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一瞬でも自覚してしまった感情を否定するのは、難しい
期間限定の出店だとかいうメーカーの日用品や便利グッズが、所狭しと並んでいる。その反対側には、同じく期間限定のチーズケーキ専門店のガラスケース。その間で大きく開かれたままの、3メートル弱の高さはあるガラス張りの自動ドア。そこを忙しなく行き交うのは親子連れからカップル、果てはなにがしかへのプレゼントでも選びに来たらしい、少々年配の男性1人客などなど。

「平日選んだんだけどな……」

想像していたものよりも、なかなか凄まじい人の多さ。勿論休日の午後に比べれば何ということも無いのだろうが、普段からこんな場所を出歩く習慣のないなまえには少々きついものがある。
……が、泣き言を言ってもいられない。車椅子の取っ手に肘をついて身体を支えつつ、「おい」とその車椅子に座る大男と、隣に立っている子供を見下ろす。

「おいお前ら、昨日言ったこと覚えてるな?」
「あ? ……うっせえな、覚えてるよ」
「おし、言ってみろ」
「……『おさない、かけない、はぐれない』」
「『迷子になったら迷子センター』もだからな、ロー」
「それはコラさんもだろ」

んべ、と舌を出すローだが、普段よりもその頬は血色が良く、顔色全体がよく見える。視線もそわそわとあちらこちらを行ったり来たりしていて、普段より落ち着かない。唇の辺りを何度もむずむずさせているのは、多分笑いそうになるのを堪えているんだろう。

「別にお前が此処で『わーいデパートぉ!』とか年相応にはしゃいでもドン引いたりしねえぞ、私らは」

と、試しになまえが言ってみるものの。

「はしゃがねーよ!!」

素直ではない『おガキ様』はくわっと目を剥いたかと思えば、そのままギロリと睨め付けてくる。相変わらず隈はあるので、目つきはとても悪い。子供なのに、こうやってメンチを切る様は妙に様になってすらいる。可愛くねぇガキ、となまえが心の中で悪態を吐くのも、もはや何度目か分からない。

「ま、まあまあ落ち着けって! 中入ろうぜ、先生、ロー!」

車椅子に座らされているせいで、いまいち身動きの取りづらそうなコラソンが何とか取りなす。まあ確かに彼の言う通り、こんな場所、しかも入り口の前で喧嘩をしても誰かの迷惑になるだけだ。なまえははふりと嘆息し、車椅子のグリップを握り直す。

「んじゃま、行くか。頼むからはぐれるなよ、チビ」
「俺はチビじゃねえ!」

くわっと噛みつかんばかりに威嚇してくるローには悪いが、珀鉛病の影響なのか何なのか、年の割に彼は小柄で細身だ。一応本人も気にしているらしく、筋トレしてみたり牛乳やら赤身肉やらを頑張って摂取しているようだが、それでもまあ、そうそう簡単に改善されるものでもないわけで。

「そういう科白は私より背ぇ高くなってから言えっての」
「あで!?」
「おら、とっとと行くぞ」

なまえによって鼻先を弾かれて仰け反るローを尻目に、彼女自身はさっさと車椅子を押してデパートに入っていく。

「ば、置いてくなクソ女!!」

勿論、我に返ったローが小走りでこちらに追いついてくるのを、目の端できちんと確認しつつではあるが。
そもそも、何故このメンバーで、平日の午前中という日時を選びつつも大型デパートなんて人の多い場所にやってきたのか。それはまあ、年に何度かある連休を前にしたニュース番組で、『連休中の家族連れおすすめスポット』なるものを特集していたためである。

『実家に泊まりがけで帰省します』
『ディズ○ーランドに行きます。はい、ホテルも取って』
『1泊2日で温泉に、家族旅行ですね』

などなど、小さな子供を連れた親たちが口にするコメントの、楽しそうに弾んでいたことといったら。幾ら大人びていようが捻くれていようが、ローも年相応に子供だったのだろう。晴れて珀鉛病も完治した健康体を持て余すことは生憎していないが、それでもたまには「遊びたい」欲求が出てきても不思議ではない。そして、口には出されなかったものの、同じ時に同じ番組を見ていたコラソンやなまえが、それに気づかないわけもなかった。

『なまえ先生、あのさ……』
『分かってる。ちょっと考えさせろ』

コラソンはローに甘い。そしてなまえもまあ、甘くしているつもりはないが、それなりに情はある。文句は多いものの我が儘は殆ど口にしないローを遊びに連れて行ってやるくらい、出来ることならしてやりたかった。
だがしかし、問題は幾つもあった。そのうち1つはなまえの仕事である。いつ急患が入るか分からないため、基本的になまえは遠出をする習慣がない。そしてもう1つは移動手段である。なまえが持っている車は国産の軽自動車のみで、ローはさておきコラソンが乗るには小さすぎる。かといって公共の乗り物では、それこそコラソンが悪目立ちする。

