Phantoms of the past - 077

10. 過去の手紙



 ホグワーツ特急は11時に小さなホグズミード駅を出発した。約3ヶ月半振りの汽車の旅だというのに、私は1人きりでコンパートメントに座っていた。同室の子達ともセドリックとも、私は一緒に座らなかったのだ。向かいの席にレイブンクローの下級生が1人座っていて、コンパートメントに完全に1人きりにはなれなかったけれど、相席となった彼女は静かだし実質1人のようなものだった。

 私がどうして1人きりで座っているかといえば、今朝のマルフォイの言動が原因だった。あれからずっと頭の中でマルフォイとの会話がリフレインして、誰かとお喋りを楽しむ気分にはなれなかったのだ。今の私には、ゆっくり考える時間が必要だった。

 マルフォイは16年以上前にルシウス・マルフォイが手紙を貰ったと話していた。手紙の差出人は聖28一族に名を連ねる純血の家系の誰かだ。手紙にどんなことが書かれてあったのかは分からないけれど、もし差出人がスネイプ先生なら容姿の特徴はもちろんのこと「レイブンクロー生」だとも書いてあったのかもしれない。そして、召喚魔法のことを知らないマルフォイ父子おやこは、それが私自身のことだとは思いもせず、捜し人が私の母だと思った――こうして、マルフォイ父子おやこの中で私は「マグル生まれと嘘をつくレイブンクロー生の女の娘」となったのだ。

 きっと、マルフォイは父親から話を聞いて「自らがスリザリンの継承者だと欺くために嘘をついている」と考えたのだろう。この分ではスネイプ先生も私が嘘をついていると思っているに違いない。去年、スネイプ先生について話をした時にダンブルドア先生が「まさか本人だとは思うておらぬじゃろうが、あの時見た少女の娘くらいには思っているかもしれぬ」と話していたからだ。

 やはり、手紙を書いたのはスネイプ先生だろうか。ルシウス・マルフォイはスリザリン出身だというし、スネイプ先生と交流があってもおかしくはない――リーマスはこのことについて何か知っているだろうか。いや、手紙の件を知らなくても、少なくとも聖28一族については知っているはずだ。そうすれば、スネイプ先生が書いたかどうかがはっきりするだろう。

「車内販売よ。何かいりませんか?」

 ようやく考えが纏まり始めたころ――コンパートメントの扉が開いて、車内販売の魔女が姿を見せた。魔女が押しているワゴンに乗せられたたくさんのお菓子や軽食、飲み物を見たら急にお腹が空いてきて、私はお気に入りのサンドイッチを買うことにした。魔女からサンドイッチを受け取りながら、向かいの席に座っている女の子に視線を移す。

「貴方は何か食べる?」

 すると、汽車に乗ってからこれまでずっと雑誌を読みふけっていた女の子が顔を上げてこちらを見た。バラバラと広がっている腰まで伸びた濁り色のブロンドの髪に、大きな目をした女の子だ。読んでいる雑誌は「ザ・クィブラー」というタイトルだったが、なぜかこの数時間逆さまになったままだった。彼女の名前は確かそう――ルーナ・ラブグッドだ。変わり者が多いとされるレイブンクローの中でも特に変わり者だと誰かが話しているのを聞いたことがある。

「うん。あたし、パンプキンパイ」

 ルーナはじーっと私のことを見つめながら言った。変わり者だとは言われているけれど、悪い子ではなさそうだ。私はそんな彼女にニッコリ微笑むと、サンドイッチと一緒にパンプキンパイの料金も支払うことにした。これまで、私をそっとしておいてくれたことに対するささやかなお礼だった。

「はい、貴方のパンプキンパイよ。確か、ルーナだったわよね?」
「うん。あんたは、ハナ・ミズマチだ。あたし、知ってるよ」
「私のこと、知っててくれたの? ありがとう」
「頭が良くて美人だって、みーんな話してるもン」

