Phantoms of the past - 063
7. 狂ったブラッジャーとドビーの再訪
――Harry――
ドビーの2度目の訪問で、ハリーは秘密の部屋について新たな事実――本当に部屋があるということや、部屋が開かれたのは今回が初めてではないということ――を知ることが出来たが、どうしてその部屋がハリーにとって危険なのかはさっぱり分からなかった。なぜなら、魔法史の授業でビンズ先生が秘密の部屋の怪物はマグル生まれの生徒を追い出す、と話していたからだ。ハリーは両親共に魔法使いと魔女でマグル生まれではない。
「僕はマグル出身じゃないのに――その部屋がどうして僕にとって危険だというの?」
ハリーが訊ねるとドビーは「嗚呼、どうぞもう聞かないでくださいまし」と大きな目を見開いて口籠もりながら、夏休みに話したことと同じようなことをハリーにまた話した。
「闇の罠がここに仕掛けられています。それが起こる時、ハリー・ポッターはここにいてはいけないのです。家に帰って。ハリー・ポッター、家に帰って。ハリー・ポッターはそれに関わってはいけないのでございます。危険すぎます――」
そこでハリーはすかさず、夏休み中と同じように一体誰がそんなことをするのかと訊ねたが、ドビーはまたもや答えてくれなかった。今回は誰が部屋を開いたのかや、前回開いたのは誰なのかと訊ねても同じことだった。最後には「ドビーには言えません」と「家に帰って」を繰り返すばかりだ。
「僕はどこにも帰らない!」
ハリーは負けじと激しい口調で言い返した。
「僕の親友のうち2人はマグル生まれだ。もし“部屋”が本当に開かれたのなら、彼女達が真っ先にやられる――」
ハリーは頭の中にハナとハーマイオニーの顔を思い浮かべながら、言った。2人は驚くほど優秀な魔女だけれど、どちらも両親はマグルなのだ。ハリーにとって秘密の部屋が危険だというのなら、彼女達にとってはもっと危険に違いない。
「ハリー・ポッターは友達のために自分の命を危険にさらす!」
ハリーの言葉にドビーは悲劇的な恍惚感で呻いた。
「なんと気高い! なんと勇敢な! でも、ハリー・ポッターは、まず自分を助けなければいけない。そうしなければ。ハリー・ポッターは決して……」
しかし、そこまで話したところでドビーは突然凍りついたようになった。何か物音が聞こえたようで、コウモリのような耳がピクピクしている。やがて、その物音はハリーにも聞こえた。なんと、外の廊下をこちらに向かってくる足音がする。 すると、
「ドビーは行かなければ!」
と恐怖に慄きながら呟くなり、ドビーはパチッと大きな音共にその場からいなくなった。ハリーも慌てて「大人しく痛みに耐えて寝ていました」という風を装いながらベッドに潜り込み、医務室の暗い入口に目を向けた。足音が次第に大きくなっていく。
次の瞬間、ダンブルドアが後ろ向きに入ってきた。長いウールのガウンを着てナイトキャップを被っているダンブルドアは、何やら石像のような物の片端を持って運んでいる。石造の反対側を持っているのはマクゴナガル先生だ。ダンブルドアと石像に続いて医務室へと入ってくる。
「マダム・ポンフリーを――」
持っていたものをドサリとベッドの上に降ろすとダンブルドアが囁いた。
昼間と違ってベッドの周りのカーテンが開かれていたので、マクゴナガル先生がハリーのベッドの端のところを急いで通り過ぎていく姿がよく見えた。姿が消えたマクゴナガル先生を寝ているふりをしてじっと横たわりながら待っていると、やがて慌ただしい声が聞こえてきて、マクゴナガル先生がスイーッと姿を現した。そのすぐあとにマダム・ポンフリーが、寝間着の上にカーディガンを羽織りながらついてくる。マダム・ポンフリーは石像を置いたベッドまで向かうとあっと息を呑んだ。
「何があったのですか?」
ベッドに置かれた石像の上に屈み込んで、マダム・ポンフリーが囁くように訊ねた。
「また襲われたのじゃ。ミネルバがこの子を階段のところで見つけてのう」
ダンブルドアがそう言ったあと、今度はマクゴナガル先生が「この子のそばに葡萄が一房落ちていました」と話した。続けて「多分この子はこっそりポッターのお見舞いに行こうとしたのでしょう」と言うのを聞いて、ハリーは胃がひっくり返る思いがした。
一体誰が自分のお見舞い来ようとして、襲われたのだろう。ハリーは気になってゆっくりと用心深く身を起こした。わずかに身を起こした状態で向こうのベッドの石像を見れば、一条の月明りが、目をカッと見開いた石像の顔を照らし出していた。
それは、ハリーの大ファンの1年生――コリン・クリービーだった。目を大きく見開き、手を前に突き出して、カメラを持っている。
「石になったのですか?」
マダム・ポンフリーが囁いた。それに「そうです」とマクゴナガル先生が答える。どうやら、マクゴナガル先生がコリンを階段のところで見つけてすぐにダンブルドアがココアを飲みに下りてきたようで、「考えただけでもぞっとします……アルバスがココアを飲みたくなって階段を下りていらっしゃらなかったら、いったいどうなっていたかと思うと……」と先生は声を震わせた。
それから、ダンブルドアはコリンの持っていたカメラを抜き取り、中を確かめようとしたが、カメラはすっかり焼けて溶けてしまっていた。シューという蒸気の音共に焼けたプラスチックの臭いがハリーのいるベッドまで届いた。
「アルバス、これはどういう意味なのでしょう?」
溶けたカメラを見て、マクゴナガル先生が訊ねた。すると、
「その意味は“秘密の部屋”が再び開かれたということじゃ」
ダンブルドアが静かに答えた。途端にマダム・ポンフリーが口を覆い、マクゴナガル先生はダンブルドアの次の言葉を待つかのようにじっとダンブルドアを見つめている。
「でも、アルバス……一体……誰が?」
ハリーも聞きたかったことをマクゴナガル先生が訊ねた。しかし、ダンブルドアはコリンに目を向けたまま「誰がという問題ではないのじゃ」と呟いた。
「問題は、どうやってじゃよ……」
しかし、ハリーにはもちろん、マクゴナガル先生にすら、その真意は分からないのだった。