The beginning - 006

2. メアリルボーンの白昼夢



「なるほど。みんなで夏休みの最終日に一緒に過ごしてそのままキングズ・クロスに行く予定だったのね」
「そうなんだ。ピーターだけ予定が合わなくて3人になったんだけどね」

 フリーモントさんから無事にお許しを貰えたジェームズと私は、2人でお喋りをしながらシリウスとリーマスが漏れ鍋にやって来るのを待っていた。空いている席に座り、バーテン――トムさんというらしい――が持ってきてくれた温かい紅茶を飲む。因みにこの紅茶はなんと、フリーモントさんがご馳走してくれた。ありがとうございます、と何度もぺこぺこした。優しくてとってもいいパパである。

 ジェームズの話では、シリウスもリーマスも暖炉からやってくるだろうとの事だった。暖炉を使って移動出来るなんて、流石魔法界だ。煙突飛行ネットワークといって、何とかっていう粉を使うとジェームズが教えてくれた。『賢者の石』では確か登場しなかったはずだから、今後読み進めて行ったらそれについての記述もあるかもしれないな、なんて思う。

「リーマス!」

 先にやってきたのはリーマスだった。彼が暖炉から現れたのを素早く発見したジェームズが片手を挙げながら呼ぶと、彼は同じく片手を挙げて「やあ」と挨拶しながら私達のいる席へとやって来た。

 リーマスは両親と一緒にやってきたようで、少し離れた所では彼の両親であろう夫婦が、フリーモントさんに挨拶をしているのが見えた。リーマスのご両親も優しそうな雰囲気だ。そういえば、ジェームズママはユーフェミアさんというらしい。今は必要なものを買い足しに1人ダイアゴン横丁へ行っているそうなので、まだ会えてはいないけれど。折角だから、会えたらいいなぁ。

「ジェームズ、久し振り。それから、えーっと……」

 生リーマスは優しげ且つ儚げな雰囲気の少年だった。ジェームズとシリウス――特にジェームズ――と比べると大分落ち着いた印象だけど、それは彼の色々な事情がそうさせているのかもしれない。彼はジェームズににこやかに挨拶をしたあと、私を見て首を傾げた。誰なのか分からない、といった顔だ。

「リーマス、彼女がそうだよ」

 ジェームズがニヤリと笑って言った。リーマスはそれだけで何のことだか分かったらしい。「ああ」と納得したように声を出して、私に手を差し出してきた。どうやらジェームズとシリウスから私のことについて聞いたことがあったらしい。

「会えて嬉しいよ。僕は、リーマス・ルーピン。よろしく、レイブンクローの幽霊さん」
「ハナ・ミズマチよ。よろしく」

 シリウスはリーマスがやってきてから割とすぐに現れた。暖炉から現れた彼は、ジェームズとリーマスと話をしている私を見つけると驚きすぎて文字通り後ろにひっくり返ってしまって、ジェームズは大爆笑だった。因みに私とリーマスは笑ってはいけないと思って笑うのを耐えていたので、お互い顔が引き攣っていた。

「こ、こけ……こけるなんて……! あはははは!」
「ミ、ミスター・ブ……ブラック、大丈夫……?」
「シリウス、君、怪我は……ない、かい……?」

 早々にひっくり返るという失態を犯したシリウスはかなり不機嫌そうだったが、それでもジェームズから私の家が近くにあるから今から行こう、と言われるとすぐに機嫌を直してくれた。漏れ鍋から堂々と外に出てマグルの街を歩けるというのも彼にとっては魅力的な提案だったようだ。

「全く、現れるなら現れるって知らせろよ」

 フリーモントさんとリーマスのご両親に出掛けてくる旨を伝えてから、私達は漏れ鍋を出発した。チャリングクロス通りを北へと歩き、トッテナム・コート・ロード駅から――とても不安だけれど――電車に乗ってメアリルボーンの自宅を目指す。大体20分程度の道のりだ。

「だって、私は選べないんだもの。今日だって本当に突然ミスター・ポッターと会ってびっくりしたんだから」
「そういえば、ハナ。君、いつになったらその仰々しい呼び方を辞めるんだい?」
「え?」
「そのミスター・ポッターってやつ」

 思い出したようにジェームズがそう言って、私は彼の方に視線を移した。ジェームズは「僕のことそう呼ぶのは先生達くらいさ」と話しながら、あちらこちらに忙しなくキョロキョロと視線を動かしている。そのうち何かやらかすのでは、とちょっぴり気が気でない。

「ジェ、ジェームズでいいの?」
「もちろん。君と僕はもう友達じゃないか」
「あ、僕もシリウスでいい。寧ろその方が有り難い」
「僕もリーマスって呼んでよ」

 うわぁ、うわぁ! と私は内心感激しきりだった。こういうのって憧れの会話というやつではないだろうか。少女漫画とかでもあるよね。名前で呼んでよ、キリッ、みたいなシーン。それをまさか自分が体験しているだなんて、なんていい夢だろう。今日は最初こそ現実と混同してしまって困惑したけど、それをチャラにする程いい展開だ。友人みたいに親世代推しになってしまうかもしれない。

「ありがとう。じゃあ、そう呼ぶわ!」

 それから自宅への道のりはとても大変だった、とだけ言っておこう。悪戯仕掛け人の理性、リーマスですら、「あれは何?」「これは何?」だったのだから、ジェームズとシリウスはその3倍くらい「あれは何?」と言っていた。中でもシリウスはオートバイに夢中で、「It's so cool!」と5回くらいは言っていた。電車に乗るのも一苦労で、3人は終始大興奮していた。

 家には何もなかったので、途中でスーパーにも寄った。マグルのお菓子や飲み物は彼らにはとても珍しいらしく、あれもこれもと買わされてしまったが、フリーモントさんに紅茶をご馳走して頂いたし、何より3人が楽しそうだったので、快く支払いをした。が、

「なんで、ビキニの女の人の雑誌とかオートバイの雑誌が混ざってるの?」

 会計後にお菓子や飲み物の中に雑誌が混ざっていることに気付いて、私はジェームズとシリウスを見た。リーマスはそんなことをするはずがないので予め犯人候補からは除外だ。

「僕じゃないよ」

 ジェームズが真っ先に首を横に振った。そんなジェームズの横でシリウスがしれっとした顔で余所を向いている。

「シリウス、犯人は貴方ね?」
「悪かったよ。部屋に貼って、我が素晴らしき・・・・・・・母上殿にお見せしようかと思ったんだ」

 母親に対する一種の反抗なのだろう。シリウスの家庭の事情はいつもの友人から散々聞かされていたので、マグルのものを部屋に貼って嫌がらせをしたかったのかもしれない。まあ、明日からホグワーツなので、その嫌がらせは早くてもクリスマスの時にしか叶わないけれど。

「一番目立つところに貼らないと許さないんだから」

 私が怒った風を装いながらそう言って雑誌を渡せば、

「Yes, My Lady」

 彼は憎らしいほどかっこよく、そう答えた。