Phantoms of the past - 054

6. 襲われたミセス・ノリス



 スクイブ――フィルチが叫んだその言葉の意味を、私は正しく理解することが出来なかった。2年生になってから、日々の勉強の合間に魔法界のことについて学び始めたけれど、2ヶ月足らずでは到底追いつくことは出来なかったらしい。私が理解出来たことといえば、決していい言葉ではない、ということだけだった。横を見ればハーマイオニーもスクイブがなにか分かっていない様子で、目が合うと彼女は戸惑った表情で首を横に振った。

「僕、ミセス・ノリスに指一本触れていません! それに、僕、スクイブが何なのかも知りません」

 ハリーはすぐさま反論したけれど、フィルチさんは「バカな!」と一歩も譲らなかった。どうやらクイックスペルというところからフィルチさん宛に届いた手紙をハリーが見てしまったことがあるらしく、そのことがフィルチさんの恨みを買っているようだった。どんな状況でハリーが手紙を読んだのかは分からないけれど、他人に手紙を読まれていい気持ちになる人はいないだろう。それが、自分のコンプレックスに関することなら尚更だ。

 けれども、ハリーが「スクイブが何なのか知らない」のは、本当のことだろうと思った。手紙にスクイブだと書いてあったのなら別だけれど、もし書いていなかったら、ずっとマグルの中で生活をしてきたハリーには分かるはずがないからだ。

「校長、一言よろしいですかな」

 ハリーをフォローするにはどうしたらいいだろうかと考えを巡らせていると、今までずっと黙って状況を見守っていたスネイプ先生が前に進み出た。彼は到底そう思っているようには思えない表情――口元を微かに歪めて冷笑していた――をしつつも、

「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな」

 と言った。しかし、私達をフォローしてくれる気は微塵もないようだった。スネイプは「ただ居合わせただけ」などと言いながらも「疑わしい状況が存在する」と話して私達を追求し始めたからだ。私達がハロウィーン・パーティーの最中にあの廊下にいたことが気に掛かっているらしい。

 そこで私達はハリー達が3人で絶命日パーティーへ行ったこと、私が疲れていてハロウィーン・パーティーを途中退席したことを説明した。絶命日パーティーにはゴーストがたくさんいたし、ハロウィーン・パーティーでも同室の子達が一緒だったので、私達の意見が正しいときちんと証言してくれるだろう。

「それでは、途中退席したミズマチ以外の3人がそのあとパーティーに来なかったのはなぜかね? なぜ4人であそこの廊下に行ったのかね?」

 更なる追求がスネイプ先生から飛んできて、ハリー達は困惑したように顔を見合わせた。あの場にいたのはハリーと私にしか聞こえない声を辿って来たからだが、どう説明したらいいのか分からなかったのだろう。スネイプ先生がそれを信じるとは思えなかったし、私とハリーにしか聞こえない声なんて、デタラメを言っているようにしか思われない。

「私が大広間を出たところで3人に会いました」

 あの場に4人でいたことすら怪しまれているのに、これ以上怪しまれるようなことを言うべきではないかもしれない。私はそう思うと、困惑している3人の前に立つようにして進み出て口を開いた。

「3人は大広間のパーティーへ向かおうとしていましたが、私が疲れて寮に戻るのだと話したら心配して送ってくれると言ってくれました。あの廊下にいたのは、そこが西塔でレイブンクロー寮の下にあるからです。壁が妙に光っていて、不思議に思って近付いたらあの文字とミセス・ノリスを発見して、どうやって助けようかと相談しているところでした。尻尾が絡まっていたので無闇に魔法を使って助けると傷付けてしまうかもしれません。でも、素手で外そうにも私達は背が低くて松明にはまだ手が届きませんでした。そこへパーティー終わりの生徒達がやって、あとはご存知の通りです」

 スネイプ先生はあわよくば私達に罰則を与えようと思っていたのだろうが、結局私の反論に口を閉ざさざるを得なかった。「よくもまあそんな嘘八百をペラペラと」とでも言いたそうな目でスネイプ先生は私を睨みつけていたが、私の発言を嘘と証明出来るものをスネイプ先生は何も持っていなかった。

「どうやら彼らは本当にあの場に居合わせただけのようじゃの、セブルス」

 ダンブルドア先生がきっぱりと言い切り、私達は無罪放免となった。しかも、呪文で治せなかったミセス・ノリスも「マンドレイク回復薬」があれば治すことが出来るとのことだった。マンドレイクは薬草学のスプラウト先生が今年手に入れていて、2年生になった最初の授業では植え替え作業をしていた。時間はかかるがそれが成長すれは、薬が作れるようになるそうだ。

 そうしてようやく「帰ってよろしい」とダンブルドア先生から許可が出されると、私達はすぐにロックハート先生の部屋を出た。急いで出てしまったので、うっかりロックハート先生に掛けた魔法を解くのを忘れてしまったけれど、廊下に出たところでダンブルドア先生が「そういえば、随分と静かじゃのう、ギルデロイ」と話しているのが聞こえた。きっと、元に戻してくれるだろう。

「あの声のこと、僕達、みんなに話したほうがよかったと思う?」

 早足で階段を上がり、誰もいない教室に入ると私達の顔を見渡してハリーが言った。誰もなにも言わなかったけれど、全員がこの件を談話室で話すべきではないと分かっていた。それに、私は寮が違うので、話をするならここしかなかった。

「いいえ。あの場で話しても信じて貰えなかったと思うわ。ダンブルドア先生は信じてくれたかもしれないけれど――」

 私が答えると、暗い教室の中でもハリーがホッとした表情をしたのがなんとなく分かった。

「僕も話さない方が良かったと思うな」

 ロンもきっぱりと答えた。

「誰にも聞こえない声が聞こえるのは、魔法界でも狂気の始まりだって思われてる」

 ハーマイオニーは何も言わなかったけれど、ロンの言葉に真剣に頷いていた。彼女も私とロンと同じように考えたのだろう。

「壁になんて書いてあった? “部屋は開かれたり”……これ、どういう意味なんだろう?」
「秘密の部屋よ。サラザール・スリザリンが残した部屋だとされているわ――ホグワーツの歴史という本に記述があるけれど、伝説のものだとされているの」
「僕も誰かがそんな話をしてくれたのを聞いたことがある――ビルだったかもしれない。ホグワーツの秘密の部屋のことだ」
「それじゃあ、でき損ないのスクイブって一体何?」

 ハリーが訊ねるとロンはクックッと笑いを噛み殺した。

「あのね――本当はおかしいことじゃないんだけど――でも、それがフィルチだったもんで……。スクイブっていうのはね、魔法使いの家に生まれたのに魔力を持ってない人のことなんだ。マグルの家に生まれた魔法使いの逆かな。でも、スクイブって滅多にいないけどね。もし、フィルチがクイックスペル・コースで魔法の勉強をしようとしてるなら、きっとスクイブだと思うな。これでいろんな謎が解けた。たとえば、どうして彼は生徒達をあんなに憎んでいるか、なんてね。妬ましいんだ」

 ロンがそこまで話した時、0時を知らせる鐘が鳴った。私達は寮に戻ることなり、ハロウィーンの夜はようやく終わりを告げたのだった。