟いた。彼らは互いに閉心術を習得し、それによって互いの本心を読むことが出来なくなっていた。だから当時、誰が本当の裏切り者なのか知ることが出来なかったのだ。それは最早誰のせいでもない。もし、誰かの名前を挙げるとするのならば、それは他ならぬ私だろう。

「私が関わったせいで、貴方達が……」
「いや、それは違う。私達はいずれ、閉心術を必要としただろうし、君のせいでこうなったわけじゃない。これは起こるべくして起こったことなんだ。君がこうなることを既に知っていたのがその証拠だ。君が知っていた未来は君が関わっていなかった未来だからね――私達はいずれ、こうなる運命だったんだ」

 パチパチと炎が爆ぜる音だけが静かなリビングに響き渡ると、私とリーマスの間に沈黙が訪れた。リーマスはじっと耐えるように拳を握り締めていて、私はそんな彼の顔を覗き込むと優しく語りかけた。

「夕食にしましょう、リーマス」
「ああ、そうだね――そうしよう」

 こうして、私とリーマスの2度目のクリスマス休暇は静かに始まったのだった。