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愛しさばかり、夏の日差しのように容赦なく募ってゆく
奪う人間と奪われる人間。世の中の人間を単純かつ明確に二分するとするなら、あたしという人間は紛れもなく『奪う』側の人間だと思う。
腕っ節が腕力って意味ならいざ知らず、魔術の意味ならあたしは自他共に認める天才だった。剣術だって悪く無い(勿論、ゾロだの鷹の目だのっていう、この世界の剣豪共と張り合おうとは間違っても思わないけど)。その才能にかまけて怠けるようなこともしなかったし、出来なかった。だから努力はしてきたし、今も時にはしている。
家族にも恵まれた。お金に不自由したことはないけれど、お金の大切さは叩き込まれた。悪人に対する容赦のなさは、いつだってあたしの判断をスピーディにしてくれた。不自由はしたことがあるけれど、長くは続かなかった。自分の力でどうにか出来た。ままならないこともあったけれど、時間が解決してくれたこともある。容姿だって悪くない。料理も出来る。出来ないこともあるけれど、それが命取りのなったことはない。
だから、知らなかったんだと思う。自分のことなのに、あたしは気づきもしなかった。気づくタイミングがなかったと言えば、そうなんだろうけど。

「……重い」

あたしは、誰かに『奪われる』ことに、とてもとても、ビックリするほど弱かったということ。

「暢気な顔しちゃって……」

ソファに座るあたしの膝を堂々と陣取って寝入っているのは、トラファ……いや、ロー。一応この間あたしと……まあその、俗に言う『コイビト』って奴になった男だったり、する。うん。その辺の経緯は正直小っ恥ずかしい上に長ったらしいので、此処で語るのは遠慮させて欲しい。あたしにだってプライドと羞恥心はあるのだ。
……それにしても。
『死の外科医』なんてブッソー極まりない渾名をつけられているこの男、普段は隈の濃い悪人面だってのに、眠ってると無害っぽいただのイケメンだ。目元の隈が不健康そうだけど、何だか子供っぽくすら見える。あどけないってこういうときに使うんだっけ? 普段のこいつには似ても似つかない形容詞だと思う。あ、何か鳥肌立ってきた。

「……」

うっかり普通にしてるとき、要するに、椅子に踏ん反り返っていやーな笑い方してる時のこいつに『あどけない』なんてテロップを(勿論脳内でだけど)被せてしまったあたしは、思わず自由になる手で自分の二の腕をさすった。やっぱりブツブツが出来ていた。変な想像はするもんじゃない。『あどけない』って、身近で指すならせめてベポでしょ、あたし。

「はあ」

しかし、何してんだろうなと思う。いきなり部屋にやってくるなり、何の挨拶も前置きもなく「膝貸せ」とかローがほざいてきたのが約1時間前。文句を言うあたしの口をがっつり塞いで黙らせ(『何を使って』かは伏せる。断固黙秘!)、そのままあたしの膝を陣取ったのがその数十秒後。それからは本当にお休み3分。まるで漫画のようだった。本気で寝られたときは思わず目を疑った程あっけなかった。
そんなわけで、あたしはこの重たい頭をどかすことも出来ず、かといって足の痺れを忘れて無心になることも出来ず、暇で暇でしょうがない時間を過ごしているというわけだ。全く、何という時間泥棒。意味がわかんない。ていうか、寝るなら自分の部屋で寝ろって話だ。何であたしを巻き込むコノヤロウ。

「好い加減起きなさいよー……」

と、小声で言ってみるものの、聞こえてない。寝息は相変わらず規則的。試しに胸の上に手を置いてみるものの、心臓の音もやっぱり規則的。……あ、細身の割に胸板厚い……って何考えてるあたし!?
慌てて手を退けると、大袈裟に身じろぎしたのが伝わったのか、寝入っているローの顔が少し顰めっ面になる。起きるか、と思わず息を呑んだものの、ローはちょっとだけ顔を横に向けてそのまま寝だした。意外と深く寝入ってるっぽい。珍しい。普段は不眠症気味なくらい眠りが浅いのに。
いっそこの頭を膝どころかソファから落とすなり、電撃食らわせるなりすれば眼も冷めるんだろうけど、なんかそこまですると可哀想な気がしちゃうのよね。甘いなーとは思う、我ながら。

「……ふーん」

綺麗な顔だ。試しに触ってみた髪も、思ったより傷んでなくて柔らかい。肌もそれなりにきめが整ってる。鼻も高いし唇の形も整ってる。あたしより年上とはいえ、若いくせにニキビの1つもない。羨ましいっていうかいっそ憎らしいくらい。

