Phantoms of the past - 066
8. 決闘クラブとパーセルマウス
夜8時になるとほとんどの生徒が決闘クラブが開催される大広間へ再び集まることとなった。普段は4つの長テーブルが置かれている大広間は、今やそのテーブルは取り払われ、一方の壁に沿って、金色の舞台が設置されていた。その舞台を宙を漂う何千本もの蝋燭が照らしている。天井はビロードのような黒で、その下には杖を持った生徒達が興奮した面持ちで立っていた。
生徒の中にはハリーやロン、ハーマイオニーの姿もあったし、少し離れたところにはセドリックの姿もあった。セドリックは目が合うとニッコリ笑って手を振ってくれて、私も同じように手を振り返していたら、そばにいた同室の子達がニヤニヤ笑っていた。
「言っておきますけど、セドリックは――嘘でしょ」
友達よ、と続けようとした私の声は、大広間に入ってきた人物によって呻き声へと変わっていた。深紫色のローブを翻しながら、他でもない、ロックハート先生が舞台に上がったからだ。その後ろに真っ黒なローブ姿のスネイプ先生が今にもロックハートに呪いを掛けてやりたそうな表情で続いている。
「まさか、あの人が教えるの?」
「みなさん、集まって。さあ、集まって。みなさん、わたくしがよく見えますか? わたくしの声が聞こえますか? 結構、結構!」
ロックハート先生は集まっている生徒の数に満足気の様子だ。
「ダンブルドア校長先生から、わたくしがこの小さな“決闘クラブ”を始めるお許しをいただきました。わたくし自身が、数え切れないほど経験してきたように、自らを護る必要が生じた万一の場合に備えて、みなさんをしっかり鍛え上げるためにです――詳しくは、わたくしの著書を読んでください」
それからロックハート先生は助手だと言ってスネイプ先生を紹介した。ロックハート先生曰く、スネイプ先生は「決闘について
「さてさて、お若いみなさんにご心配をお掛けしたくはありません――わたくしが彼と手合わせしたあとでも、みなさんの“魔法薬”の先生は、ちゃんと存在します。ご心配めさるな!」
まるで自分が決闘のことをほとんど知らないひよっこのように話されるので、スネイプ先生の顔は更に険悪なものになっていた。あんなスネイプ先生を目の前にして平然としていられるだなんて、ある意味肝が据わっている。模範演技に入ってもスネイプ先生の不機嫌さには気付かないのか、ロックハート先生は舞台上で向き合って一礼をするときもくねくねと腕を回しながら礼をして、周りの生徒の関心を引こうとしていた。スネイプ先生は反対に不機嫌そうに頭を軽く下げただけだった。
「ご覧のように、わたくし達は作法に従って杖を構えています」
礼をしたあと、互いに杖を構えてロックハート先生は言った。杖を突き出して構える様はなんとなくフェンシングに似ているように思う。
「3つ数えて、最初の術をかけます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません」
ロックハート先生は続けてそう言ったが、対するスネイプ先生は今にも「殺してやる」と言いたげな顔をしていた。
「1――2――3――」
3つカウントがされると、ロックハート先生とスネイプ先生は互いに杖を肩より高く振り上げた。だが、スネイプ先生の方が圧倒的に動作が速い。
「エクスペリアームス!」
次の瞬間、スネイプ先生が叫ぶと杖先から赤い閃光が走った。目が眩むような閃光がロックハート先生を捉えると、彼は後ろ向きに宙を飛び、壁に激突し、壁伝いにズルズルと滑り落ちて、床に無様に大の字になった。何人かのスリザリン生が歓声を上げ、多くの女子生徒は悲鳴を上げている。
「さあ、みんな分かったでしょうね!」
ふらふら立ち上がって、舞台上に戻ってきたロックハート先生が言った。被っていた帽子が吹き飛び、カールした髪は逆立っている。
「あれが、“武装解除の術”です――ご覧のとおり、わたくしは杖を失ったわけです――スネイプ先生、たしかに、生徒にあの術を見せようとしたのは、素晴らしいお考えです。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさろうとしたかが、あまりにも見え透いていましたね。それを止めようと思えば、いとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せたほうが、教育的によいと思いましてね……」
わざと呪文を受けたようには到底思えなかったけれど、と私が顔を
「模範演技はこれで十分! これからみなさんのところへ下りていって、2人ずつペアにします。スネイプ先生、お手伝い願えますか……」
それからロックハート先生とスネイプ先生で生徒達を2人ずつ組ませていった。ハリーはスネイプ先生にマルフォイと組まされ、ロンは同じグリフィンドールで2年生のシェーマス・フィネガンと組まされているのが見えた。ハーマイオニーの相手はなんと、スリザリンの2年生、ミリセント・ブルストロードだ。
「ハナ、私達もペアになりましょう!」
私達は4人だったので、それぞれ別れてペアを組もうとしたのだけれど、そこについ先程までハリー達の所にいたスネイプ先生が現れた。意地悪そうな顔をしてこちらを見ている。
「ミズマチ、学年トップの成績を修めた君は同級生では物足らないなではないのかね? ミスター・フリント、ちょうどいい。ミズマチの相手をしたまえ」
パドマが思わず「そんな! ハナは女の子です!」と抗議の声を上げたが、スネイプ先生は取り合おうとしなかった。「いざという時の決闘に男も女も関係ないと思うがね」と言って、次の生徒の元へと向かって行った。
スネイプ先生から指名を受けたフリントは、ニヤニヤ顔で私の前にやってきて、今から取っ組み合いを始めるのかという感じで指をバキバキ鳴らしていた。そのフリント越しにセドリックが心配そうにこちらを見ている。こういう時リーマスならきっと「ハナ、相手は子どもだ。やり過ぎないように」というだろうし、ジェームズとシリウスなら「こんな機会は滅多にない。派手に吹っ飛ばしてやれ」というだろう。
「よろしくお願いします、ミスター・フリント」
ペアを作り終わり、舞台上に戻ったロックハート先生が「相手と向き合って! そして礼!」と言うのを合図に私は丁寧に頭を下げた。フリントは「特別に3つ数えるまで待ってやる」と相変わらずのニヤニヤ顔で軽く頭を下げる。
「杖を構えて!」
ロックハート先生が叫んだ。
「わたくしが3つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい。――武器を取り上げるだけですよ――みなさんが事故を起こすのは嫌ですからね。1――2――3――」
フリントが杖を大きく振り上げた瞬間、私は杖を握り締めていた腕を軽く動かした。すると、彼が大声で呪文を言い終わる前に、赤い閃光が私の杖先から飛び出し、フリントを捉えた。フリントは先程のロックハート先生のように大きく後ろに吹き飛び、背後にいたエイドリアン・ピュシーを下敷きにして倒れ込んだ。
「流石は女王陛下」
いつの間にか近くに来ていたジョージがスリザリンの男子生徒にくすぐりの呪いを掛けながら言った。相手のスリザリン生はヒーヒー言って笑い転げている。
「いざって時は助けに入ろうと思ってたけど、我らが女王陛下には必要なかったみたいだな」
どうやらジョージは私のことを心配して近くまで来てくれたらしい。私がお礼の意味を込めてウインクすると、ジョージはニヤッと笑って再びスリザリン生に呪いを掛けに行ったのだった。