Phantoms of the past - 069

8. 決闘クラブとパーセルマウス

――Harry――



 ハリー達が魔法薬の授業中に騒ぎを起こし、スネイプの個人用の薬棚から二角獣の角と毒ツルヘビの皮を盗み出した1週間後――玄関ホールの掲示板に「決闘クラブ」の開催を知らせる羊皮紙が貼り出された。 ハリーはスリザリンの怪物が決闘なんか出来るとは到底思えなかったが、もしかしたら何か役に立つことがあるかもしれない。そこで3人は、他の生徒達と同じように、その日の夜8時に決闘クラブの開催場所である大広間に向かった。

 大広間には大勢の生徒達が集まっていた。その中にはレイブンクローの友達と一緒に参加しているハナの姿もある。ハナは誰か――あれはハナが親しくしているハッフルパフの男子生徒だ――に手を振っていて、ちょうど周りの女子生徒達に揶揄からかわれているところだった。

 ハナが参加しているくらいだから、きっとこの決闘クラブはちゃんとした先生が教えてくれるだろう。ハリーはそう考えていたけれど、それはとんだ勘違いだった。なぜなら、主催として現れたのがロックハートだったからだ。しかも、その助手がスネイプという、最悪の組み合わせである。

 そんなハリーにとって最悪の組み合わせであるロックハートとスネイプのコンビが主催した決闘クラブが、ハリーにとっていいものになるはずがなかった。最初に行われた先生達による模範演技までは良かったものの、その後生徒同士でペアを組むことになるとハリーはマルフォイと組む羽目になったからだ。スネイプがそうするように言って、ハリーは断れなかったのだ。

 スネイプはハリーだけでなく、ハーマイオニーもスリザリンのミリセント・ブルストロードと組ませたし、なんとハナをスリザリンのクィディッチ・チームのキャプテンであるマーカス・フリントと組ませていた。ちょうどロンもそれを見ていたのか、「フリントのやつ、ハナに吹き飛ばされるだろうな。ガリオン金貨を賭けてもいい」と言っていたが、ハリーも純粋な魔法の決闘ならフリントが吹き飛ばされるだろうと思っていた。なぜなら、ハナは雨の中でも正確に暴れるブラッジャーを壊すほど呪文の扱いが上手いからだ。フリントがそれより上手いとはどうしても思えなかった。しかし、

「わたくしが3つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい。――武器を取り上げるだけですよ――みなさんが事故を起こすのはいやですからね。1――2――3――」

 ロックハートの合図で決闘の練習が始まると、ハナがフリントを吹き飛ばしたかどうか確認する余裕は一切なかった。マルフォイが「2」で既に呪文を唱え始めていて、ハリーは開始早々頭をフライパンで殴られたようになったからだ。そのあと、すぐにくすぐり魔法をマルフォイに掛けたが、ハリーは踊り続ける魔法を受けてステップを踏み続けることになった。

 そんなハリーが周りを見る余裕が出来たのは、スネイプによって強制的に全ての呪文が終了したあとだった。呪文が解け、真っ先にハナの方を見てみれば、フリントは同じスリザリンのチェイサーであるエイドリアン・ピュシーを下敷きにして倒れていた。ハナが吹き飛ばしたのだ。そんなハナは1人だけ涼しい顔をして立っている。

 一方、ロンは蒼白になっているシェーマスを抱きかかえて、折れた杖がしでかした何かを謝っていた。ハーマイオニーはというと、ブルストロードにヘッドロックをかけられて、痛みでヒーヒー喚いていた。スネイプの呪文は2人の乱闘まで終わらせることが出来なかったのだ。2人の杖は床に打ち捨てられたままになっていて、ハリーは慌てて2人の間に飛び込んで、ハーマイオニーからブルストロードを引き離した。

 他の生徒達も概ねハリー達と似たような状況で、このままでは大乱闘に発展すると思ったのか、大広間の中心で生徒の誰かに模範演技をさせることなった。なんと、選ばれたのはハリーとマルフォイである。スネイプが指名したのだ。きっと、ハリーが困ればいいと思ったに違いない。

 結果として、スネイプはハリーを困らせることに成功した。模範演技の前にアドバイスをくれたロックハートは「こういう風にしなさい」と言って杖を落としただけで役立つことは何も教えてくれなかったからだ。更にロックハートは杖を落としたことをなかったことにしたかったのか、礼も構えもさせることなく試合を開始させてしまった。

「サーペンソーティア!」

 突然の試合の合図に対応出来たのはマルフォイの方だった。マルフォイが大声で呪文を唱えると、杖先から真っ黒で長い蛇が飛び出してきて、ハリーはギョッとした。突然呼び出されて不機嫌そうに鎌首をもたげ、シューシュー言っている。

「動くな、ポッター。我輩が追い払ってやろう……」

 ハリーが蛇と睨めっこしたまま動けないでいると、スネイプがそう言って蛇を消し去ろうと杖を取り出した。スネイプは親切心というよりかは、動けないでいるハリーを楽しんでいるようだった。しかし、スネイプに笑われていた方がマシだったのかもしれない。ロックハートが邪魔をしてきたからだ。

「わたくしにお任せあれ!」

 ハリーはロックハートが蛇をどうにか出来るとは思えなかったが、まさにその通りだった。ロークハートはスネイプよりも先に意気揚々と呪文を唱えることが出来たが、蛇を宙に浮かせただけで消すことは出来なかったからだ。

 宙に飛び上がってビシャッと床に叩きつけられた蛇は怒り狂ってシューシューと、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーめがけて滑り寄り、再び鎌首をもたげ、牙をむき出して攻撃の構えを取った。ハリーは何が自分をそうさせたのか、さっぱり分からなかったが、考えるよりも先に前に進み出た。そして、 バカみたいに蛇に向かって叫ぶ。

「手を出すな。去れ!」

 すると、不思議なことが起こった。蛇がまるで庭の水撒き用の太いホースのように大人しくなり、床に平たく丸まり、従順にハリーを見上げたのだ。どうしてだかは説明出来ないのだけれど、その蛇の姿を見た時、ハリーにはもう蛇が誰も襲わないということが分かった。恐怖がすーっと引いていくのを感じ、もう大丈夫だとばかりにジャスティンに微笑み掛けた。

「一体、何を悪ふざけしてるんだ?」

 しかし、ジャスティンは笑ってはいなかった。怒っているような、怖がっているような表情でハリーに向かって怒鳴ると、ジャスティンはハリーが何か言う前にくるりと背を向けて大広間から出て行ってしまった。

 一体、何を悪ふざけしてるんだ? と聞きたいのはハリーの方だった。襲い掛かろうとしていた蛇を止めたのに、ジャスティンがどうして怒っているのか分からなかったからだ。しかし、周りの人達もジャスティンと同じ気持ちのようだった。蛇を消してくれたスネイプもハリーを鋭く探るような目で見ていたし、周りも何やらヒソヒソ不吉なことを話している。

「さあ、来て」

 その時、誰かが後ろから手を引っ張った。

「行こう――さあ、来て……」

 ロンだった。そして、ハリーはロンに連れられ、あとから追ってくるハーマイオニーと3人で大広間をあとにしたのだった。