Phantoms of the past - 028

3. ダイアゴン横丁の大乱闘



 ギルデロイ・ロックハートは、その瞳の色にぴったりな勿忘草色のローブを着ていて、波打つ髪に、魔法使いの三角帽を小粋な角度で被っている魔法使いだった。サインを行なっているテーブルの周りには彼自身の大きな写真がぐるりと貼られ、その写真のどれもがウインクをしている。そんな彼のそばでは、日刊預言者新聞のカメラマンが大きな黒いカメラで写真を撮っていた。

 まさか、漏れ鍋で出会った男性がギルデロイ・ロックハートなんて思いもしなかった私が驚いて声を上げると、どうやら聞こえてしまっていたらしい――ギルデロイ・ロックハートが不思議そうに顔を上げた。私を見て――それから、私の隣に視線を移す。そのまま誰かをジーッと見つめていたと思ったら、

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 と興奮気味に立ち上がった。なんと、ギルデロイ・ロックハートはハリーを見ていたのだ。しかも、彼の声は前方にいた人々の耳には聞こえていたらしい。誰もがハリーを振り返ると、あんなにたくさんいた人達が面白いくらいパッと割れた。

 興奮した囁き声が広がる中、ギルデロイ・ロックハートは勢い良く割れた列の中に飛び込んできた。そして何を思ったのか、むんずとハリーの腕を掴む。戸惑ったような助けを求めるようなハリーの視線がこちらに向いて、私はオロオロしながら「ごめんなさい、ハリー!」と口をパクパクさせて謝った。これは、完全に私のせいである。ハリーは目立ちたい訳ではなかったのに。

「ハリー、にっこり笑って!」

 ハリーを正面に引き摺り出すことに成功したギルデロイ・ロックハートは、ハリーの手を握り締めて輝くような歯を見せながら言った。明らかにハリーは困っていたのに、彼にはそんなハリーの姿が目に入っていないようだった。

「一緒に写れば、君と私とで一面大見出し記事ですよ」

 カメラマンは2人が握手をしている――ように見える――姿を何枚も撮って、その度に目が眩むようなフラッシュが焚かれた。しかもカメラからシャッターを切る度に紫色の煙がポッポッと上がるので、私達の頭上には分厚い雲が漂っていた。

 「ハリーが困っているから助けなくちゃ」とロンとハーマイオニーにこっそり伝えたけれど、ロンは「やめときなよ、君も大見出しを飾ることになるよ」と制したし、ハーマイオニーは「彼と一緒に写真だなんて、素晴らしいじゃない!」とガッチリ腕を掴まれてしまった。

「皆さん」

 握手をしていた手が解かれ、逃げようとしていたハリーの肩をしっかりと掴んでギルデロイ・ロックハートが言った。彼はまだハリーを解放する気はないらしい。しかも、

「なんと記念すべき瞬間でしょう! 私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほどふさわしい瞬間はまたとありますまい!」

 とハリーを捕まえたまま演説を始めてしまった。周りの人達は一体どんな発表があるのかと期待に満ちた表情でギルデロイ・ロックハートを見ている。

「ハリー君が、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に本日足を踏み入れた時、この若者は私の自伝を買うことだけを欲していたわけであります――それを今、喜んで彼にプレゼントいたします。無料で――」

 ギルデロイ・ロックハートは未だにハリーをガッチリ掴んだまま演説を続けた。

「まもなく彼は、私の本『私はマジックだ』ばかりでなく、もっともっとよいものを貰えるでしょう。彼もそのクラスメートも、実は、『私はマジックだ』の実物を手にすることになるのです。みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この9月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、 “闇の魔術に対する防衛術” の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 まさか、と私は口をあんぐりと開けた。教科書リストを貰った時、もしも大量にギルデロイ・ロックハートの本を指定した新しいD.A.D.Aの先生が本人なら、とんだナルシストだと思っていたけれど、本当に本人だなんて思いもしなかったからだ。

 自分の書いた本を教科書にすること自体は問題ないと思うけれど、彼は7冊も買わせようとしているのだ。7冊も、だ。それにハリーに対する対応も少し気掛かりだ。まともな判断が出来る人なら、了承もなく無理矢理人の前に引き摺り出したりしないし、写真を撮る前にもまずは本人の許可を得るのではないだろうか。

「まさか、本当にナルシストだなんて言わないわよね……?」

 私が顔をしかめてそう呟くと、隣でそれを聞いていたロンが肩をすくめて首を横に振った。諦めろ、とでも言っているかのようだった。まだ本を読んでいないから何とも言えないけれど、彼の本がどれも素晴らしいことを祈るばかりである。もしかしたら本が素晴らしくて授業も素晴らしいかもしれないし。

 人垣がワッと拍手をしている中、私は自分自身に必死にそう言い聞かせていた。