Phantoms of the past - 061

7. 狂ったブラッジャーとドビーの再訪

――Harry――



「まっすぐに私のところに来るべきでした!」

 試合が終了して1時間も経たないうちにハリーは医務室でマダム・ポンフリーに怒られていた。というのも、ロックハートが原因だった。「やめて!」と言ったにもかかわらず、ロックハートは地面に落ちたあと動けなくなっているハリーに対し「ハリー、心配するな。私が君の腕を治してやろう」と言って、折れた腕に魔法を掛けたのだ。結果はマダム・ポンフリーの反応を見れば分かるとおり、失敗だった。なぜならロックハートはハリーの腕から骨をすべて抜き去ったからだ。

 ロックハートのこの到底治療とは呼べないお粗末な魔法に、マダム・ポンフリー以上に怒っていたのがハナだった。骨なしになったハリーの腕を見た瞬間のあの怖い顔は、みんながハリーを心配する中グリフィンドールの勝利の喜びでニコニコ顔を隠せないオリバーの表情すら凍らせるほどで、ロンは「あれはロックハートを殺しかねなかったぜ」と言っていた。

 ハナがハリーの元に駆け付けるのが遅くなったのは、観客席で様子を見ていたからだったのだが、もしもすぐに駆け付けていたのなら、ハナはロックハートより上手く手当てしてくれただろうとハリーは思った。なぜなら、試合中にブラッジャーを破壊したのも、落下していたハリーにクッション呪文を掛けてくれたのもハナだったからだ。きっと骨折を治療する呪文もロックハートより遥かに上手く使えたに違いない。

 しかし、そんなもしもの話をしてもハリーの腕が骨なしになったことには変わりない。ハリーは「骨折ならあっという間に治せますが――骨を元どおりに生やすとなると……」と憤慨しつつ、哀れな腕の残骸を持ち上げているマダム・ポンフリーを縋る思いで見た。その周りでは医務室に付き添ってくれたハナやロン、ハーマイオニーが心配そうに立っている。

「先生、出来ますよね?」

 ハリーの問い掛けに、マダム・ポンフリーは間髪入れずに「もちろん、出来ますとも」と答えたが、骨を生やすのは荒療治らしい。専用の薬を飲めば元に戻るのだが、生えるまでに一晩も掛かる上にとても痛いのだそうだ。今夜は入院することになってしまうが、背に腹はかえられないだろう。

 マダム・ポンフリーがパジャマを渡してくれ、ハリーはロンに手伝って貰いながら着替えることになった。もちろん、ハナとハーマイオニーの目の前で着替えることは出来ないので、2人はベッドの周りに張られたカーテンの外で待つことになった。

「ハーマイオニー、これでもロックハートの肩を持つっていうの? えっ?」

 骨なしのゴムのような腕に袖に通すを手伝いながらロンがカーテン越しにハーマイオニーに話し掛けた。4人の中で唯一ハーマイオニーだけがずっとロックハートの肩を持っていたからだ。ロンは「頼みもしないのに骨抜きにしてくれるなんて」と続ける。

「誰にだって、間違いはあるわ。それに、もう痛みはないんでしょう? ハリー?」
「痛みもないけど、おまけに何にも感じないよ」

 ロックハートを擁護するハーマイオニーに、ようやくパジャマに着替え終えたハリーはすかさずそう返事を返してベッドに飛び乗った。飛び乗った勢いで、腕が勝手な方向にパタパタはためいている。

「今夜は辛いですよ」

 そこに丁度マダム・ポンフリーが『骨生え薬のスケレ・グロ』というラベルが貼ってある瓶を手にカーテンの向こうから現れた。ハナとハーマイオニーも一緒だ。

「骨を再生するのは荒療治です」

 マダム・ポンフリーはそう言いながら、ビーカーになみなみと湯気の立つ薬を注ぎ、ハリーにそれを渡した。しかし、スケレ・グロを飲むことがすでに荒療治だとハリーは思った。一口飲むと口の中も喉も焼けつくようで、ハリーは咳込んだり、咽せたりしたりしながら、なんとか全部薬を飲んだ。あの怖い顔からすっかり元に戻ったハナが心配そうに「ハリー、頑張って」と背中を撫でてくれた。

「それにしても、誰がブラッジャーにあんな仕掛けをしたのかしら。観客席を見たけれど、雨で誰が何をしたのかさっぱり分からなかったの。それに、何の呪いかも分からなかったわ。本当は“レダクト”は危険だから呪文を強制終了させる呪文を掛けようと思ったんだけど、それが効くかも分からなくて、壊すことにしたの。ハリーに当たらなくて本当に良かったし、試合も中止にならなくて良かったわ……」

 マダム・ポンフリーが「あんな危険なスポーツ」とか、「能なしの先生」だとか言いながらカーテンの外へ出て行くと、ハナが言った。その顔はどこか恨みがましそうである。

「きっと、マルフォイよ。でも、どうやって仕掛けたのかしら」

 ハーマイオニーもハナと同じように恨みがましい顔をして言った。

「質問リストに加えておけばいいよ。ポリジュース薬を飲んでからあいつに聞く質問にね。さっきの薬よりましな味だといいんだけど……」
「スリザリンの連中の欠けらが入ってるのに? 冗談言うなよ」

 それから、グリフィンドールの選手達が泥だらけの姿で見舞いに訪れ、ハリーの周りにお菓子を広げてパーティーを始めようとしていたが、戻ってきたマダム・ポンフリーに見つかると、その場にいた全員が医務室から追い出されてしまった。

「この子は休息が必要なんですよ。骨を33本も再生させるんですから。出ていきなさい! 出なさい!」

 こうしてハリーはたった1人ぼっちで萎えた腕のズキズキという痛みとたっぷり付き合うことになったのだった。