Phantoms of the past - 034

4. 空飛ぶフォード・アングリア



 「ハリーとロンが空飛ぶ車に乗って暴れ柳に墜落した」というとんでもない噂は、組分け儀式が終わり、私達が寮に戻る頃には多くの生徒達の間に広がっていた。何でも、夕食の時間にスネイプ先生がダンブルドア先生に話をしているのを聞いた人がいたらしい。

 噂の真相は誰にも分からなかったが、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生、それにスネイプ先生が何度も大広間を出たり入ったりしていたので、何かがあったということだけは明白だった。それも生徒達の好奇心を掻き立てる要因の1つになったのだろう。グリフィンドール生なんか嬉々としてその噂を囁き合っていたし、逆にスリザリン生はハリーとロンが退校処分になるだろうと薄ら笑いを浮かべていた。

 本当はすぐにでもハリーとロンがどうなったのか確認に行きたかったけれど、寮の違う私がグリフィンドール寮に向かうのは難しかった。無事が確認出来るのはきっと明日の朝だろう。ホグワーツに戻って来たらやらなければならないことが山ほどあるのに、今はそのことを考えている余裕はなかった。同じレイブンクロー生に混じって、大広間からレイブンクローの寮へと向かう。

「ハナ、貴方がずっと元気がないわ」

 終始考え事をしていて口数が少なかったからだろう。寮へと戻っている途中、パドマがそう言って私の顔を覗き込んだ。気遣わしげなその視線に私は「ごめんなさい、心配掛けて」と応えた。

「ポッターとウィーズリーが暴れ柳に墜落したとか、退校処分になったとか、変な噂が流れているからハナが心配するのは無理はないわ」
「明日の朝になればきっと全てが分かるわ。大丈夫よ、ハナ。悪いようにはならないわ」

 パドマに続いてマンディとリサもそう励ましてくれて、私は今夜は大人しく寝て、朝になるのを待つことにした。それに万が一ハリーとロンが大怪我をしたり退校処分になったら、流石にダンブルドア先生が教えてくれただろうから、何も教えてくれなかったということは2人が無事である確率が高いということだ。

 とはいえ、大丈夫だろうからさあ寝よう! とぐっすり眠れる訳がなく、私は寮に戻ってもなかなか寝付けないままでいた。みんなが寝静まってからも何度も星屑製造機スターダスト・メーカーに呪文をかけて過ごし、眠れたのはベッドに入ってから何時間も経ったあとだった。


 *


 あまり眠れないまま朝になった。
 眠れたのはほんの数時間だけだったので、顔色が良くなかったのかもしれない。昨日も中止したので今日こそはと思っていたけれど、流石にいつものルーティンはしないことにして、私は同室の子達に「ひどい顔だ」と心配されながら支度を済ませた。

「ハリー! ロン!」

 同室の子達と共に大広間へ向かっていると、玄関ホールに差し掛かったところで遂にハリーとロンの姿を見つけて、思わず私は大声で呼び止めた。同室の子達に「先に行ってて」と伝えると、彼らの元へと駆け寄って行く。私があまりに大声を出したからか、ハリーはビックリした顔をしていたし、ロンは何故か「げっ」という表情で立ち止まっていた。

「ああ、良かった。私、昨日からずっと心配していたの。2人が怪我をしたんじゃないかとか、他にも何かあったんじゃないかって――」

 ハリーとロンは見たところ、どこにも怪我をしていないようだった。心底ホッとして胸を撫で下ろしながら私がそう話し掛けると、2人は私の反応が意外だったのか、戸惑ったように顔を見合わせた。もしかしたら顔を合わせるなり怒られると思っていたのかもしれない。だからロンは「げっ」という顔をしたのだ。私はそんなに怒りっぽいだろうか。心外である。

「それで、何があったの? 貴方達が空飛ぶ車でここまでやって来て、暴れ柳に墜落して退校処分になったって、昨日みんなが噂をしていたの」

 ハリーとロンが私に対してどう考えていたのかは一先ず置いておくことにして、とりあえず噂の真相を確認しようと訊ねると、彼らは「退校処分にはならなかった」とだけ言った。つまり、空飛ぶ車でホグワーツまでやって来て、暴れ柳に墜落したのは本当だ、ということだ。彼らの行動はどうあれ、それで怪我がなかったのは奇跡である。

 素直に「怪我がなくて良かったわ」と言うと、ハリーとロンはまた意外そうな顔をして、ハリーは「お、怒らないの?」と戸惑ったように訊ねたし、ロンなんか「僕、君に吹き飛ばされるんじゃないかと思ってた」と言った。ハリーはともかく、ロンの中での私の評価がどうなっているのか気になるところである。

「怒らないわ。貴方達がただの悪ふざけでこんなことをした訳じゃないってことは分かるもの。結果はどうあれ、何かが起こって貴方達なりにどうにかしようとしたんでしょう?」

 私がそう言うとハリーもロンも揃って頷いた。

「だったら、私は怒らないわ」
「みんながハナみたいだったらいいのに。ハーマイオニーなんか話を聞くなり説教を始めるんだ」

 きっと、昨日のうちにハーマイオニーに叱られたのだろう。ロンがしかめっ面でそう答えた。

「ロン、ハーマイオニーはとても心配していたのよ。汽車の中で彼女がどれだけ貴方達を探し回っていたか。叱ったのは、それだけ心配していた証だと思うわ」

 ハーマイオニーだけではない。汽車の中で、フレッドやジョージ、ジニー、パーシー、セドリックまでもが彼らのことを探し回ったのだ。彼らは何よりもまず、そのことを十分に理解しなければならない。

「きっと、貴方達ならそれが分かるって私、信じてるわ――ねえ、ここではあまり詳しくは話せないでしょうから、あとでまた話せないかしら。何があったのか詳しく聞きたいわ」

 多くの生徒が行き交う玄関ホールではこれ以上話せないだろう。私がそう言うとハリーとロンは頷いてくれ、私達は3人で大広間へと向かったのだった。