Phantoms of the past - 068

8. 決闘クラブとパーセルマウス



 パーセルマウスというのは、パーセルタングと呼ばれる蛇語を話すことが出来る者のことを指す言葉だ。蛇語は、ルーンスプール――頭が3つあるオレンジ色の蛇――のように蛇から派生した生物にも通じる言葉で、魔法界でも非常に稀な能力と言われている。このことから、魔法界ではパーセルマウスの人物は強力な闇の魔法使いとして認知されることが多い。その代表格はサラザール・スリザリンである。だから、スリザリン寮のシンボルが蛇なのだ。

 大広間は今や騒然となっていた。誰もが遠巻きにハリーを見ながらヒソヒソと「パーセルマウス」だの「闇の魔法使い」だの「継承者」だのと、不吉なことを話し合っている。中心に立っているハリーはこの状況がよく分かっていないのか、戸惑ったような表情で周りを見ていた。もしかしたら、パーセルマウスのことをよく知らないのかもしれない。

「さあ、来て」

 このままここにいてはいけないと思ったのだろう。ロンがハリーの元へ飛び出して行って、ハリーの腕を掴んだ。

「行こう――さあ、来て……」

 そうしてロンがハリーを大広間の外へと連れ出すと、ハーマイオニーも慌ててそのあとに続いた。私も追いかけようか迷ったけれど、ハーマイオニーが大広間から出る直前、私を見て「来ない方がいい」というかのように首を横に振ったので、ついては行かなかった。いや、行けなかった、という方が正しいだろう。寮が違うので、一緒に行かない方がいいとハーマイオニーは思ったに違いない。

「みなさん、今日はここまでにしましょう」

 ハリー達が大広間から出て行き、周りの生徒達が更にザワザワとし始めると、ロックハート先生が言った。ロックハート先生は一刻も早くここから立ち去りたいとばかりに「夜更かしは肌に悪いですからね」と言ってウインクすると、颯爽とローブを翻し、大広間から出て行った。

「ハナ、私達も行きましょう……早く寮に戻った方がいいわ」

 恐怖と戸惑いで強張った表情をしたパドマが私のローブを引っ張って言った。パドマの横には不安気な様子のマンディとリサも立っている。

「ええ――行きましょう」

 私達と同じように周りの生徒達もそれぞれ寮へと帰るようだった。誰もがヒソヒソと話しながら、それでも今は大広間にいたくないとばかりに足早に大広間から出て行く。私もハリーを追いかけられたら良かったのだけれど、こういう時寮が違うと話す場所が限られてくるので不便だ。もちろん、レイブンクローで良かったと思うこともたくさんあるけれど、そばにいて励ましたい時にそばにいることが出来ない悔しさはやはりある。

「ポッターがパーセルマウスなんて、大変なことになったわ――彼はただでさえ注目の的なのに。多くの人達がスリザリンの継承者だと思うでしょうね」

 レイブンクローの談話室へと続く長い螺旋階段を上り、大急ぎで私達の部屋へと駆け込むと、パドマが再び口を開いた。そんな彼女に訊ねる。

「パドマ、貴方自身はどう思う?」
「私は――そうね、パーセルマウスは強力な闇の魔法使いの証だと言われているけれど、全ての人がそうではないと思うわ。だって、ポッターは少なくとも、マグル生まれを殺したいなんて思っていないわ。そうでしょ?」

 マンディとリサもパドマの言葉に真剣な表情で頷いた。私は少なくとも彼女達がハリーをスリザリンの曾々々々孫だとか、継承者だとか言い出さなかったことにホッとしていた。彼女達と出会えたことが、私がレイブンクローで良かったと思えることの1つだ。彼女達は年相応の可愛らしさと同時に、レイブンクローの知性と物事を正しく判断しようとする目を持ち合わせていて、その上、とても心優しい。1年生の学年末、私の無事を泣いて喜んでくれたことを私はこれからも忘れないだろう。

 だからといって、自分自身がパーセルマウスであると打ち明けていいのかは分からなかった。彼女達を思いもよらない形で巻き込んでしまう可能性があるからだ。私がダンブルドア先生やハリー達に現段階で話せることを全て話しているのは、彼らが物語に深く関わる人物だと初めから分かっているからだ。でも、彼女達は違う。私は、セドリックのように巻き込まれるはずのなかった人を巻き込みたくなどないのだ。

「ハリーは運悪く、みんなの前でパーセルマウスだと知られることになってしまったんだわ……一体誰が秘密の部屋を開いたのかしら」

 そう呟いて窓の外に視線を移すとそこには、まるでこれから更に事態が悪化するのを予期するかのように、冷たい雪が降り始めていた。