Phantoms of the past - 051

6. 襲われたミセス・ノリス

――Harry――



 ハロウィーン当日、ハリーはほとんど首無しニックの500回目の絶命日を祝うパーティーに「行く」と言ってしまったことをひどく後悔していた。朝から飾り付けられた大広間を見ると夜のパーティーがとても楽しそうだと思えてならなかったし、ダンブルドアが「骸骨舞踏団」というものを予約したと聞いて見たくて堪らなくなった。

 しかも、一緒に行ってくれると期待していたハナに絶命日パーティーへの出席を断られていたので、尚更ハリーは安易に約束してしまったことを後悔する羽目になった。ハナはハロウィーンのずっと前にレイブンクローで同室のマンディ・ブロックルハーストとリサ・ターピン、それからパドマ・パチルと約束をしていたのだ。何日も前から約束しているなんて、分かるはずがない。

「約束は約束でしょ」

 ハロウィーン・パーティーへ行けないことに落ち込んでいるハリーにハーマイオニーは厳しい口調で言った。

「絶命日パーティーに行くって、貴方そう言ったんだから」

 そんなわけでハリーは後ろ髪引かれる思いになりながらも、7時になるとロンとハーマイオニーと共に大広間の扉の前を通り過ぎ、地下牢の方へと向かった。絶命日パーティーへと続く道筋には、キャンドルが飾り付けられていたけれど、煌びやかな大広間の飾り付けを知っている身としては、到底楽しい雰囲気とは言えなかった。しかも、地下牢へと向かう階段を1段下りるごとに気温が下がるので、ハリーはローブを身体に巻きつけなければならなかった。

 地下牢では巨大な黒板を千本もの生爪で引っ掻くような音楽が流れていて、戸口にはビロードの黒幕が垂れていた。戸口の前にはニックが立っていて、ハリー達がやってくると羽飾りの帽子をサッと脱いで、3人を中へと招き入れるようにお辞儀をした。

 そうしてハリー達が絶命日パーティーのパーティー会場である地下牢に足を踏み入れると、そこには何百という真珠のように白く半透明のゴーストが漂っていた。黒幕で飾られた壇上でゴーストのオーケストラが30本の鋸であの到底楽しいとは思えないと引っ掻くような音楽を奏で、その音楽に乗って、多くのゴーストがワルツを踊っている。頭上を見上げるとそこには、千本の黒い蝋燭で群青色に輝くシャンデリアがあった。

 楽しい雰囲気では全くなかったけれど、何より一番ひどいのは寒さだった。地下牢は多くのゴースト達が集まっているせいか、まるで冷凍庫に入り込んだような寒さで、吐く息が鼻先に霧のように立ち上った。

 楽しいことがあるようには思えなかったが、じっとしていると寒いので、ハリー達は会場を見て回ることにした。会場には様々なゴーストがいて、ハリー達は陰気な修道女の一団やボロ服に鎖を巻き付けた男、ハッフルパフに住む陽気なゴーストである「太った修道士」やスリザリンのゴーストである「血みどろ男爵」のそばを通り過ぎた。すると、

「あーっ、いやだわ」

 あるゴーストの目の前まで来た時、ハーマイオニーが当然立ち止まった。

「戻って、戻ってよ。“嘆きのマートル”とは話したくないの……」

 ハリーは「嘆きのマートル」というゴーストの名前を初めて聞いたが、なんでもそのゴーストは3階の女子トイレ――去年ハーマイオニーが閉じこもっていたトイレ――に取り憑いているらしい。ハーマイオニーの話ではマートルのお陰でトイレは壊れっぱなしで、そこら中水浸しにしてしまうので、あの事件以来行っていないのだという。

「あの子が泣いたり喚いたりしているトイレなんて、とっても嫌だもの――でも、ハナはマートルと仲が良いの。ハナって不思議だと思わない? どうしてマートルと仲良くなれるのかしら」

 何故ハナがマートルと仲良くしているのかハリーは気になったが、ロンが食べ物を見つけたので、そちらを見に行くことになった。食べ物はゴースト達がワルツを踊っている場所の反対側に設置されているテーブルの上に置いてあり、ハリー達は何か食べるものはあるだろうかと興味津々で近付いていった。

 しかし、期待はすぐに裏切られた。言葉にするのもおぞましい料理の数々がそこに並んでいたからだ。もはや料理と呼べるかもわからないが、どれもこれも腐れてカビだらけで、中にはうじが湧いているものもある。けれどもゴーストにはそれがいいのか、テーブルの上を通り抜けて腐った料理を味わっていた。ハーマイオニー曰く、「つまり、より強い風味をつけるために腐らせたんだと思うわ」だそうだ。

