Phantoms of the past - 075

10. 過去の手紙



 ジャスティンとニコラス卿の2人が一度に襲われた事件で、生徒達はこれまでのような漠然とした不安感では済まなくなった。どうやらゴーストであるニコラス卿が襲われたことが、生徒達の不安感を煽ったらしい。クリスマス休暇にホグワーツに残ることにしていた生徒達の多くが慌てて汽車の予約を入れ、ホグワーツに残る生徒は各寮ほんの僅かとなった。

 ハリーはほとんど全員がホグワーツからいなくなることがむしろ嬉しいようだった。なぜなら、この間の事件以来みんながハリーを避けるようになったからだ。ハリーがそばを通ると、指差しては「シーッ」と言ったり、ヒソヒソ声になったりするので、ハリーはうんざりしている様子だった。

 しかし、これを面白がっている生徒が2人だけいた。フレッドとジョージだ。彼らはわざわざハリーの前に立って廊下を歩き、「したーにぃ、下に、まっこと邪悪な魔法使い、スリザリンの継承者様のお通りだ……」と先払いした。スリザリンの継承者などと本気で思っていないからこそ出来るおふざけである。

 彼らのお兄さんでグリフィンドールの監督生であるパーシーは、このおふざけにカンカンだったけれど、私はこれがとても好きだった。なので、廊下で出くわした時に「あら、貴方達、私の家臣じゃなかったの?」とわざと怒ったように言っておふざけに参加すると、フレッドとジョージだけでなくハリーも嬉しそうだった。

 けれども、パーシーだけでなく、ジニーもただのおふざけだとは思っていなかった。フレッドとジョージが継承者の家臣ごっこに興じる度に、ジニーは「お願い、やめて」と涙声になっていた。例え冗談だと分かっていても、憧れている人がスリザリンの継承者として扱われるのが嫌だったのかもしれない。

「ポリジュース薬がまもなく完成よ。彼の口から真実を聞く日も近いわ――運良くマルフォイが居残ってくれるから、この休暇中が話を聞くチャンスだと思うの」

 クリスマス休暇があと数日に迫っていたある日、ハーマイオニーは計画の一端を話してくれた。ハーマイオニーはなぜかハリーやロンよりこの計画に意欲的で、決闘クラブでミリセント・ブルストロードと格闘した時に彼女の髪の毛も手に入れたという。

「ハーマイオニー、気を付けてね。特に、ブルストロードはホグワーツに残らないから怪しまれないように。マルフォイだって、そんなにバカじゃないわ」
「ええ、上手くやるわ。心配しないで、ハナ。貴方は休暇を楽しんでね」

 ハーマイオニーはやる気に満ちた目で大丈夫だと頷いてみせた。ハーマイオニーはしっかり者なので、きっと上手くやってくれるだろう。

 というわけで私は、閉心術に続いて、遂にポリジュース薬の課題からも一足先に解放されることとなった。私に残された課題はあと1つ――動物もどきアニメーガス――のみとなり、休暇までの数日を私は杖なし呪文の練習に費やすこととなった。

 杖なし呪文は無言呪文よりも遥かに難しくて、長い間成果がないままだっただった。毎晩、同室の子達が寝静まったあと、星屑製造機スターダスト・メーカーを睨みつけて練習しているのだが、魔力のコントロールが難しいのだ。この間カーテンを燃やしかけたのもこれが原因だ。最近ではほんの少しだけ星屑製造機スターダスト・メーカーも反応するようになったと思うのだけれど、そこから先がなかなか難しい。

 クリスマス休暇の前日の夜も、私は同室の子達が寝静まるのを待ってから、杖なし呪文の練習を始めた。杖を使わないよう仕舞い込み、ベッド上に正座をして天蓋から吊るされた星屑製造機スターダスト・メーカーを睨みつける。

 ――大丈夫。たった一度だけど成功したことはあるし、閉心術だって出来るようになった。杖なし呪文だって出来るはず。

 心の中で何度も言い聞かせ、深呼吸する。そして、もう一度だけ「大丈夫」と自分に言い聞かせてから、私は心の中で呪文を唱えた。すると、

「やった……やったわ!」

 真鍮製の球体から夜空が生まれた。ベッドの天蓋は深い青のもやのようなものに包まれ、そこには星々が輝き、流星が流れている。下を見るとそこには草木が生え、森が生まれていた。

 杖なし呪文が成功した瞬間だった。
 思わず叫び声を上げてしまい、私は慌てて口を両手で塞いだ。そっと閉じられたカーテンの隙間から様子をうかがうと、同室の子達は誰も起きた気配がなかった。ホッとして再びカーテンを閉じる。

「やったわ……ジェームズ。私、やったのよ……」

 今度は小声で呟いた。その呟きにジェームズからの返事はもちろんなかったけれど、生まれた星達がまるで祝福するかのように私の頭上で輝いていた。