空を隠してしまった雲を睨みあげる。ねえ、それじゃあ空が見えないよ。
見え隠れする光が。月明りも、星明りも。
まるで君のように見えなくなった。
―――
「ねえ、ハルくん。私のこと、好き?」
「んー?」
「私は、好きだよ。ねえハルくん、答えてよ…」
「……奈留。…答えは、夜が知ってるよ」
答えは夜が知っている
彼はいつだって、私の質問をその曖昧な言葉でぼかしては、かわしてしまう。
好きだって言ってよ。嘘でいいから。どんなに飾りつけた虚偽の言葉だって構わないから。
その言葉がハルくん、あなたの口から聞けたら、私はどんなに辛くても頑張れるから。
例え、これからさきも変わらず、ずっと、真夜中の公園でしか会えないとしても。
私の好きはloveなのに、ハルくんはその答えすら私にくれなくて、
好きか嫌いか、それがほしいだけなのに、夜が知ってるんだって聞かなくて、
ねえ、ハルくん
私はあなたの何なんですか?
わからないよ。ハルくん
「意味、…わかんないよ。」
「…うん、わからなくて、いいよ」
「……バ、カ」
「…ごめんな。でも、寧ろ、わからないで」
奈留はそのままでいてって、どういうことですか?
奈留は、奈留だよ。私は、私のままだよ。
お互いのことなんて知らない。
数か月前に偶然真夜中の公園で出会っただけ。
私の奈留は本当の名前だけど、自分を“ハルキ”と言ったハルくんは本当の名前かどうかも分からない。
住所だってもちろんしらないし、学生だとは言っていたけれどお互いの年齢も知らない。同じ年くらいだろうし、大学生くらいかななんて、私の勝手な想像だ。
真夜中の公園。お尻の下のベンチが冷たい。明日、お腹痛くなったらどうしよう。
秋が遠い。春が遠い。戻れないけど進めもしない。
寒い。手が、寒くて仕方がない。寒い寒いって擦り合わせてみるけど効果なんてなくて。
「奈留、時間だ。そろそろ行くね」
「っ……ハルくん。また、明日ね」
擦り合わせる。擦り、合わせる。
ねえ、寒い。寒いよ。ハルくん。
そうして今日も、ハルくんは返事もせずに、手をひらひらと振って、深夜の公園に私を置いて、何処かへと去って行った。
春が遠い。ハルが遠い。どうしようもなく。
□ ■
ハルくんが来なくなった。
冬の寒い寒い夜。突然。もうすぐ12月が終わるころ。
突然来なくなった。何も言わずに。何も告げずに。
毎日来ていたわけじゃないハルくんも、一週間来ないってことはなかったのに。
もう、1か月も前のこと。
ねえ、ハルくん。私のこと、本当に嫌いになっちゃった?
だったらもう好きだなんて言わないから。
また会いに来て。
真っ白な息を空(クウ)に吐いてそれをぼーっと眺める。
ベンチに座って、手を擦り合わせる。
寒い。寒くて寒くて仕方がない。
コートを着ても、手袋をしても。腹巻きを巻いたって、寒くて寒くて、仕方がない。
手が、冷たい。凍てつくような寒さに凍えてしまいそうだ、手も、心も。
ふと空を見上げた。
やっぱり空を隠してしまう雲。
ねえ、なんで空は隠れてしまうの?
雲に隠されて、どうして何も言えないの?どうして抗えないの?
そんな空みたいに、私は抗えない。
ハルくんのことを何も知らない私は、雲に隠されてしまえば、ハルくんが見えなくなってしまう。
そんな現実が、
「…寂しい、よ…」
真っ黒な見えなくなってしまった空に、ポロリと言葉が零れた。
幾度となく心の中に貯めてきた言葉を、
「…ハルくん、会いたい、よ」
雲に隠れた空に、そっと染みわたらせて目を瞑った。
「…奈留、答えは、夜が知ってるよ」
「っ…ハルく、ん?」
「ふふ、奈留。お久しぶりだね」
寒そう、そう言って突然現れたハルくんは微笑んだ。
真夜中の公園に、ハルくんが現れた。
「な…んで」
震える。声が震える。寒い。寒いよハルくん。
「奈留、声、震えてる」
一歩一歩、ハルくんが近づいてくる。
「う、るさいよ…」
「あ、奈留。怒ってる?」
「…怒って、る」
あ、ハルくんが困った顔をした。
それから、優しい目をして。
優しい指先で、私の頬にその指を添わせると、ひどく顔を歪ませた。
なんでかな、唇の震えが止まらない。視界がゆらゆら、ゆらゆら歪んでいく。
「…奈留。ごめんね、泣かないで」
「泣、いてない…か、ら…ッ、ハルくんの、バカッ」
「…うん、ごめんね」
「と、つぜん…、突然来なくなっちゃ、たから…、だ…からっ、こわ、かった…!ど、してか、わかんない、しっ、」
「うん、」
ぽろぽろ、ぼろぼろ、涙が頬を伝って零れていく。
泣かないで、なんて言わないでよ。ひどいよ。狡いよ。ハルくん、あなたは狡いよ。
嗚咽が止まらない。
あんなにも突然消えたのに。何も言わないで来なくなったくせに。
1か月も音信不通だし。私たちを繋ぐものはこの公園しかないのに。
置いていかれた私の気持ちなんて、わからないでしょう?
