Phantoms of the past - 049

6. 襲われたミセス・ノリス



 今年のハロウィーンの日の朝も、地下の厨房から漂ってくるパンプキンパイの焼く匂いで目が覚めた。甘い香りが城いっぱいに広がり、大広間は早くも生きたコウモリ――私はこの飾り付けはどうかと思う――や、ハグリッドが育てたかぼちゃで作られたジャック・オー・ランタンで飾り付けられていた。ランタンの中は何と大人3人が座れそうなくらい広かった。

 土曜日ということもあって、生徒達は既に夜に行われるハロウィーン・パーティーのことで頭がいっぱいになっているようだった。あちらこちらで今夜のパーティーについての話が聞かれ、誰かはダンブルドア先生がパーティの余興用に「骸骨舞踏団」を予約したと話していた。この噂話のお陰で朝から私の元には真相を確かめようとする生徒が後を絶たず、私は早々に図書室のいつもの席に逃げ込むことになった。慌てて図書室に入ったので司書であるマダム・ピンスに睨まれてしまったけれど、仕方がない。

「やあ、今日は早かったね」

 分厚い本を何冊も手に取って、図書室の一番奥の席へ向かうとそこには既にセドリックが座っていた。こちらも分厚い本がテーブルの上に重ねられていて、朝早くから勉強をしていたことがうかがえた。羊皮紙やインク瓶、ガラスペンもあるのでレポートを書いていたのかもしれない。

「セドリックこそ、早かったのね」
「ハロウィーン・パーティーもそうだけど、実は明日のホグズミード休暇に一緒に行かないかって誘いがあまりに多くて逃げて来たんだ」
「セドリックはとても人気者だものね」

 クスクス笑いながらセドリックの隣に腰掛けると、彼は「ハナも来年はきっとこうなるよ」と苦笑いをした。確かに、同室の子達とハリー達の誘いで迷うことはあるかもしれないけれど、セドリックのように男の子達からデートの誘いをたくさん受ける自分の姿は想像出来なかった。去年だってそういうことはなかったからだ。

「私、貴方のようにデートの誘いをたくさん受けてる自分をあまり想像出来ないわ」
「じゃあ、僕にデートの誘いを受ける姿は?」
「え?」
「僕は、君とデートしたいと思ってるよ、ハナ」

 真っ直ぐに私を見て、セドリックは言った。それがデートの誘いを受けたことのない私への慰めのようなものだと分かっていても、優しい眼差しの彼に思わずドキリとしてしまいそうになる。年下のイケメン紳士にこんな風に言われて悪い気になるおばちゃんなんていないのである。

「ふふ。ありがとう、セドリック」
「君は――いや、何でもない。どういたしまして。また来年改めて誘うことにするよ」

 あまり話しているとマダム・ピンスに追い出されかねないので、私もセドリックも勉強に集中することにした。最近私が図書室でしている勉強は日々の宿題や魔法界の文化についてなどが多く、時々リーマスから貰った呪文リストに載っている呪文を調べたりすることもある。土曜日には図書室だけではなく、空き教室を借りてセドリックに呪文の練習に付き合って貰うこともあるけれど、今日は図書室を出ると余興について聞かれそうなので行かない方がいいかもしれない。

 リーマス特製の呪文リストについてはセドリックもその存在を知っていて、彼はこのリストに載っている呪文を覚えることに積極的だった。とはいえ彼はクィディッチの選手でもあるし、日々の宿題の方が優先なので、一緒に魔法を練習する時間はあまり取れなかった。今日のような何の予定もない土曜日に練習出来たら良かったのに。

 途中昼食のために一度大広間へ行ったものの、それ以外は夕方まで図書室にこもりきりで勉強をしたあと、私はマンディとリサ、パドマと合流して午後7時にハロウィーン・パーティーへと向かった。大広間は朝見た時よりも更に飾り付けが増えていて、各寮のテーブルには美味しそうな料理がたくさん並んでいる。

 ハロウィーン・パーティーはダンブルドア先生の挨拶から始まり、そのあと、噂になっていた骸骨舞踏団が余興に現れ、生徒達のみならず先生達も大盛り上がりだった。いつも厳しいマクゴナガル先生も上機嫌だったし、不機嫌そうなのはスネイプ先生くらいだ。仮装をして楽しんでいるのはロックハート先生とかフレッドとジョージとか数人で、他にはあまりいなかった。わざわざハロウィーンの日のためにトランクをパンパンにする生徒は少ないのかもしれない。

「このパンプキンパイ、とっても美味しいわ」

 料理がほとんどなくなる頃、今度はデザートがテーブルの上を埋め尽くした。今日のデザートはどれもかぼちゃを使ったもので、一番はやはりパンプキンパイだろう。食べてみるととても美味しくて、生徒達が朝からソワソワと夜のパーティーを待ちわびているのが納得出来た。

「ハナ、かぼちゃのブリュレも美味しいわよ」
「こっちのクッキーも」
「毎日ハロウィーン・パーティーでもいいのに」

 同室の子達も周りの子もいつも以上にデザートを食べているように見えた。私も今日ばかりはいつも以上に食べていて、若干お腹が苦しくなってきている気がする。明日はランニングを少し長めにした方がいいかもしれない。

 そんなことを考えている時だった――話し声で溢れた賑やかな大広間に、あの冷たい音のような声が聞こえた気がして私は顔を上げた。確かに今、「引き裂いてやる」と聞こえた気がしたのだ。

「ハナ、どうしたの?」

 辺りをキョロキョロ見渡していると、リサに声を掛けられて私は彼女を見た。リサは美味しいと話していたかぼちゃのブリュレを食べているところで、こちらを見て不思議な顔をしている。

「今、変な声が聞こえてきたものだから……」
「変な声?」
「引き裂いてやるって。聞こえなかった?」
「いいえ。私は聞こえなかったわ。でも、男子がふざけてるのかもしれないわよ。吸血鬼や狼の真似をしたりしてね」

 私とリサの話を聞いていたマンディとパドマもどうやらあの声は聞こえなかったようで、「ハナ、貴方勉強のし過ぎで疲れているのよ」と話した。私は案外そうかもしれないと思いつつも、先月に続いて2回も同じ声を聞いたのが、偶然ではないような気がしてならなかった。それにもし、あの冷たい声が秘密の部屋に関することだったら、と思うとゾッとしてしまう。

「やっぱり、疲れているのかもしれないわ」

 もし本当に秘密の部屋に関係があるのだとしたら、私は声の正体を確かめなければならない。私は同室の子達そう言うと賑やか大広間をそっと抜け出したのだった。