Phantoms of the past - 059

7. 狂ったブラッジャーとドビーの再訪



 降りしきる雨の中、ハリーは他の選手達の遥か上の方で懸命にブラッジャーを避け続けていた。輪を描いたり、急降下したり、螺旋状に動いたり、ジグザグに動いたりしている。時には箒からぶら下がったりする瞬間もあって、私は杖を握り締めてハラハラとその様子を見守っていたけれど、ハリーがブラッジャーに追われていることに気付いている生徒はほとんどいなかった。ハリーがあまりにも上の方にいるので、その様子がしっかりと見えている人は少なかったのだ。

 所々で上空を指差して笑い声が漏れ出す中、ハリーは競技場の縁に沿ってビュンビュン飛び始めた。ブラッジャーはそんなハリーを尚も追い掛け、あわや、ハリーの頭を打ち抜きそうになった。はっきりとは見えなかったものの、私にもハリーの顔のすぐ横を黒いものが通り過ぎるのが見えたので、きっとセドリックにはもっとはっきりと見えたに違いない。ハリーは器用に方向転換すると、今度は逆方向に向かって飛んでいる。

「ハナ、スニッチだ」

 ハリーが方向転換してすぐ、隣でセドリックが言った。私にはよく見えなかったけれど、ハリーの少し下の方で飛んでいるマルフォイの顔の横辺りにチラチラと光るものが見えた気がした。きっとあの光っているものがスニッチだろう。

 どうやら上空にいるハリーもスニッチを見つけたようだった。もしかしたら、マルフォイに声を掛けられ振り向いた時に見えたのかもしれない――試合開始から動き回っていたハリーが突然動かなくなったので、スニッチを見つけたことは確実だった。ハリーは空中に静止したまま自分の下にいるマルフォイを見下ろしている。マルフォイが動かないところを見ると、マルフォイはスニッチに気付いていないようだ。その時――

「ハリー!」

 ブラッジャーが遂にハリーを捕らえた。私はチラリとセドリックを見て彼が頷くのを確認すると、強烈な一撃がハリーの片腕にお見舞いしたブラッジャーを睨みつけ、杖を振り上げた。これ以上は危険だと思ったからだ。杖先から出た閃光が衝撃で一瞬体勢を崩しそうになったハリーの真横を通り過ぎ、第二撃をお見舞いしようとしていたブラッジャーに命中した。「レダクト」を無言呪文で掛けたのだ。

 派手に爆発したブラッジャーの存在に気付いた人は多かったけれど、誰もそのことを気に留めてはいなかった。なぜなら、ハリーがすぐ下にいたマルフォイがブラッジャーの破片から逃れるためにその場から飛び去った瞬間、急降下を始めたからだ。一瞬、私がブラッジャーを破壊したことで試合が中止になってしまうかもしれないと心配したけれど、審判のマダム・フーチはホイッスルを吹かなかった。

 急降下を始めたハリーは片腕を伸ばし、そして、空を掻いた。同時に「ポッターが掴んだ!」とセドリックが叫んで、私はハリーがスニッチを掴んだことを知ったけれど、何か様子がおかしい。ハリーは箒に乗っていることももう限界のように見えた。先程ブラッジャーが腕に当たった影響だろうか。つい先程まで素晴らしい動きをしていたハリーの身体は今や傾き、どんどん下へと落ちている。

 それは、ゾッとする光景だった。観客席から歓声と悲鳴がほぼ同時に沸き起こり、競技場内は一瞬騒然となった。このまま落ちてはただでは済まないだろう――私はもう一度杖を構えると今度はハリーに向けて杖を振った。

「モリアーレ!」

 それは、クッション呪文だった。どんどん速度を上げて落下していたハリーの身体は途端に速度を緩め、私はホッと胸を撫で下ろしながら、その様子を見つめた。これで地面との衝突は免れただろうと私も、隣でその様子を見ていたセドリックもそう思ったが、地面にゆっくりと横たわったハリーは、待てど暮らせど起き上がらなかった。

「ハリー、大丈夫かしら……」

 試合終了のホイッスルが鳴り響いても、実況のリーが「グリフィンドールの勝利です!」と叫んでも、フリントが「ブラッジャーが爆発した! 今のは無効だ!」と怒り狂っても、ハリーはその場から起き上がらなかった。腕に食らったダメージが想像以上に大きかったらしい。

「腕が折れているかもしれないね。最後も力尽きているようだったし、動きたくても動けないのかもしれない」

 やがて、ハリーの周りには人集りが出来始めた。地上へと降りて来たグリフィンドールの選手達やピッチに雪崩れ込んできたグリフィンドール生――ロンとハーマイオニーの姿もある――、それにロックハート先生の姿もある。

「セドリック、私、行ってくるわ」

 私はしばらく観客席で様子を見ていたけれど、居ても立っても居られなくなって、観客席からピッチへと降りた。セドリックは「僕のことは気にしなくていいから行っておいで」と送り出してくれて、私は「ありがとう!」とお礼を言うと泥だらけの地面を走りながらハリーの元へと向かった。すると、

「やめて!」

 とハリーが突然叫んだ。何か嫌がっているらしい――意識があるのは良かったけれど、たくさんの人がハリーを取り囲んでいるので、中で何が起こっているのかさっぱり分からなかった。私はやっと人集りの後ろに辿り着くと、「ごめんなさい、通して」と掻き分けながら、中心へと進んだ。そして、ようやく中心まで来た私の目に飛び込んで来たものは、

「そう。まあね。時にはこんなことも起こりますね。でも、要するにもう骨は折れていない。それが肝心だ。それじゃ、ハリー、医務室まで気をつけて歩いていきなさい。――あっ、ウィーズリー君、ミス・グレンジャー、付き添っていってくれないかね?――マダム・ポンフリーが、その――少し君を――あー――きちんとしてくれるでしょう」

 杖を握り締め何やら言い訳をしているロックハート先生と、どこかの海賊漫画に出てくる主人公のように腕がグニャングニャンになったハリーだった。