Phantoms of the past - 073

9. ジャスティンとほとんど首無しニック



 ふくろう小屋にマクゴナガル先生がやってきてから5分後――私はダンブルドア先生と共に校長室へと急いでいた。なんと今朝ハリーとの話題にも上がったジャスティン・フィンチ-フレッチリーとほとんど首無しニックが石にされたというのだ。しかも、第一発見者はハリーだという。昨日の今日で最悪のタイミングである。マクゴナガル先生が手に負えないと判断して、ハリーを校長室に連れて行くのも至極当然のことに思えた。

 けれどもなぜ私まで校長室に向かっているかといえば、ひとえにダンブルドア先生がついてくるよう言ったからに他ならない。マクゴナガル先生はこの決定に「ミズマチを連れて行くのですか?」と終始納得いかない顔をしていたが、それ以上ダンブルドア先生の決めたことには口を出さなかった。ダンブルドア先生が決めたのならそれが一番なのだろうと思ったに違いない。

「先生、ハリーが犯人ではありません」
「わしもそう思っておるよ。ハリーは偶然居合わせたに過ぎない、とな。しかし、秘密の部屋は確実にどこかに存在し、何者かによって開かれておる……」

 話をしているうちに私達は先程通り過ぎた校長室の入口の前に辿り着いた。ダンブルドア先生がガーゴイル像に向かって「レモン・キャンディー!」というと、像はいつも通りピョンと跳んで脇に寄った。どうやらダンブルドア先生の今のお気に入りのお菓子はレモン・キャンディーらしい。

 螺旋階段に乗り、上へ上へと向かっている間、ダンブルドア先生は難しい顔をしたまま黙り込んでいた。ハロウィーンのミセス・ノリスに始まり、11月にはコリン・クリービーが、そして、今月にはジャスティンとゴーストのニコラス卿が襲われたとあっては、そんな顔をしたくもなるというものだ。なにせ、まだ解決の糸口が何も見えていないのだから。

「先生」

 私達が螺旋階段を上りきり、樫の木の扉を開けて中に入ると、そこには慌てふためいているハリーがいた。扉のそばにある金の止まり木のそばに立っていたハリーは、ダンブルドア先生に続いて中に入ってきた私に気付いていないようで、「先生の鳥が――僕、何もできなくて――急に火がついたんです――」と続けた。見れば、燃焼日が近付いてヨボヨボとしていたフォークスの姿はなく、床の上に灰が積み上がっていた。灰はブスブスと音を立てて煙を上げている。

「まあ、フォークス」

 遂に燃焼日が来たのだ。思わず声を上げて私は灰の前にしゃがみ込んだ。新しく生まれ変わったフォークスはきっとこの中にいるのだろう。

「どうしてあと数分、待っていてくれなかったの? 立ち会いたかったわ」

 たった数分差だったに違いない。どうせなら燃焼日の瞬間をこの目で見たかったのに、と恨みがましく思いながら灰の中のフォークスに話しかけると、ようやく私がいることに気付いたハリーが視界の端でぽかんと口を開けているのが見えた。そのハリーの様子にダンブルドア先生もにこやかに口を開く。

「そろそろだったのじゃ。あれはこのごろ惨めな様子だったのでな。早く済ませてしまうようにと、何度も言い聞かせておったんじゃ」

 ダンブルドア先生か微笑みながらそう言うので、ハリーは混乱したままその場に立っているだけだった。

「ハリー、フォークスは不死鳥じゃよ。死ぬ時が来ると炎となって燃え上がる。そして灰の中から蘇るのじゃ。見ててごらん……」

 フォークスはダンブルドア先生の言葉を待っているかのようだった。ダンブルドア先生の話を聞いたハリーも床の上の灰を見下ろすと、タイミングよく小さな雛が顔を突き出した。まだくしゃくしゃで、燃焼日前のヨボヨボとしたフォークスにちょっと似ている。

「ちょうど“燃焼日”にあれの姿を見ることになって、残念じゃったの」

 ダンブルドア先生が奥に置かれた事務机に座りながら言った。

「あれはいつもは実に美しい鳥なんじゃ。羽は見事な赤と金色でな。うっとりするような生き物じゃよ、不死鳥というのは。驚くほどの重い荷を運び、涙には癒しの力があり、ペットとしては忠実なことこの上ない」

 話しながらダンブルドア先生は明るいブルーの瞳でハリーをじっと見つめた。きっとジャスティンとニコラス卿の話をこれからするに違いない――私は立ち上がると、ハリーの隣に並んだ。すると、

「ハリーじゃねえです。ダンブルドア先生」

 校長室のドアがバーンと大きな音を立てて、ハグリッドが飛び込んできた。目を血走らせ、真っ黒なもじゃもじゃ頭の上に本来は頭から首まですっぽり覆うはずのバラクラバ頭巾をちょこんと載せて、手にはなぜか鶏の死骸をぶら下げている。

「俺はハリーと話してたです。あの子が発見されるほんの数秒前のこってす。先生様、ハリーにはそんな時間はねえです……」

 ハグリッドは口を挟む暇がないほど必死でハリーの無罪を訴えていた。けれども、あまりにも興奮して鶏を振り回すので、羽がそこら中に飛び散っている。

「……ハリーのはずがねえです。俺は魔法省の前で証言したってようがす……」

 しばらく待ってみたものの、ハグリッドの勢いは止まらなかった。ハグリッドの口が閉じたのは、ダンブルドア先生が「ハグリッド!」と大声を出したあとだった。ハグリッドは、ダンブルドア先生に「わしはハリーがみんなを襲ったとは考えておらんよ」と説明されると、驚くほどあっさりと校長室をあとにした。

「先生、僕じゃないとお考えなのですか?」

 ハグリッドが退出すると、祈るような声を出してハリーが言った。ダンブルドア先生は螺旋階段を登っている時に見たあの難しい顔をして考え込みながらも「そうじゃよ、ハリー」と返した。

「しかし、君には話したいことがあるのじゃ」

 ダンブルドア先生は長い指の先を合わせ、ハリーをじっと見ていた。

「ハリー、まず、君に聞いておかねばならん。わしに何か言いたいことはないかの? どんなことでもよい」

 ダンブルドア先生がハリーに何を聞こうとしているのか、私には判断が難しかった。こっそり作っているポリジュース薬のことか、それとも私とハリーが2回も聞いた姿の見えない声のことか――もしかしたら、後者のことかもしれない。けれども、

「いいえ。先生、何もありません」

 ハリーはダンブルドア先生に何も答えなかった。