Phantoms of the past - 038
4. 空飛ぶフォード・アングリア
――Harry――
9月2日の朝、ハリーは重い気分で目が覚めた。同室のシェーマスやディーン、ネビルと楽しく話をして気分良く眠りについたというのに、起きて早々今日はきっとハナに会うことになるだろうということを思い出したのだ。昨夜のハーマイオニーとパーシーの様子からして、ハナが怒っていないわけがない、というのがハリーの見解だった。
「ハナは僕達を吹き飛ばすと思うな」
ロンは朝食のために談話室に向かう途中で言った。
「夏休みに君を助けにいく時にフレッドが話してたんだけど、ハナは車を飛ばすことに最初はあまりいい顔をしなかったらしいんだ」
その話を聞いてハリーはハナが怒っているのは確実だ、と思った。ハナは今までハリーに対して怒ったことなんて1度もなかったが、ハナが怒った時の怖さは十分に知っていた。去年はマルフォイを吹き飛ばしたし、今年の夏休みだってダーズリー一家に説教をした。あの時のハナの顔は何ていうか、とっても怖いのだ。
もし会うのなら、出来るだけ怒りが収まっているころに会いたいと思いながら、ハリーとロンは玄関ホールに差し掛かった。すると、
「ハリー! ロン!」
タイミングの悪いことにハナとバッタリ鉢合わせてしまって、ハリーは驚いた。隣にいるロンなんて「げっ」と言ってしまったくらいだ。しかし、ハリーもロンもすぐに別の意味で驚くことになった。
「ああ、良かった。私、昨日からずっと心配していたの。2人が怪我をしたんじゃないかとか、他にも何かあったんじゃないかって――」
一緒だったレイブンクローの女子生徒達に先に行くように伝えてこちらに駆け寄ってきたハナの顔色が、とっても悪かったのだ。1つも怒らないどころか明らかに寝不足で体調が悪そうな顔をしながら、自分達が無事なことに心底ホッとしている様子のハナにハリーとロンは戸惑ったように顔を見合わせた。こんな状態のハナを2人は想像すらしていなかったのだ。
「それで、何があったの? 貴方達が空飛ぶ車でここまでやって来て、暴れ柳に墜落して退校処分になったって、昨日みんなが噂をしていたの」
ハリーとロンが戸惑っているうちに、ハナが気遣わし気な声でそう問いかけた。ハリーもロンも驚きのあまり上手い答えが出て来ず、なんとか昨日ハーマイオニーに言ったのと同じように「退校処分にはならなかった」とだけ伝えるとハナはここでも怒らず、「怪我がなくて良かったわ」と言った。
「お、怒らないの?」
「僕、君に吹き飛ばされるんじゃないかと思ってた」
ハリーもロンも思わずそう言うと、ハナははっきりと「怒らないわ」と告げた。ハナはハリーとロンがただの悪ふざけでこんなことをした訳じゃないと信じてくれたのだ。
ハリーはみんながハナみたいに分かってくれたのなら、と思うのと同時に昨日色んなグリフィンドール生に拍手喝采を受けて喜んでしまった自分が恥ずかしくなった。しかも色んな人が汽車の中でハリーとロンを探し回ったと聞いて、ハリーはハナがダンブルドアに手紙を出したことを余計なことだと感じたことも恥じた。
ハナはもっと詳しい事情を聞きたいようだったけれど、多くの生徒が行き交う玄関ホールではこれ以上詳しい話は出来なかった。なので、あとでまた話そうと約束をして、3人は大広間に向かうことにした。
「ねえ、ハナ。君、折れた杖を直せない?」
大広間に向かいながら、ロンが訊ねた。ロンの杖は昨日から折れたままだったのだ。ロンがその折れた杖をローブのポケットから取り出すとハナはギョッとした顔をした。
「どうしてそうなったの?」
「ぶつかった時に、あの、こうなったんだ……」
「修復呪文は試してみた?」
「いや、まだなんにも」
「OK――やってみましょう」
ハナはそう言うとサッと自分の杖を取り出して、折れたロンの杖に向けた。「レパロ」と唱えると、辛うじて繋がっていた杖の先が少しだけ繋がったものの芯材が見えてしまっているし、何だかパチパチ鳴っているようにも見える。ハナがもう一度「レパロ」と唱えたが、杖は一向に直らなかった。
「ごめんなさい、ロン」
ハナが眉尻を下げて申し訳なさそうにしながら言った。
「いや、ほとんど折れかかってるよりマシだよ」
「杖は特殊な方法で出来てるんだわ、きっと。新しいものを用意してもらう方がいいかもしれない――でも、新しいものが届くまで杖が必要よね。何か道具のようなものがないか、周りの子に聞いてみるわ。朝食を終えたらそのまま大広間で待ってて」
「ありがとう、ハナ。あの、君、顔色悪いけど大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「またあとで」と言って、ハナとは大広間の入口で別れた。ハリーとロンがグリフィンドールの席に着くと先に朝食を食べていたハーマイオニーはまだツンとして怒っていたが、それでもハリーの気分は起きたばかりのころに比べたら随分と良くなっていた。
しかし、朝食が始まると状況は悪くなる一方だということを、ハリーはまだ知らないでいた。