短いようで長いんだよ、1か月っていうのは。
知らないでしょう?
「さ、みしかっ…たのに…!長かっ、たっ!」
「…」
「泣きたくも、なるっ!…わ、たしは、好き、なのにぃ!ハルくんが、好き、な――んっ」
ハルくんが好きなのに。その言葉は遮られた。
温かな感触がまるで吸い込むように。私の唇とハルくんの唇が、優しく温かく、それでいて少しだけ激しく。
え、なに?
目を見開いて固まった私の目の前には、ハルくんの顔。その距離のまま、ハルくんが優しく微笑んだ。
チュッと小さな音をたてて、そっとハルくんの顔が離れていく。
それがちょっと寂しいなんて、私はとんだ贅沢ものだ。
震える唇。ふるふると震えて制御が効かない。でも寒くない。寒くない。
温かな温もりが体を包んで。そして、狡いあなたは鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけた。
「ごめんね。奈留との距離、曖昧だったから、自分でも考え直そうと思ったんだ。泣かせたかったわけじゃないんだよ」
「…突然、いなくなった…くせに」
「うん。ごめんね。でも、俺のこと好きって言ってくれる奈留に曖昧な気持ちのまま傍にいることは許されないような気がしたんだ。
だから、距離を置いてみようかなって。何も言わなくてごめんね。寒かったよね」
「……っ」
無言で頷いた私を、ハルくんはぎゅっと強く抱きしめた。そして、耳元に顔を寄せた。
「これで、あったかい」
優しい言葉で私の心を揺さぶらないで。
ごめんね、性格悪くてごめんね。ハルくんに当たることしかできなくてごめんね。好き。
好きで好きで仕方がないの。
こんな状況でも、“好き”があふれ出してくる。駄目、駄目だよ。ハルくんの言葉を聞いたでしょ。
きっと最後のお別れだ。
じゃあなんでキスしたの?
男なんて好きじゃない人とでもキスできるんだよ。
反論でビンに押し込めた気持ちに蓋をして、瞼を伏せる。濡れたまつ毛がふるふると震えている。
「…」
「でね、決まったんだ。固まったんだ。やっと、気持ちが」
ああ、お願い。お願いだから、言わないで。
今言われても、私、笑顔でさようならなんて言えないよ。
『ハルくん、さようなら』なんて言えないよ。
『ありがとう』なんて『それでも好きだよ、ごめんなさい』なんてそんなイイ子チャンな答え、言えないよ。
きっとまた泣いてしまうから。
泣かないでというハルくんを困らせてしまうから。
ぎゅっと唇を噛みしめて、耳元に寄せてある顔に見られないように瞼を閉じた。
零れるな。零れるな。
「よく、聞いて」
「…っ」
「奈留、君が好き。」
「…」
「…」
「…」
「…奈留?聞いてる?」
この期に及んで自分の良い方に話しを進めたがっている自分に愕然とする。
幻聴が聞こえるなんて、馬鹿みたいだ。
いつの間にか止まっていた呼吸を思い出すように、ふっと自嘲的に息を吐き出して、ゆっくりと目を開く。
すると視界いっぱいにハルくんの顔が広がった。
「ねえ、聞いてる?いつも言ってくるくせに、こういう時だけ無言なんて、奈留、狡いよ」
好きだよ、奈留。
ハルくんは私の目を見てそう言うと、反応しない私にちょっと頬を膨らませ、
そのまま再びその唇の温もりで私の唇を塞いだ。
スキ?
すき?
suki?
好き?
誰が?
奈留が?
奈留って、私…?
“奈留、君が好き”
その温もりに徐々に徐々に、現実が私の思考回路に追いついてきて、完全に追いついたとき
ポロリ
私の頬に透明な雫が筋となって伝った。
…―――狡いのは、ハルくん、あなたでしょう?
隠れていた空が流れた雲から顔を出し、その淡い光たちで私たちを優しく包んだ。
答えは夜が知っている
いつの間にか雲がどこかへ流れて、淡い月明りと星明りが私たちを優しく包み込むように笑っていた。
「ハルくん、私も、好き…」
「俺も、奈留が好きだよ」
少しだけ緊張して伝えた気持ちに、二人、クスクスとおでこをくっつけて笑いあった。
fin.
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