Phantoms of the past - 046

5. 隠し通路と閉心術



「では、閉心術の訓練に戻ろう」

 忍びの地図についてあれこれ考えていた私は、ダンブルドア先生の声に現実に引き戻された。杖を構えようとしているダンブルドア先生の姿を見て、私も考えるのをやめて背筋を正して杖を構えた。

「先程の君は最終的にはわしを阻止したが、時間をかけ過ぎた。その原因が何か分かるかね?」
「心を空に出来ていなかったからです。慌てているうちに呪文が飛んできて、それに対応出来ませんでした」
「そうじゃ。君は閉心術に1番大事な “心を空にする” ということが出来ていなかった。次は気持ちをもっと集中させ、頭でわしを撥ね付けるのじゃ。そうすれば、杖に頼る必要はなくなる。心を空にし、平静になるのじゃ」

 ダンブルドア先生の言葉を聞いて、私は自然と目を瞑った。そうすれば、座禅をしている時のことを思い出せると思ったのだ。何も考えず、何も感じず、自然と一体になるような、そんな気持ちを――。

「では、もう一度――レジリメンス!」

 次の瞬間、また視界が校長室から切り替わった。リビングにある木箱をひっくり返して、私はジェームズやシリウス、そして、リーマスの手紙を読んでる……。

 ――これ以上は絶対見せられない……。

 先程よりも圧倒的に早く、頭の中に声が響いた。私はダンブルドア先生にあの事が知られるのを自然と拒否していたのだ。シリウスのためにも今は話せない。私は、それを見られる訳にはいかない。すると、

 バチン!

 突如として私の視界は校長室に戻った。今度は呼吸も乱れてはいないし、床に崩れ落ちてもいない――それに無意識にダンブルドア先生を攻撃したりもしていなかった。記憶を見せた時間も驚くほど短かったように思う。正に今、私はダンブルドア先生を心の中から追い出したのだ。

「良くやった。その感覚じゃ」

 ダンブルドア先生はこちらを見て満足気に頷いたが、本当の意味では満足していなかった。何故なら、初めてにしてはよく出来ている方だ、としか思っていないからだ。「その感覚を忘れるでないぞ」というダンブルドア先生は間髪入れずに杖を振り上げた。

「レジリメンス!」

 3回目は2回目よりも少し長く、けれども1回目よりは短い時間、記憶を覗かれた。回数を重ねるごとに雑談は減っていき、ダンブルドア先生はとても熱心に指導をしてくれたけれど、私は結局完全に撥ね返すことは出来なかった。ダンブルドア先生にフィニアスと呼ばれていた肖像画が「フン、そんなことも出来ぬとは」とバカにしたように言ったのが途中で聞こえたが、私もダンブルドア先生も彼に構っている暇はなかった。

 そうして何時間もかけて、何度も開心術の呪文を受けたのち、今日の訓練は終了となった。結局私が完璧だったのは、シリウスの脱獄や動物もどきアニメーガスに関する記憶が覗かれそうになる時だけで、様々な記憶を覗かれてしまったけれど、ダンブルドア先生は初めてにしては十分だ、と褒めてくれた。

 しかし、特定の記憶の時だけ拒めても意味がない。今は訓練なのでダンブルドア先生も入り込んだことが私にも分かるように魔法を掛けてくれているが、現実はそうはいかないのだ。優れた開心術士は丁寧に呪文を唱えたりしないし、入り込んだことにも気付かせないからだ。なので私は呼吸をするように自然と閉心術が使えるようにならなければならない。課題は山積みだ。

「おやすみ、ハナ。気を付けて寮までお帰り」
「はい。今日はありがとうございました」

 1回目の訓練は12時近くになってようやく終わった。今日はホグズミードを2時間かけて往復したし、何度も開心術の呪文を受けたこともあって、私はクタクタで、「おやすみなさい、先生」と挨拶をするとすぐに校長室をあとにした。これからまたレイブンクロー寮の入口にあるあの螺旋階段を上らなければならないことに憂鬱である。

 見回りの先生達は他の階にいるのか、校長室の入口がある3階の廊下は静かなものだった。罰則を終えたハリーとロンにバッタリ出くわさないかと思いながらマートルのいる女子トイレの前に差し掛かったところで、私ははたと足を止めた。廊下の向こうを女の子が1人歩いている――赤毛のあの子は――。

「ジニー?」

 私が声を掛けると、ジニーはゆっくり振り返った。こんな時間に一体何をしているのだろうか。駆け寄ってみると、彼女はなんと寝巻き姿だった。

「ジニー、こんなところで何をしているの?」
「ハナこそ、何をしていたの?」
「私はダンブルドア先生の所へ行っていたの」
「ダンブルドア? 貴方の後見人だったかしら」
「ええ、そうよ。それより、ジニー見つからないうちに早く戻りましょう。罰則を受けてしまうわよ」
「大丈夫よ。貴方に会えて、今夜はいい夜だわ」

 ジニーは綺麗に口に弧を描きながらそう言って、廊下を進み始めた。階段を上り、一緒に上へと向かって行く。すると、

「来るんだ……。俺様のところへ……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……」

 そんな声が聞こえてきて私は「え?」と声を上げた。ジニーを見れば、突然声を上げた私をジーッと見つめている。

「どうしたの、ハナ」
「いえ……声が聞こえた気がしたの」
「どんな?」
「冷たい……何か音のような声……」

 私は当たりをキョロキョロ見渡してみたが、そこにはジニー意外誰もいなかった。閉心術の訓練で何度も記憶を思い出してしまったので、幻聴が聞こえてしまったのかもしれない。

「疲れているのかもしれないわ」

 私がそういうとジニーは「そう」と頷いた。
 声は、それっきり聞こえることはなかった。