Phantoms of the past - 047

5. 隠し通路と閉心術



 次の日の日曜日、私はいつも以上に早起きをした。昨日は寝るのが遅かったので、もう少し寝ていたい気もしたけれど、そうも言っていられない。今日は早々にルーティンをこなして厨房へ行き、それから誰にも見つからないうちに必要の部屋へ向かう必要があるからだ。あそこに出入りしている所を見られるのは厄介だ。

「お嬢様! お待ちしておりました!」

 いつもより軽めにルーティンをこなし、その足で厨房へ向かえば、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達は久し振りの再会をとても喜んでくれた。1年生の学年末は必要の部屋通いが出来ていなかったし、医務室に入院もしていたので、数ヶ月振りの再会だったにもかかわらず、彼らは口々に「今年度はいつ来るかと楽しみにしておりました!」と話してくれた。

「いつも、本当にありがとう。今年もお世話になると思うけれど、よろしくね」

 屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達は私がそう言うと「とんでもございません! もちろんでございます!」とキーキー声で返事を返すと、バスケットにたくさんの食事を詰めてくれた。朝食と昼食を兼ねているので量はたっぷりだ。

 バスケットがいっぱいになると、最後にもう一度お礼を言ってから私は厨房をあとにして、必要の部屋へと向かった。地下から一気に8階まで駆け上がり、バカのバーナバスのタペストリーの前を3回往復すると、タペストリーの向かいに現れた扉の中に滑り込んだ。昨年度ずっとお世話になったあの部屋である。

 昨日は閉心術の訓練だったけれど、今日行うのは無言呪文の練習である。動物もどきアニメーガスをなんとしてでも2年生の間に成功させたいので、成功するまではそれに向けた練習を週末に集中的に行う予定だった。

 それに無言呪文のあとにはもっと難しい杖なしの呪文の練習もしなければならない。1年生の学年末に地下の部屋で奇跡的に使えたけれど、あれが再び出来るとは到底思えなかった。あれは、あの時ジェームズが助けてくれたから出来たことなのだ。

「よし、頑張らないと!」

 軽く朝食を摂り気合を入れると、私は早速練習に取り掛かった。けれども思っていたとおり、練習を始めると杖なしの呪文はおろか、無言呪文すらまともに成功出来なかった。

 閉心術もそうだったけれど、この無言呪文でも集中力と強い意志がとても重要なように思う。学年末に杖なしの呪文が成功したのは、みぞの鏡に現れたジェームズのお陰でその条件が完全に満たされていたからだ。火事場の馬鹿力、と言うものだろう。

 その火事場の馬鹿力を日常的に使えるようにならなければならないのだけれど、その使えるようにまでがとても大変なように思う。そもそも、無言呪文は6年生からしか習わないので2年生になったばかりの私が習得するのは無謀とも言えた。

 朝から夕方まで無言で杖を振り続けて、結局成功したのはたったの2回だった。私はひどく落ち込みながら、必要の部屋をあとにした。まぐれとはいえ、昨年度の学年末にちょっと杖なしの呪文が成功したので、もしかしたら無言呪文はあっという間に成功するのではないかと少しでも期待していた自分がバカだった。

「でも、2回成功した……普段から簡単なものは無言呪文を使うようにすれば、早い段階で使いこなせるようになるかもしれないわ」

 気が付けば夕食の時間が迫っていて、私はブツブツ独り言を喋りながら大広間へと向かった。因みに厨房から拝借したバスケットはベッドの脇に置いておくと、夜のうちにこっそり回収しておいてくれることになってて、まさに至れり尽くせりである。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフにはお礼をしたいのだけれど、ちょっとしたお礼の品でも彼らを戸惑わせてしまうので、お礼の度合いが悩ましいところだ。

 でも、どうして屋敷しもべ妖精ハウス・エルフはあんなに働き者なのだろうか。魔法族に仕えて役に立つことがとても大好きなようだし、元々そういう性質の生き物なのだろうか。それとも、無給で働いてくれる召使いが欲しい魔法族がそうなるよう仕向けたのだろうか。

「余裕があれば今度調べてみようかしら」

 大広間へ辿り着いた私はそう呟くと、レイブンクローのテーブルに座ったのだった。