Phantoms of the past - 035

4. 空飛ぶフォード・アングリア

――Harry――



 9月1日の朝、ハリーとウィーズリー一家は出掛けるまでに随分と時間がかかった。全員が早朝に起きたのに、何故だかやることがたくさんあったのだ。ウィーズリーおばさんはソックスや羽根ペンがもっとあったはずだと探し回っていたし、みんなトースト片手に階段を行ったり来たりして、その度にぶつかり合った。ウィーズリーおじさんなんか、ジニーのトランクを車に乗せるのに庭でつまずいて、危うく首の骨を折りそうになった。

 ハリーはウィーズリー家の9月1日の朝を体験するのは初めてだったので、普段どんな感じか全く分からなかったが、もしかするとこの時から何かがおかしかったのかもしれない。何故なら出発する度にジョージやフレッド、ジニーが忘れ物に気付き、その度に隠れ穴に舞い戻る羽目になったからだ。

 そんなわけでハリーとウィーズリー一家がキングズ・クロス駅に到着したのは、ホグワーツ特急が出発する15分前だった。みんな大急ぎで9と4分の3番線の柵に向かい、パーシー、ウィーズリーおじさん、フレッドとジョージ、そして、ウィーズリーおばさんとジニーが順番に通り抜けることになった。

 ウィーズリーおばさんとジニーが通り抜けると、いよいよハリーとロンが最後になった。もうこの時になると出発まで1分前に迫っていて、ハリーとロンは一緒に通り抜けることになった。しかし、

 ガッツーン!

 ハリーとロンのカートが柵にぶつかり、2人は跳ね返されてしまった。ハリーもロンも、トランクもヘドウィグが入った鳥籠も、何もかもが転がり、2人は注目の的となった。

 けれども、何故突然柵が通れなくなったのか分からなかった。ウィーズリーおばさんとジニーまでは確かに通り抜けられたのに、だ。ハリーは慎重にカートを前進させて柵にくっつけ、全力で押してみたが、柵は先程と同様固いままだった。

 そして2人は遂にホグワーツ特急に乗り遅れた。車掌がハリーとロンが汽車に乗っていないことに気付いて出発を遅らせてくれるだなんて考え難かったので、汽車はハリーとロンを乗せないまま行ってしまったに違いない。

 改札が閉じてしまったので、ウィーズリーおじさんもウィーズリーおばさんも果たしていつ戻ってくるのかさっぱり分からなかったが、マグルが未だにハリーとロンをジロジロと見ていた。そこでハリーが「車のそばで待とう。ここは人目につきすぎるし――」と言うと突然ロンが叫んだ。

「ハリー! 車だよ!」

 乗り遅れて呆然としていたロンの目は輝いていた。

「ホグワーツまで、車で飛んで行けるよ」

 ロンの話では、なんとかの制限に関する第19条とかなんとかで、緊急事態には半人前の魔法使いでも魔法を使ってもいいらしい。柵が閉じて汽車に乗り遅れたのは確実に緊急事態だ――。

 そして、15分後、中古のフォード・アングリアはホグワーツを目指して飛び立った。飛び立って早々透明ブースター――車を透明にするボタン――が壊れてしまうというトラブルが発生したが、ハリーとロンは線路をひた走るホグワーツ特急を比較的すぐに見つけることが出来た。

 ハリーとロンは時々ホグワーツ特急を確認するために下に降りつつ、何時間も雲の上を飛び続けた。しかし、夕方頃になると中古のフォード・アングリアは妙な音を立て始め、遂に辺りが暗闇に包まれ、いよいよホグワーツが目の前に迫ってくると、

「もう少しだから、頑張れよ――」

 車はブルブル震え、明らかに失速し始めた。運転席に座っているロンがハンドルを揺すりながら何度も「頑張れ」と車を宥めていたけれど、エンジンは呻き、ボンネットからは蒸気が噴き出し始めた。

 黒い湖の向こうに煌めくホグワーツ城がもう目の前に見えているというのに、ハリーとロンが湖の上に差し掛かると、調子が悪くなっていた車はガタン、ブスブスッと大きな音を立ててとうとうエンジンが止まってしまった。しかも、エンジンが止まった途端に空を飛ぶ魔法も解けてしまったようだった。

「ウ、ワ」

 そんなロンの声を合図に車は城の固い城壁を目指して猛スピードで落下を始めた。「ダメェェェェェェ!」とロンが叫び声を上げなら大きくハンドルを揺すると、間一髪で城壁の数センチ上を通り過ぎることに成功したが、落下は止まらなかった。このままでは地面と激突してしまうだろう。

「止まれ! 止まれ!」

 ロンがポケットから杖を取り出して、あちらこちらをバンバン叩き始めたが、その間にもみるみる地面は近付いていき、今度は目の前に大きな木が迫ってきた。そして、

 グワッシャン!

 遂に中古のフォード・アングリアは止まった。大きな木に激突して――。