「行こうよ。気分が悪い」

 ロンがそう言って、ハリー達は料理から離れようとしたが、3人が向きを変えるか変えないうちに、小男が1人、テーブルの下から現れた。みんな青白く透明な中1人だけ鮮やかなオレンジ色のパーティ用帽子をかぶり、くるくる回る蝶ネクタイをつけている――ポルターガイストのピーブズだ。

「やあ、ピーブズ」

 ハリーは慎重は慎重に挨拶をした。ピーブズが悪戯好きで厄介なことをハリーはよく知っていたのだ。しかし、ハリーのそんな気持ちなど露ほども考えていないピーブズはあろうことか先程ハーマイオニーが話していたマートルの話を持ち出してきた。ピーブズはそれを聞いていたらしい。

「お前、かわいそうなマートルにひどいことを言ったなぁ」

 ピーブズはわざとらしく大きな声で喚いた。

「おーぃ! マートル!」

 マートルが気を悪くするからとハーマイオニーが慌ててピーブズを止めたが、もう遅かった。ピーブズが大声でマートルの名前を呼んだ途端、マートルだと思われる女の子のゴーストがスーッと目の前に現れた。

 「なんなの?」と仏頂面のそのゴーストはハリーが見た中で一番陰気臭い顔をした、ずんぐりとした女の子だった。ダラーッと垂れた猫っ毛と、分厚い乳白色のメガネの陰に顔が半分も隠れている。ハリーはハーマイオニーがマートルを苦手に思う気持ちがすぐに理解出来たが、反対に何故ハナが彼女と仲が良いのかはさっぱり理解出来なかった。自分なら友達になれそうにない、と思ったからだ。

「お元気? トイレの外でお会い出来て、嬉しいわ」

 先程ハリーがピーブズに挨拶した時よりももっと慎重に、ハーマイオニーが無理に明るい声を出して挨拶をした。けれどもマートルにもハーマイオニーが無理をしていると分かったのだろう。彼女はフン、と鼻を鳴らすだけだった。そんな彼女にピーブズが耳打ちをする。

「ミス・グレンジャーがたった今お前のことを話してたよぅ……」
「貴方のこと――ただ――今夜の貴方はとっても素敵って言ってただけよ」

 ハーマイオニーがピーブズを睨み付けながら言ったが、ここでもマートルはハーマイオニーの言葉を信じなかった。明らかに「嘘でしょう」というような目でマートルはハーマイオニーを見ていた。

「貴方、私のこと揶揄からかってたんだわ」

 マートルの目から銀色の涙が見る見るうちに溢れてくると、ハーマイオニーは慌てて弁明しようとしたが、無理だった。ここにもしハナがいてハーマイオニーと同じように「ハーイ、マートル。トイレの外で会えるなんて嬉しいわ」と言ったら、マートルの反応は違ったのかもしれないが、ここにハナはいない。

「みんなが陰で、私のこと何て呼んでるか、知らないとでも思ってるの? 太っちょマートル、ブスのマートル、惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル!」

 ここでもハナならマートルを上手く宥められたかもしれない。けれど今この場には慌てふためくハーマイオニーとどうしたらいいのか分からず立っているしかないハリーとロン、そして厄介なピーブズしかいない。結局マートルはピーブズに「抜かしたよぅ、にきび面ってのを」言われるとしゃっくり上げながら会場を去って行った。

 その後、ニックがハリー達の元へ挨拶に来たが、彼のスピーチの時間がやって来ると、会場に首無し狩りクラブのリーダー格である「スッパリ首無しポドモア卿」が現れた。ニックはこのポドモア卿――脇に自分の頭を抱えている――に認められて首無し狩りクラブに入れることを願っているのだけれど、ニックは「ほとんど首無し」でギリギリ首が胴体と繋がっているのでずっと認められずにいたのだ。

 今日ハリーが絶命日パーティーに呼ばれたのはポドモア卿にニックの恐ろしさについて話すという役目を担っているからでもあった。けれどもこれは上手くいかなかった。結局ハリー達はニックのスピーチ中にポドモア卿が首ホッケーを始めてしまうと、会場を抜け出すことにした。首ホッケーを観戦するよりハロウィーン・パーティーのデザートの残りを食べる方が有意義だと気付いたからだ。

 けれども、この日ハリーが大広間へ行くことはなかった。何故なら、9月の初めの土曜日の夜、ロックハートの部屋で聞いたあの声が聞こえて来たからだ。

「……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……」

 そしてハリーは冷たい残忍な声を追って、人気のないホグワーツ城を上へ向かって駆け出したのだった。