Phantoms of the past - 045

5. 隠し通路と閉心術



「さて、少し遅くなったが、閉心術に移ろうかの」

 ダンブルドア先生はこれ以上秘密の部屋について議論をするつもりも、ヴォルデモートが場所を知っているかどうかについて答えるつもりもないようだった。事務机から緩やかに立ち上がりローブから杖を取り出すのを見て、私もこれ以上秘密の部屋について訊ねるのをやめ、私は背筋を伸ばした。

「ハナ、昨年度の学年末に話したとおり、今年度の君は通常の授業に加えて閉心術についても学ぶことになる。閉心術とは、なんだったかね?」

 事務机の前、私に向かい合うようにして立ったダンブルドア先生が訊ねた。未だに肖像画達はこちらを気にしていたけれど、私はこれ以上彼らを気にしないことにした。閉心術の心得がない私には集中することが大事だと思ったからだ。

「閉心術とは、古代または中世から存在している古い魔法で、他者から自身の感情や内面に侵入されるのを防ぐ魔法です。閉心術では、開心術で自身の思考や感情を支配されないように心を空にし、そして、自身の感情をコントロールすることが重要です」
「左様。君はこの問題に対し、夏の間も真摯に向き合ってくれていたようじゃな」

 満足気に頷きながらダンブルドア先生は言った。

「閉心術とは反対に、開心術では他人の心から感情や記憶を引っ張り出すことが可能じゃ。そして、ヴォルデモートはこれに非常に長けておる――ハナ、君ならこの重大さが分かるはずじゃ」
「はい、ダンブルドア先生」
「普通の開心術士ならば、そばに近付けさせない限り感情や記憶を読まれることはない。しかし、優れた開心術士はチラリと見るだけで全てを読むのじゃ。そこには呪文も杖も必要ない。入られたことにも気付かぬじゃろう」

 ダンブルドア先生は手にしていた杖を私に向け、話を続けた。

「杖を持つのじゃ、ハナ。わしは今から君の心の中に入る――よいか、わしを君の心の中に入れさせるな。心を閉し、無心になれ! あらゆる手段を持って防御するのじゃ!」

 私が杖を取り出すのを確認するなり、ダンブルドア先生は杖を振り上げた。次の瞬間、

「いくぞ――レジリメンス!」

 私がまだ準備もままならないうちにダンブルドア先生は呪文を唱えた。目の前の部屋がぐるぐる回り、そして、消えた。細切れの映画のように、次々に場面が浮かび上がっては通り過ぎ、そのあまりの鮮明さに目が眩んだ。

 あれは、両親と遊園地に行った時……小学校の入学式……中学、高校、大学……そして、両親が亡くなった日……祖父母が亡くなって、1人ぼっちでイギリスへ行って慣れない手続きに苦労して、泣いてばかりいたころ……友人が励まそうとテーマパークに誘ってくれた……ホグワーツ城だ……友人は私に「ハナは勉強が出来るからレイブンクロー生ね、きっと!」と言われて、よく分からないままレイブンクローの制服を着た……そうだ、だから私は夢の中でレイブンクローの制服を着ていた……湖の畔でジェームズが「いいね」と言って笑っている……4人でメアリルボーンの家で遊んだ帰り、シリウスに忠告をした……初めて入ったダンブルドア先生の校長室……そして……。

 駄目。校長室からメアリルボーンの自宅へ飛んだ瞬間、頭の中で声がした。駄目、これ以上見せちゃ駄目――。

 クローゼットの前で泣きじゃくった日……浴室で見つけた星屑製造機スターダスト・メーカーに「Cast a spell. "Stella Lux"」と添えられている……リビングに置いてあった木箱の中にある羊皮紙……。

「駄目!」

 バチン! と鋭い音がして私は現実に引き戻された。立ったまま杖を構えていたはずの私は、いつの間にか床に膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。見上げれば、ダンブルドア先生が何やら手を揉んでいる。

「ハナ、君は今、呪文に抵抗をして杖を弾き飛ばそうとしたのじゃ」

 ダンブルドア先生は厳しい口調で言った。

「初めてで抵抗を見せたのは君が夏の間、この課題に真剣に取り組んだ証拠じゃ。しかし、君はわしを心の 中に入らせ過ぎた……最後はほとんど制御を失いかけておった。それからそう、君の世界にもホグワーツ城があるのかね?」

 最後の一言だけ興味深そうに、ダンブルドア先生は訊ねた。私はなんとか立ち上がりながら、それに頷く。

「はい。あの、本があることは以前話したとおりですが、その本は世界中で人気でテーマパークがあるんです。そこにホグワーツ城が再現されています」
「実に面白い。それからそうじゃ、君の家の浴室にあったあの不思議な魔法道具は何かね?」
「あれはジェームズ達が私のために残してくれたものです。星屑製造機スターダスト・メーカーと言ってとても美しいものを見せてくれます。1年生の時、ダンブルドア先生にお見せしようと持ってきていたんですがすっかり忘れていました……」

 そういえば、あの魔法道具をホグワーツに持って来たのは、自分が使うためでもあるけれど、ダンブルドア先生に見せるためでもあったのだと今更ながらに思い出して、私は苦笑いした。何故去年お茶をした時に持って行かなかったのか、我ながら疑問である。

「わしは珍しい魔法道具に目がなくてのう。それに、ジェームズが遺したものが残っていることは素晴らしいことじゃ。ジェームズとリリーが遺したのは、わしが預かっていた透明マントとハリー自身だけじゃった――」

 ダンブルドア先生の声音が段々寂しげになっていくのを聞いて私は心が痛くなった。ダンブルドア先生の言うとおり、ジェームズとリリーが遺したものはとても少ない。そして、そのほとんどを私が持っている。来訪者探知機や星屑製造機スターダスト・メーカー、たくさんの手紙にホグワーツのトランク、必要の部屋にあるタペストリー……唯一持っていないものは「忍びの地図」だけれど、あれは今どこにあるのだろうか。

 そういえば、私はリーマスにそのことを訊ねたことがなかったように思う。でも、リーマスは持っていないだろう。もしリーマスが持っていたとしたら、3年生の時に教師に就任した際、真っ先にロンと一緒にいるピーターに気付くからだ。友人は『アズカバンの囚人』の話を私に聞かせる時、そんなことは一度も言っていなかった。それに、ジェームズ達が地図を作った話は聞いたことがあるけれど、その後どうなったのかは聞いたことがない。あれは、失われてしまったのだろうか。

「次回ダンブルドア先生にお見せしますね」

 考え事をしつつも私がそう言うと、ダンブルドア先生は嬉しそうに頷いた。