Phantoms of the past - 060

7. 狂ったブラッジャーとドビーの再訪

――Harry――



 ハリーにとって2回目となるホグワーツのクィディッチ・シーズンが遂に幕を開けようとしていた。グリフィンドールの初戦は去年と同じくスリザリンだったが、ハリーは心配ごとだらけで当日の朝はやけに早く目が覚めた。もし負けたらキャプテンのオリバー・ウッドになんて言われるだろうかとか、スリザリン・チームの選手全員が競技用最高速度の箒を手に入れたことが試合にどう影響するだろうかとか気が気ではなかったのだ。

 ハリー以外のグリフィンドールの選手達もみんな緊張した面持ちだった。いつも賑やかなフレッドとジョージもこの日ばかりは口数が少なくて、選手達は誰もいない大広間で静かに朝食を食べ、試合開始時間より前にはクィディッチ競技場へ向かった。天気は今にも雨が降りそうなほどどんよりとしていたが、まだなんとか雨は降っていなかった。

「ハリー、君次第だぞ。シーカーの資格は、金持ちの父親だけではダメなんだと、目にもの見せてやれ。マルフォイより先にスニッチをつかめ。然らずんば死あるのみだ、ハリー。なぜならば、我々は今日は勝たねばならないのだ。何がなんでも」

 チームのキャプテンであるオリバー・ウッドは9月の初めにスリザリン・チームと一悶着あったことでいつも以上に気合が入っているのか、試合前のお決まりとなっている激励演説では、一際熱い激励をハリーに飛ばしていた。なぜなら、シーカーがスニッチを取ればチームに150点入るからだ。スニッチを掴む前によほど点差が開いていない限りは、スニッチを掴んだチームの勝利となるのだ。

 オリバーが本当に「然らずんば死あるのみ」と考えているかは別として、勝ちたいのはハリーも一緒だった。何としてでもスリザリンの新しいシーカーのマルフォイより先にスニッチを掴んで箒だけがすべてではないと示したかった。

 しかし、試合開始早々、奇妙な現象にハリーは襲われた。なんと、選手の邪魔をしてピッチの中を飛び回る暴れ玉であるブラッジャーの2つのうちの1つが、ハリーだけを狙って来たのだ。しかも、ブラッジャーを相手の選手めがけて打ち返すピーターというポジションであるフレッドとジョージが何度打ち返しても、ブラッジャーはハリーめがけて戻ってくる。

 ――一体どうなってるんだろう? ブラッジャーがこんなふうに一人の選手だけを狙うなんてことはなかった。なるべくたくさんの選手を振り落とすのがブラッジャーの役目のはずなのに……。

 誰かがブラッジャーに悪戯をしたとしか思えなかったが、そんなことを考えたとしてもブラッジャーがどうにかなるわけではなかった。ハリーが今考えなければならないのは、「誰がブラッジャーに悪戯をしたのか」ではなく「どうやって狂ったブラッジャーから逃れ、スニッチを掴むか」であった。

 けれども、どうやってスニッチを掴めばいいのかハリーにはさっぱり分からなかった。なぜなら、ブラッジャーを避けることに精一杯でスニッチを探すことすら難しかったからだ。しかも、途中からは大粒の雨も降り出し、試合がどうなっているのか見るのも難しくなった。リー・ジョーダンの「スリザリン、リードです。60対0」という実況がなければ、ハリーはグリフィンドールがボロ負けしていることすら知ることが出来なかっただろう。

「誰かが――この――ブラッジャー――に――いたずらしたんだ――」

 フレッドとジョージもハリーを狙ってくるブラッジャーに苦戦し、ずっとハリーの周りを飛び回ったままだった。ブラッジャーが何度打ち返しても戻ってくるので、2人は他の選手のところへ行けなかったのだ。

「タイムアウトが必要だ」

 このままでは埒があかないと判断したのだろう。ジョージがオリバーになんとかサインを送り、グリフィンドールは遂にタイムアウトを請求することとなった。自分達の遥か上空でハリーとフレッドとジョージが何をしていたのか知る由もないオリバーは、ピッチに集まると「何をやってるんだ?」とフレッドとジョージを詰問した。

「ボロ負けしてるんだぞ。フレッド、ジョージ――アンジェリーナがブラッジャーに邪魔されてゴールを決められなかったんだ。あの時どこにいたんだ?」
「オリバー、僕達その6メートルぐらい上の方で、もう1つのブラッジャーがハリーを殺そうとするのを食い止めてたんだ。誰かが細工したんだ――ハリーにつきまとって離れない。ゲームが始まってからずっとハリー以外は狙わないんだ。スリザリンの奴ら、ブラッジャーに何か仕掛けたに違いない」

 一番の問題は、このままではハリーがスニッチを掴めずに終わり、スリザリンにボロ負けしてしまうことだった。そこでハリーがあの狂ったブラッジャーを自分に任せてフレッドとジョージに他の選手のところに戻るよう進言したが、オリバー以外は納得いかないようだった。特にジョージは「オリバー、すべて君のせいだぞ。“スニッチをつかめ。然らずんば死あるのみ”――そんなバカなことをハリーに言うからだ!」とカンカンだったけれど、結局はハリーの進言通り、フレッドとジョージは他の選手の所に戻ることとなった。

 再び試合が再開されると、雨はますます激しくなっていた。ハリーは宣言通りさまざまな動きでブラッジャーを避け、時には逆さ吊りになったりもした。そんなハリーの動きがバカバカしく見えたのだろう。観客席から笑い声が聞こえたが、それでもハリーは懸命にブラッジャーを避け続けた。

「バレエの練習かい? ポッター」

 そして、チャンスはやってきた。ちょうどブラッジャーをかわすのに、ハリーが空中でくるくると回っている時だった。マルフォイが叫んだのを聞いて振り返ると、マルフォイの左耳の僅か上を漂っている金のスニッチをハリーは遂に見つけた。しかも、マルフォイはハリーを笑うことに気を取られ、気付いてすらない。

 マルフォイに気付かれずに突っ込んで行きたいが、そうすればマルフォイはスニッチに気付いてしまうだろう。ハリーが空中で立ち往生していたその時――

 バシッ!

 ブラッジャーがとうとうハリーを捕らえた。強烈な一撃を肘にお見舞いされ、ハリーは腕が折れたのを感じた。燃えるよな痛みで頭がボーッとする中、ブラッジャーは容赦なく次の攻撃をハリーに仕掛けようとしている。

 しかし、そのブラッジャーがハリーを攻撃してくることはなかった。観客席から誰かが大声でハリーを呼んだかと思った次の瞬間、鋭い閃光がハリーの真横を通り過ぎ、ブラッジャーを破壊を破壊したのだ。ブラッジャーの破片が散らばり、ハリーを笑っていたマルフォイも慌ててその場から離れた。

 ハリーは朦朧とする意識の中でも、スニッチが変わらず同じ場所にあるのをしかと見た。今がチャンスだ。先程までマルフォイがいた場所に突っ込むようにして飛び込むと、折れていない方の手で激しく空を掻いた。冷たいスニッチを握り締める感覚をしっかりと感じたが、ハリーはこれ以上飛んでいることが難しくなった。意識は遠のくし、腕は折れている――足で箒を箒挟んでいることが精一杯だったからだ。ハリーは自分がどんどん地面へと落下していくのを感じた。

「モリアーレ!」

 悲鳴が上がる観客席で、ハリーは誰かが呪文を唱える声を聞いた。それは、確かにハナの声だった――。