Phantoms of the past - 062
7. 狂ったブラッジャーとドビーの再訪
――Harry――
「今夜は辛いですよ」とマダム・ポンフリーが話していたとおり、骨生え薬のスケレ・グロを飲んでしばらくするとハリーは腕の痛みに苦しめられることとなった。ハリーはベッドの中で痛みに耐えながら、マダム・ポンフリーがハナまで医務室から追い出したことを少し恨みがましく思った。ハナなら、薬を飲む時に背中を撫でてくれたように、痛む腕を撫でてくれただろうに。
それは別にロンでもハーマイオニーでもハリーは構わなかったけれど、なぜ真っ先にハナの顔が浮かんだのかといえば、ハナのことをどこかお姉さんのように感じるからだった。同い年なのに変な話だけれど、4人の中でハナはみんなのお姉さんみたいな存在だったのだ。それはきっとロンもハーマイオニーも感じていることだろう。
そういえば、ハーマイオニーが話していたけれど、ハナは無言呪文というものが使えるらしい。なんでも、この間ミセス・ノリスが襲われた時、ペチャクチャうるさかったロックハートを黙らせたのがハナだったそうだ。ハーマイオニーは「ハナって信じられないくらい色んなことが出来るの。無言呪文って大人でも使えない人がたくさんいるのに、2年生で使えているだなんて」と話していた。もしかしたら、そういうこともあって、ハナをお姉さんのように感じてしまうのかもしれない。
とはいえ、ここにはハナはおろかロンもハーマイオニーもいない。ハリーは何時間も1人で痛みに耐えなければならず、寝ても痛みで起きる、ということを繰り返していた。
その時もハリーは痛みで目が覚めた。マダム・ポンフリーも寝ているような真っ暗な時間帯だった。腕は今や、大きな棘がぎゅうぎゅう詰めになっているような感覚になっている。しかし、どうやら痛みだけで目が覚めたのではないようだった。なぜなら、誰かがこの暗闇の中で額の汗をスポンジで拭っているのを感じたからだ。ハリーは恐怖でゾクッとした。
「やめろ!」
ハリーは大声を出して、思いきって視線を横に向けた。すると――
「ドビー!」
あの
「ハリー・ポッターは学校に戻ってきてしまった。ドビーめが、ハリー・ポッターになんべんもなんべんも警告したのに。嗚呼、なぜ貴方様はドビーの申し上げたことをお聞き入れにならなかったのですか? 汽車に乗り遅れた時、なぜお戻りにならなかったのですか?」
ハリーは一瞬、どうしてドビーが汽車に乗り遅れたことを知っているのか不思議に思ったけれど、ドビーが唇を震わせているのを見てピンときた。汽車に乗り遅れるよう柵に仕掛けをしたのはドビーだったのだ。聞けば、ドビーは隠れて待ち構えて入口を塞いだのだという。しかも、そのせいで自分にアイロンをかけたらしく、ドビーの手は包帯だらけだった。
「君のせいでロンも僕も退校処分になるところだったんだ。ドビー、僕の骨が生えてこないうちに、とっとと出ていったほうがいい。じゃないと、君を絞め殺してしまうかもしれない」
ハリーが怒りで声を荒げると、ドビーは弱々しく微笑んだ。
「ドビーめは殺すという脅しには慣れっこでございます。お屋敷では、1日5回も脅されます」
ドビーはそう言って自分が着ている汚らしい枕カバーの端で鼻をかんだ。ハリーが別の方法でホグワーツに戻ったと知った時も食事を焦がしてしまい、ひどく鞭に打たれたらしく、ハリーはそれがあまりにも哀れに思えて、思わず怒りが潮のように引いていくのを感じた。
「ドビー、どうしてそんな物を着ているの?」
「これでございますか?」
ドビーは着ている枕カバーを摘んだ。
「これは、
けれども、話題を変えてもドビーはハリーをホグワーツから追い出すことは忘れてくれなかった。しかし、そのお陰でハリーは新たな事実を知ることとなった。
「ハリー・ポッターはどうしても家に帰らなければならない。ドビーめは考えました。ドビーのブラッジャーでそうさせることができると――」
そう、あのブラッジャーはドビーによるものだったのだ。ハリーは引いていった怒りがまた戻ってくるのを感じた。あのブラッジャーにハリーは殺されそうになったのだ。
「殺すのではありません。滅相もない! ドビーめは、ハリー・ポッターの命をお助けしたいのです! ここに留まるより、大怪我をして家に送り返されるほうがよいのでございます! ドビーめは、ハリー・ポッターが家に送り返される程度に怪我をするようにしたかったのです! それをあのハナ・ミズマチが邪魔をしたのでございます! 彼女はハリー・ポッターを罠に嵌めるつもりです!」
ハリーは更に怒りが込み上げてくるのを感じた。ハナがハリーを罠に嵌めるだなんて、そんなこと絶対にあるはずがないのだ。
「ハナは僕を助けてくれた! ハナはいつだって僕の味方をしてくれる。それに、1年生の学年末に言ってくれたんだ。絶対に僕を裏切らないって」
すかさずハリーは言い返したが、ドビーはボロボロと涙をこぼして泣くばかりだ。
「嗚呼、ハリー・ポッターが、お分かりくださればよいのに! 貴方様がわたくし共のように、卑しい奴隷の、魔法界のクズのような者にとって、どんなに大切なお方なのか、お分かりくださっていれば! ドビーめは覚えております。“名前を呼んではいけないあの人”が権力の頂点にあった時のことをでございます!
「もちろん、ドビーめは今でもそうでございます」と枕カバーで涙を拭いながらドビーは認めたが、ドビー曰くハリーがヴォルデモートに打ち勝ってからというもの多くの
「それなのに、ホグワーツで恐ろしいことが起きようとしている。もう起こっているのかもしれません。ですから、ドビーめはハリー・ポッターをここに留まらせるわけにはいかないのです。歴史が繰り返されようとしているのですから。またしても“秘密の部屋”が開かれたのですから――」
ドビーがハッとしてベッドの脇にあった水差しを掴んで自分の頭をぶつのと、ハリーがハッとするのはほぼ同時だった。ドビーは何か知っているのだ。勢いでひっくり返ってしまったドビーがよろよろと立ち上がるのを待ってから、ハリーは訊ねた。
「それじゃ、“秘密の部屋”はほんとにあるんだね?」