「……」

信じられないなー、って、何か今更思っちゃう。こんな奴が、まあその、コイビト、なんだよね。あたしの。
恋に恋してる時間が長かった。あたしの理想は父ちゃん母ちゃんみたいな夫婦で、一時のおつきあいっていうのが、そもそも想像出来なかった。コイビトになった相手とは、結婚するんだって当たり前に思ってた。それが本当に一握りのカップルだけだって分かったあとも、自分だけはそうなりたいって、心の何処かで願っていた。

「ねえ、トラファルガー」

例えば、この男と結婚する未来が思い浮かぶかっていうと、答えは否だ。
こいつは海賊で、あたしもお尋ね者で。父ちゃんや母ちゃんのように連れ立っている時間もあるけれど、別行動だってそれなりに多い。助け合う時間よりも、罵り合ったりどつきあう時間の方が長いくらい。
一緒に暮らすとか、結婚式を挙げるとか。あとはまあ、子供を作るとか。そういう生々しい想像は、出来ない。全然出来ない。全くもって思い浮かばない。顔も分からない理想の相手を求めていたときは、ぼんやりとでも抱いていたヴィジョンは、まるで蜃気楼のように空虚で非現実的なものだったんだと思い知ったのは、いつだったか。

「好きよ」

惚れた弱みって言葉、言葉として知っていても、本当に『思い知った』のはこいつのせい。
思い描いていた未来が霧散しても、こいつ自身がどうしようもなく嫌みったらしくて気障な奴でも、そしてあたしが、未だに理想を引き摺ってる夢見がちな女でも。
それでもあたしは、心底この男を好きになってしまった。そしてどんな気まぐれなのか、こいつもあたしを愛してると言った。本気で。本当に。
ちょっとの気の迷いなんじゃないかっていう疑いが、無いわけじゃない。だけどそれでも、こうして、何もないときに大人しく膝枕なんぞしてやってるくらいには、あたしはこの男に惚れている。

「好きよ、トラファルガー。悔しいけど、本当の本当に」

この男は、あたしに将来を約束してはくれない。その辺に掃いて捨てるほど居る優男共のように、慰めや戯れのようにですら口にしない。あたし達の関係は『コイビト』だけど、あたしがかつて思い描いていたような未来には直結していない。多分。
それでも、あたしはこの男に抗えない。とっくのとうに『奪われた』あたしは、奪われたものを取り返すことも諦めることも出来ないまま、この男のものになってしまった。そして、今もそのまま。
牙をもがれた獣のようなんて、他人事のように思ってしまう。意識的にしろ無意識にしろ、色んな人から色んなものを頂戴してきた自覚のあるあたしは、けれどこんなにも『奪われる』ことに弱い人間だったのだ。
……でも、

「ねえ、トラファルガー」

そうっと、指で頬を撫でる。女の子のようには柔らかくないけれど、ちょっとは弾力のある肌。すべすべじゃないけど、でも綺麗。憎らしいくらい。

「あんたの言う『欲しい』が、どの程度なのかは知らないけど」

奪われたままで終わるなんて、許せないし許さない。あたしという人間と、女としてのささやかなプライドにかけて。
だって、フェアじゃないじゃない。あたしだけがこんなに好きなんて。『コイビト』って単語を思い浮かべるだけで浮かれるほど、あたしだけがあんたに惚れ込んでるなんて。

「あたしは、安くないわよ」

あたしを欲しがるなら、あたしに愛させるなら。
せめて同じだけはあたしに頂戴、そしてあたしを愛して。

「知ってるさ」

――あ。

「熱烈なモーニングコールだな、なまえ」

ぷちゅ。なんて可愛らしいリップ音。
体温が低いらしいトラファルガーは、唇もあんまりあったかくない。

「……寝たふりしてんじゃないわよ」

利き手の甲を、思わず唇に当てた。ただのバードキスなのに、妙に唇が火照ってる。顰めっ面を作ってみるけれど、少し耳が熱い。

「耳赤ぇぞ」
「うっさい!」

嗚呼、もう。
欲しがるなら、頂戴。愛させたいなら、愛して。心の中では何度もそう言えるのに。

「不意打ちはやめろって言ってんでしょ!」

こうやって毎回してやられるあたしは、とことん『奪われる』ことに慣れてないらしい。

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