Phantoms of the past - 055

7. 狂ったブラッジャーとドビーの再訪



 ハロウィーンから数日、11月になったばかりのホグワーツではミセス・ノリスが襲われた話でもちきりだった。第一発見者である私やハリー、ロン、ハーマイオニーは好奇の的になり、中には私やハリーが犯人で継承者では、という人も少なからずいた。同じレイブンクロー生の中でも、私が継承者だからダンブルドア先生が保護しているに違いない、という人が現れて、談話室でその話を耳にしたマンディとリサとパドマはカンカンになっていた。

 フィルチさんはあれからよく3階の廊下を行ったり来たりするようになり、壁に書かれた文字を消そうと「ミセス・ゴシゴシの魔法万能汚れ落とし」で一生懸命擦っているのも見かけたけれど、文字は未だに残っていた。何か特殊なペンキが使われているのかもしれない。

 この事件で前々から少し体調を崩していたジニーは更に元気を失くして、取り乱しているようだった。なんでも、ジニーは無類の猫好きらしい。ロンはなんとか元気付けようとしたけれど、言葉選びを間違えて更に落ち込ませてしまった、と申し訳なさそうにしていた。ロンなりに可愛い妹をなんとかしてあげたいと思って空回りしてしまったのだろう。

 ハーマイオニーはあれから秘密の部屋について調べ回っていたらしく、水曜日の夕方には魔法史の授業でビンズ先生に秘密の部屋について詳しく聞くことが出来た、と話してくれた。なんでも、ホグワーツの歴史が全て貸し出されていたらしく、直接先生に聞いたのだそうだ。あの日の夜、私が「ホグワーツの歴史に書いてある」と言ったことがずっと気になって仕方なかったらしい。

「図書室を探してもなくて、貴方に借りようかと思ったんだけど、魔法史の授業があったから思い切って聞いてみたの」

 ハーマイオニーはそう言って、ビンズ先生から聞いたことを詳しく話して聞かせてくれた。秘密の部屋には何らかの怪物がいて、継承者がのみがそれを操ることが出来、それを用いてこの学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者――つまり、マグル生まれの生徒を追放するという。けれども、ビンズ先生はこの話をただの伝説だと終始話していたらしい。

「ハナ、貴方はどう思う? 去年みたいにダンブルドア先生から何か聞かされたりはしてない?」
「いいえ、私も今年は何も分からないの……ただ、秘密の部屋は絶対にあると思うわ。だって、そうでないと誰がミセス・ノリスをあんな風にしたのか説明出来ないわ。ただの生徒がした悪戯なら、ダンブルドア先生は治せたはずだもの」
「やっぱり、ハナも怪しいと思う? 実はね、私、ハリーとロンと一緒にあの廊下に行ってみたの。あの日、廊下が水浸しだったのを覚えてる? それで、マートルのトイレに行ってみたんだけど……貴方と一緒に行くべきだったって後悔したわ。私じゃマートルはまともに話してくれないもの――そうだ。ねえ、ずっと気になっていたんだけれど、貴方いつの間に無言呪文が使えるようになったの?」

 ハーマイオニーはミセス・ノリスの事件や秘密の部屋のことと同じくらい、私の無言呪文に興味津々だった。あの日、私がロックハート先生に無言呪文を掛けた瞬間を見ていたのは私の腕に抱き着いていたハーマイオニーだけだったのだ。ハーマイオニーは知識欲が旺盛なので、気になったのだろう。

「ずっと練習していたのよ。最近になってやっと使いこなせるようになってきたの」
「凄いわ。上級生や大人でも使えない人はたくさんいるのに、2年生で使えるようになるなんて。でも、ロックハート先生に魔法を掛けるなんて、絶対にダメよ。あの時、先生はとても素晴らしいことを仰っていたのに……」

 それからハリーとロンが現れるまで、私はハーマイオニーからロックハート先生の素晴らしさについて聞かされることになった。3人とはその翌日にも話す機会があったのだけれど、彼らはマルフォイが怪しいと言って「ポリジュース薬」を作ることにした、と教えてくれた。

 ポリジュース薬とは、他人になりすますことが出来る魔法薬で、作った魔法薬に他人の髪とか爪などの身体の一部を入れると1時間だけその人物に変身出来るものだ。発案は言わずもがな、ハーマイオニーである。彼らはポリジュース薬でスリザリン生になりすまし、マルフォイから話を聞き出すつもりのようだった。

「ハーマイオニー、それ、4人分作ることは出来る? もちろん、私も出来るだけ作るのを手伝うわ」

 ポリジュース薬の話を聞いた私はすぐさま言った。この提案にはハーマイオニーも大喜びで、「私もハナにお願いしようと思ったの。だって、その方がずっと心強いもの」と話してくれた。けれども、私もハーマイオニーも私はポリジュース薬を使わない方がいいだろう、と考えていた。私は寮が違うし、大人数でスリザリン寮に忍び込むのも危険だ、と思ったからだ。

 けれども、彼らは何故使う必要がないポリジュース薬を私が必要としているのか不思議なようだった。ロンが「何に使うつもりなんだい?」と訊ねるので「例のあの人を欺くのに使えると思ったの」と答えると彼らは私の境遇を思い出したのか、納得してくれたようだった。


 *


「誰も彼も、みんな君のことを誤解してるんだ」

 金曜日の午後、図書室で会ったセドリックは私の顔を見るなりそう話した。いつものように落ち着いていて静かな口調ではあったけれど、そこにはどこか怒りが含まれているような気がして、私はセドリックの顔をまじまじと見た。セドリックが怒っているところを私はこの日初めて見たのだ。

「君はそんなことするはずないって、僕――ハナ、聞いてるかい?」
「あ、ごめんなさい……貴方が怒っているところを初めて見たものだから……私、びっくりして」
「そりゃ、怒るさ。こんなこと許されることじゃない」
「あら、私が本当に継承者だったらどうするの?」
「継承者はそんな風に言わないさ。それに僕は君が誰より努力家で勤勉で優しい女の子だって、良く知ってる」

 私は一連の噂話について気にしないでいられたのは、こういう経験が初めてではなかったのもあるけれど、何より同室の子達やセドリックがこうして代わりに怒ってくれるからだった。他にも水曜日の呪文学のあとにフリットウィック先生が「ミス・ミズマチ、何か困ったことはありませんか?」と心配してくれたし、フレッドとジョージは「君が継承者なら俺達を配下にしてくれよ」と冗談を言ってくれた。

 フレッドとジョージが全く噂話を信じていないのは明らかだったので「あら、嬉しいわ」とニッコリ答えたら、彼らは「At Her Majesty's pleasure」と胸に手を当てて恭しくお辞儀をした。「At Her Majesty's pleasure」というのは「女王陛下の仰せのままに」とか「女王陛下の御心のままに」という意味なんだけれど、これには笑ってしまった。フレッドとジョージは人を笑顔にさせる天才だと思う。

「ハナ、どうしたんだい?」

 突然クスクスと笑い出した私に、セドリックが不思議そうな顔をして訊ねた。私は「ごめんなさい。ちょっと面白いこと思い出しちゃって」と言いながら彼の顔を見れば、先程まで怒っていたセドリックは柔らかな視線をこちらに向けていた。

「君は笑ってる方がずっと魅力的だ」

 そんな風に言ってくれるセドリックに私はニッコリと微笑んだ。