『……ローの能力でお前の上半身だけ連れて行くとかどうだ?』
『勘弁してくれっ!』

と、コラソンが悲鳴を上げたため、結構画期的な(と、なまえは自負している)この案は却下された。残念極まりないことである(棒読み)。
……などと不毛なやりとりを時折経由しながらも、「まあ近場の大型デパート程度なら良いんじゃないか」という折衷案が、2人の間でやがて捻り出されたのは十数分後である。もっとも、そのころにはニュースの連休特集は終わっており、番組最後の星座占いが始まっていたのだが。

『つーわけでおチビ、明日デパート行くぞ』
『チビって言う……急になんだよ!? デパート!?』

自分の星座の順位が低いせいで、若干不機嫌そうだったローのテンションが、その一言で劇的に改善されたのは、言うまでも無い……ことも、無いかもしれない。
何はともあれ、近所だから特に移動ルートを調べたり計画を練ることもなく、デパートだから財布とスマートフォン以外に持っていくべきものも無く、アミューズメントと呼ぶにも少々お粗末な『お出かけ』が決行されたというわけである。

「おいチビ、こっちとこっち、どっちが良い?」
「何がだ……って何だよそれ!?」
「動物耳付きパーカー。ちなみにピンクがうさぎで黄色が猫な」
「ンなモン着るか馬鹿女!!」

ぎゃんっ、と子供服売り場にて、真顔で悩むなまえに吠えるロー。そこにコラソンが「まあまあ」と再び割って入る。

「先生待てよ、ローも男なんだからうさぎや猫はないだろ」
「コラさん……!」
「どうせならそっちの水色にしようぜ。犬耳も可愛いし」
「何で耳ついてんのが前提なんだよ!!」

コラさんの裏切り者!! フロア中に響くような声でローが怒鳴る。「迷惑だろ黙れよ」と冷えた眼でなまえが言うが、ローはもう全力で「お前が言うな」という心の声をありありと伝えてくるような目つきで彼女を睨むばかりである。流石に再度怒鳴るような真似はしなかった。幼いながらもローは聡明である。
ちなみにパーカーは、熊の耳がついた真っ白なものが結局購入された。大人2人に押し切られたローが、それでも必死に抵抗を見せた結果である。

「おいロー! 見てみろこれ! 面白いぞ!」
「何だよコラさ……ぶはっっ!!」
「鼻眼鏡! 結構似合ってるだろ!?」
「に、似合ってて良いってもんじゃねーだろ……!」
「つーか何処にあったんだよ、そんなもん」
「あっちのパーティグッズ売り場。先生もつけるか?」
「つけねーよ馬鹿。つか勝手に移動してんな」
「あいたァ!」

雑貨コーナーでそろそろ切れなくなってきた包丁を取り替えようか思案していたところに、鼻眼鏡の闖入者。ちなみに鼻眼鏡自体は無事改修され、元のパーティグッズ売り場のお試しコーナーに戻された。

「おー、本屋もあるのか!」
「何だこれ、全然読めねえ……」
「そりゃ日本語だからな」
「言葉通じてんのに、文字は違うんだよなー」
「あ、これは読める」
「どれどれ……ああ、洋書か。自分で持つなら買ってやるよ」
「最初っからアンタに持たせる気はねぇよ」

んべ、と舌を出すロー。なまえはにやにや笑いながら、子供が持つには苦しい、分厚い洋書を次々と籠に放り込んでいく。「お前ふざけんなよ!」とローが悲鳴を上げるのは、それから約5分後のことである。

「あ?」

ところで、子供が迷子になる原因の1つとして、『子供から(短時間であっても)目を離してしまったため』というものが挙げられる。ほんの少し目を離している間に、小さな身体は時に重いもかけない場所に行ってしまうことがあるからだ。
今回の場合、なまえは「子供と一緒に出歩く」というシチュエーションに慣れておらず、ある程度ローと行動していたことのあるコラソンも、車椅子という身動きの取りにくいものに乗っているというハンデがあった。そして幾ら小柄でも細身でも、ローが13歳だという油断もあった。

「……ロー?」

ほんの僅か目を離している間に、一緒に居た子供がいなくなっている。小さな子供を持つ親であれば一度は経験したことがあるだろう状況に、さしものなまえもさっと顔色を変えた。そして、横で沖縄物産展のサーターアンダギーを買うか買うまいか悩んでいたコラソンを肘で突く。

「おいコラソン、ロー何処だ?」
「へっ!?」

視線をあちらこちらに彷徨わせるなまえだが、ローの姿は見つからない。コラソンも少し遅れてその状況に気づいたらしく、なまえよりも更に顔色を悪くした。

「ろっ、ローがいない!? ロー!?」
「おい、声落とせ馬鹿」

ビックリするほど青くなった顔をあちらこちらに向け、ローを探すコラソン。予想以上の慌てぶりに慌てたなまえが制止しようとするが、残念ながら彼は聞いちゃいない。そんな彼を見ているうちに、なまえは何だか自分がとても冷静になったのを感じた。自分よりパニックになった人間を見ると、逆に落ち着いてくるという、まあよくある現象である。

