Phantoms of the past - 031

4. 空飛ぶフォード・アングリア



 いろんなことがあった夏休みが終わり、9月1日の朝がやってきた。去年は30分前に行けば余裕だろうと思って10時に家を出たら、ほとんどのコンパートメントが埋まっていたので、今年は9時には家を出るつもりでいた。セドリックと落ち合うまでの間は本を読んで過ごしていたらいいので、きっとあっという間だろう。

 ただ、早く出るのはいいけれど、その分リーマスとの時間が削られてしまうのが問題だった。なので私は今朝はうんと早起きしたものの、いつものルーティンはしないことにした。代わりに普段より長めに朝食に時間を使って、リーマスとの最後の食事を楽しんだ。

「じゃあ、次はクリスマス休暇だね」
「ええ! 手紙も書くわ」
「楽しみにしているよ。それから、君が自らトラブルに突っ込んでいかないことを祈ってるよ」

 9時になると私達は一緒に家を出て、最寄り駅であるベイカー・ストリート駅――徒歩10分――まで一緒に歩いた。リーマスはここから姿くらましで仕事場に向かったようで、私が駅の改札を抜けてリーマスの立っていた場所を振り返ると、そこにはもうリーマスはいなかった。

 少し寂しい気分になりながらベイカー・ストリート駅から電車に乗り、キングズ・クロス駅に到着すると時刻は9時半になっていた。キングズ・クロス駅はとても大きな駅なので、ベイカー・ストリート駅よりももっと大勢のマグルが駅の構内を行き交っている。

 そんなマグルの中を愛梟あいきょうであるロキ――人混みで不機嫌そう――の入った鳥籠と大きなトランクを抱え、私は9と4分の3番線の改札である柵を目指した。柵を通り抜けるのはもう慣れたもので、私は9番線と10番線の間にやってくると、マグルがこちらを見ていないことを確認してからスッと通り抜けた。

「わあ、もう停まってるわ!」

 そうして辿り着いた9と4分の3番線のプラットフォームには、既に紅色のホグワーツ特急が白い蒸気を吐き出しながら停車していた。プラットフォームには出発準備をしている駅員さんの姿や、まだそれほど多くはないものの、私のように早々と来ているホグワーツ生とそれを見送りに来ている家族の姿がある。そして、

「ハナ!」

 なんとその中にセドリックの姿もあって、私は驚いた。流石に私の方が早く着いただろうと思っていたのに、彼は改札から少し離れた場所に両親であるディゴリー夫妻と共に立っていた。2ヶ月振りに見る彼は相も変わらず芸術級イケメンである。

「セドリック! 会えて嬉しいわ。それから、ディゴリーさん、ディゴリー夫人、はじめまして。ハナ・ミズマチと言います」
「やあ、はじめまして。私はエイモス・ディゴリーだよ。よろしく、お嬢さん」
「まあ、セドがこんなに可愛らしいお嬢さんとお知り合いだなんて嬉しいわ」

 実は私がディゴリー夫妻ときちんと顔を合わせるのは今回が初めてだった。本当は去年のクリスマス休暇の時に挨拶をするタイミングがあったのだけれど、リーマスとの思いがけない再会で私が泣きじゃくってしまって挨拶が出来なかったのだ。ディゴリー夫人とは、去年のマダム・マルキン赤っ恥事件でチラリと顔を合わせたことがあるけれど、あれは私の名誉のためにもカウントしないことにしている。

 ディゴリー夫妻は息子のセドリックが可愛くて自慢で仕方ないといった様子だった。挨拶が終わると嬉しそうにセドリックの自慢を始めたエイモスさんが微笑ましくて、私もニコニコしながら話を聞いていたのだけれど、セドリックが「僕達コンパートメントを取りに行くから!」と言ってエイモスさんの息子自慢を遮ってしまった。

「父さんと母さんが、その、ごめん」

 一旦ディゴリー夫妻と分かれて汽車に向かいながらセドリックが照れ臭そうに言った。

「いいえ。素晴らしいご両親だわ。貴方のことをとても愛してるって伝わってくるもの」

 私が素直に思ったことを口にするとセドリックはまだ照れ臭そうにしつつも「ありがとう、ハナ」とはにかんだ。セドリックは他の男の子達よりも落ち着いていて大人っぽいところがあるので、時々年の近い男の子と話しているような感覚になることがあるのだけれど、こういう姿を見るとやっぱりまだ14歳の男の子なのだなぁ、と思う。

「この辺りはまだ空いてるから、ここにしようか?」
「ええ、そうしましょう」

 私達は先頭の車両から少し歩いたところ――真ん中の車両の少し手前――にコンパートメントを取ることにした。プラットフォームを歩きながらセドリックが教えてくれたんだけれど、ホグワーツ特急の前方の車両にあるコンパートメントは監督生専用らしく、普通の生徒は座れないのだそうだ。

 コンパートメントに荷物を詰め込むと、私達は再びディゴリー夫妻の元へと戻った。エイモスさんはこのあと魔法省に出勤しなければいけないとのことで、あまり長居は出来ないようだった。もしかしたらそれもあってセドリックは早めにキングズ・クロス駅に来ていたのかもしれない。

「セド、手紙を書いてね」
「分かったよ、母さん」
「クリスマス休暇を楽しみにしているよ、セド」
「うん。父さんも仕事を頑張って」

 「セドをよろしく」と言うディゴリー夫妻に笑顔で返事をしてから、私達は2人と別れた。コンパートメントに戻ると向かい合って座り、お互い手紙には書ききれなかったこの夏の出来事についてあれこれ話たり、ホグワーツに戻ったら練習したい魔法について話したりした。セドリックは今年もクィディッチの練習がない時は勉強や魔法の練習に付き合うと言ってくれて、私は有り難く彼の好意に甘えることにした。

 そうして話に夢中になっていた私は気付かなかったのだ。ハリーとロンがホグワーツ特急に乗り損ねたということに――。