 それからの残りの時間はルーナとのお喋りの時間になった。彼女が読んでいた雑誌は父親が編集長を務めていて、逆さまで読んでいたのはその中の記事に古代ルーン文字を逆さまにすると呪文が出てくる、という記事を読んでいたからだと分かった。1年生なのにもうルーン文字の記事を読んでいるなんて、流石はレイブンクロー生だ。ルーナも私が彼女のことを変だと言わなかったからか、ニッコリ笑って「あんた、いい人だね」と言ってくれた。


 *


 夜になるとホグワーツ特急はようやくキングズ・クロス駅の9と4分の3番線に到着した。私はルーナに「いいクリスマス休暇を」と言って別れると、電車に乗り込みメアリルボーンの自宅へと急いだ。クリスマス休暇に合わせてリーマスが家に来てくれることになっているから、きっと家に帰れば、リーマスが夕食の支度をして待っていてくれるだろう。

「おかえり、ハナ」

 家に着くと思っていた通り、リーマスが夕食の支度をして待っていてくれた。リーマスは夏休みに見た時から傷はそれほど増えていなくて、私は「ただいま」と返しながら胸を撫で下ろした。どうやら夏休みから毎月満月の日になるとロキがリーマスの元へ行っているようで、リーマスは1人きりよりずっとマシだと話していた。そのロキはというと、今年の冬はホグワーツでヘドウィグと一緒に過ごすそうで、帰りたがらなかったので、ホグワーツのふくろう小屋で留守番中である。

「リーマス、帰ってきて早速だけど、貴方に話があるの。ルシウス・マルフォイのことよ――」

 出迎えてくれたリーマスのあとに続いて、大きなトランクを持ってリビングへと向かいながら私がそう言うと、リーマスはギョッとした様子でこちらを振り向いた。眉根を寄せながら「ルシウス・マルフォイだって?」と言う。

「ええ、そうなの。実は、今朝息子の方に声を掛けられたんだけれど、ルシウス・マルフォイが16年以上前、誰かから手紙を貰ったらしいの。その人は私を捜していたんですって」
「どうしてルシウス・マルフォイなんかに手紙を……差出人はスネイプかい?」
「分からないわ……手紙に具体的に何が書いてあったのかも分からないの。でも、見た目の特徴だとか、レイブンクロー生だとかは書いてあったと思うわ。でないと、ルシウス・マルフォイが私について息子にあれこれ言うはずがないもの」

 暖かなリビングに入り、隅の方にトランクを置くと私達はどちらともなくソファーに座った。暖炉の中で炎がパチパチと弾けている。

「彼らは捜し人が君の母親だと思っただろうね」
「ええ――特徴が似ていたから私の母のことだと思ったみたい。流石に召喚魔法のことは知らないから、私自身のことだとは夢にも思っていないはずよ。ただ、マグル生まれだと嘘をついていると思われたわ。それで、マルフォイは私こそが継承者だと考えて、手伝いたいって言ったのよ。信じられる?」
「ダンブルドアが後見人になったのは、スリザリンの血筋だからだと考えたのかもしれないね。それに君は優秀だ」
「私、貴方と同じようにルシウス・マルフォイに手紙を書いたのはスネイプ先生だと考えたの。ほら、最後のあの日、私達は会ったことがあるでしょう? ダンブルドア先生もスネイプ先生は私のことをあの時の少女の娘だと思っているだろうって仰ったし、可能性があるなら彼しかいないわ――でも、分からないのは手紙の差出人が聖28一族に名を連ねる家系の生まれだということなの。スネイプ家がその中に入ってるか、リーマス、分かる?」

 私がそう言うと、途端にリーマスの顔が凍りついた。どうやら心当たりがあるらしい。リーマスは何かを迷うように口を開いたり閉じたりを繰り返したのち、ようやく声に出して言った。

「ハナ、手紙の差出人はスネイプじゃない――レギュラス・ブラックだ」