「どっどうしよう先生!? 迷子!? ローは迷子なのか!? それとも誘拐!? 拉致か!? さっきまでいたよな!? ローは何処に行ったんだ!?」
「だから声落とせ馬鹿。普通に迷子だろどうせ」
「どうせじゃねえだろ先生! ローがいないんだぞ!? 早く探さねえと!!」
「分かってるっつの。良いからお前は少し落ち着……」

わあわあ喚きだしたコラソンを落ち着かせようとしたが、遅かった。ただでさえ自称『ドジっ子』の彼は大慌てで立ち上がろうとして(これはなまえが定めた禁則事項である)、変な風に車椅子に体重をかけたお陰で思いっきりずっこける。そして場所が場所だったせいで車椅子が近くの陳列棚にぶつかり、並べられていた商品をぶちまける結果となった。

「馬鹿!!」

と、なまえが叫んでも後の祭り。取り敢えず本人は尻餅をついただけで済んだようだが、周囲の人間が何事かと一斉に視線を向けてきた。当然、バラバラに散らばった商品(主に菓子類であるが)にも目が向けられる。

「お客様、大丈夫ですか!?」
「あ……大丈夫です。すいません、お騒がせして。落ちた分は買い取りますんで」

普段(既に成人している人間としては常識外れなほど)使い慣れていない丁寧語を駆使しつつ、コラソンを座らせるなまえ。取り敢えず変なところを打っていないかという、最低限のことは確認する。が、その間もコラソンは落ち着かず、「ロー」「ローは何処だ」と子供の名前を連発してはきょろきょろしている。
ぶつん、となまえのこめかみ辺りで何かが切れた。それでも何とか、無事な商品は店員と一緒になって並べ直し、箱の形が歪んだものなどを全部購入する。そして、後始末がきちんと終わったその直後。

「お前は! 少し! 落ち着け! 馬鹿!!」
「あだだだだだ!!?」

おろおろしっぱなしのコラソンのこめかみに、ぐりぐりぐりぐりとなまえの拳がめり込んだ。ちなみにこの技、実はプロレスの公式戦などでもしばしば見かけられる、結構メジャーなものだったりする(正式名には諸説在るが)。そしてこれが親指だけをこめかみにぶっすり突き刺す形になると、『北斗残悔拳』という、なかなかえぐい必殺技になったりもするのだが、グロが苦手な方はなるべく調べない方が良いだろう。

「取り敢えず、まずはこのフロア一周するぞ。んでもって見つかんなかったら迷子センターだ。お前そこで待機しとけよ」
「はあ!? 何でだよ先生!」
「車椅子引いたまんまガキ探すなんて非効率だろうが。つか、この期に及んでお前のドジに付き合ってらんねーよ」
「うっ」

『ドジっ子』と自称するだけあり、自分のドジっぷりは痛感しているコラソンに、この一言は効いたらしい。心臓の辺りを押さえて大仰に黙りこくる彼に構わず、なまえは車椅子を押し始める。

「あンの糞ガキ……!」

憎々しげに悪態を吐くなまえは、自分では多分気づいていない。自分の顔色が、いつの間にか、まだそわそわしているコラソンと同じくらい青ざめていることに。

「見つけたら1週間パンオンリーの刑にしちゃる……」
「それはやめてやってくれ、先生」
「じゃあ梅干しの握り飯オンリーの刑」
「それはもっと駄目だ、先生」

自分よりパニックになった人間を見ると、逆に冷静になる。今度はコラソンがそうなったらしく、妙に落ち着いた声でのツッコミが聞こえてきた。腹立たしいので、横から片方の頬を力強く抓っておく。

「いででで!?」

何すんだ先生! と怒られたが、当然なまえは知らん顔。視線は忙しなく前後左右に配られ、あの小さなやせっぽちの身体を探し続けた。
ちなみに、

「何してんだよ、あんたら」

ロー本人は、探し始めて3分もしないうちに、彼の方からあっさり姿を現した。安堵と歓喜で騒ぎ出すコラソンを拳で沈めたなまえがはぐれた理由を尋ねると、彼は相当渋った後に「……トイレ行ってたんだよ」と酷く嫌そうに答えた。

「そういうことは一言言い置いていけ、糞ガキ!」

そしてそう答えた途端、なまえの拳骨がローの頭に振り下ろされたのは、まあお約束といえばお約束であろう。

「クソ痛ェ……この暴力女!」
「うっせえ糞ガキ。少しは反省しろ」

……お後が宜しい(?)ようで。

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