Phantoms of the past - 076

10. 過去の手紙



 翌朝――クリスマス休暇の初日も私はいつも通り早起きをした。寮の部屋の窓から外を見ると雪は降っていないようだったので、いつものルーティンをこなすために長い螺旋階段を降りて寮を出た。廊下は凍てつくように寒くて、若干めげそうである。

 校庭に出ると外はもっと寒くて、念入りに準備運動をしてから軽くランニングをした。呼吸をするたびに冷たい空気が肺の中を満たして、なかなか身体が温まらなかったけれど、ランニングを終える頃にはじんわりと汗をかく程度になった。座禅は部屋に戻ってからしようと、樫の木の大きな扉をくぐって玄関ホールに入ると、階段へと足を向ける。

「次はどこで襲うかの下見か? ミズマチ」

 階段を上ろうと1段目に足を掛けたところで、誰かに声を掛けられて私は立ち止まった。この声には聞き覚えがある――振り返れば、薄ら笑いを浮かべているマルフォイがそこに立っていた。

「バカなことを言わないで――私は運動していたのよ。朝のランニングが日課なの」

 そんなことを言うなら、ホグワーツ特急に乗る必要がないのに早起きをして校内を歩き回っているマルフォイ自身も十分怪しいのではないか、と思ったけど、それは口には出さなかった。溜息をつくと呆れた目をしてマルフォイを見遣る。そんな私にマルフォイはハッと鼻で笑った。

「バカな奴らは君の言うことを信じるだろうな」

 まるで私こそが継承者であると思っているかのような口振りである。私は不快感を隠そうともせず、思いっきり顔をしかめた。

「貴方、何が言いたいの?」
「ミズマチ――僕は君が多くの嘘をついていることを知っている。君はマグル生まれなんかじゃない。そうだろ?」
「私はマグル生まれよ」
「なら、どうして純血の魔法使いが君の母親のことを捜していたんだ? その人物は聖28一族に名を連ねる家系の生まれで、正真正銘の純血だ。そんな人物がただのマグルを捜すはずがない――」

 「16年以上前、父上は手紙を貰ったんだ」とマルフォイがはっきりとした口調で言って、私は鏡を見なくても自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。マルフォイの言う純血の魔法使いが探していたというのが自分のことだとすぐに分かったからだ。ルシウス・マルフォイはきっと16年以上も前のことだから、母親のことだと結論づけたのだろう。

 しかし、一体誰がルシウス・マルフォイに手紙を書いたのだろうか。真っ先に思い浮かぶ顔はスネイプ先生だ。彼はあの最後の日に私と顔を合わせているし、その後私についてあれこれ詮索するのでジェームズ達がダンブルドア先生に相談して、先生に釘を刺された話も聞いたことがある。もし、探っていたときにルシウス・マルフォイに手紙を出していたのなら辻褄は合うけれど、スネイプ家は聖28一族かが、私には分からなかった。

 聖28一族という言葉自体は知っている。少しだけ本で読んだことがあるからだ。魔法界の歴史について調べていた時にそういうことが書かれた本がある、という記述を見つけたのだ。確か、1930年代に匿名で出版された『純血一族一覧』という本の中で確実に純血の血筋だと判断された28のイギリス人家系のことである。しかし、私はまだその本自体を読んではいなかった。そんなバカバカしい本があるなんて、と読み飛ばしただけだったのだ。

「どうした? 顔色が悪くなったぞ、ミズマチ」

 ニヤニヤと笑いながらマルフォイが言って、私は唇を真一文字に引き結んだ。

「私はマグル生まれよ、ミスター・マルフォイ。貴方のお父様に手紙を書いた人物が捜していたのは私の母ではない・・・・・・・わ。そして、私もハリーも貴方が考えているようなバカな真似なんかしていない」

 なるべく冷静に、と何度も心の中で自分に言い聞かせながら、私は言った。マルフォイは私が嘘をついていると思っているのか、未だにニヤニヤとこちらを見ている。

「それは残念だ」

 全く残念そうではない口調でマルフォイが言った。

「ポッターでなく君が継承者なら、僕が直々に手伝ってやろうと思ったのに」
「結構よ」

 吐き捨てるようにそう言うと、私はくるりとマルフォイに背を向けて階段を登り始めた。2人きりの玄関ホールには、私が階段を踏み締める音とマルフォイがその場から立ち去る足音だけが響いていた。