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少し狡猾な手段を使ってでも手に入れたいと想った人
「オレさぁ、妹欲しいんだよ!」

唐突にして、突拍子も脈絡もなく。平腹のやたらと大きな声が響き渡った屋敷の談話室で、ソファに腰掛けていたなまえは首を傾げた。少しだけ褪せた向日葵の花びらを彷彿させる黄色の瞳に、不思議そうな面持ちのなまえがくっきりと映し出されている。そしてなまえの眼にも、何故かは分からないが、何だか酷く楽しそうな様子の平腹が、それはもうはっきりと映っていた。

「……はい?」
「だーかーらぁー! 妹が欲しいんだって! 妹!!」

バタバタと両手を広げ、落ち着かない様子で叫ぶ平腹。妹が欲しい。取り敢えず分かった。主張だけは。しかし、その意図は全く読めない。ますます首を傾げたなまえの目の前で、ゆらりと別の影が動いた。

「あぎゃ!!?」

そして、振り下ろされる拳骨。頑丈な獄卒の中でもとりわけ頑丈とされる平腹が思わず蹲る様を、新たに現れた人影(鬼影?)はとても気怠そうに、そして不機嫌そうに見下ろす。

「余計なことほざいてんじゃねーよ、テメエ」
「い、痛たたたたた! 田噛痛い! 痛いってごめんなさいいいいい!!」
「た、田噛さん……」
「はいはい、田噛も平腹もそのくらいにしたら?」

次いで、容赦ない手つきでのヘッドロック。理由のない……かどうかは分からないが、取り敢えず行き過ぎた暴力が平腹を襲っている。よく分からないまま田噛を制止しようとしたなまえだが、それは別の声がやってくれた。

「はいみんな、お待たせ」
「有り難うございます、佐疫さん。……随分大きいですねえ」
「あはは……つい調子に乗っちゃったんだよね」

ケーキのサイズで考えるなら8号くらいの柘榴のパイと、湯気の立つ紅茶を煎れたカップをトレイに載せた佐疫が、それらをテーブルに置く。
「作り過ぎちゃったから食べに来て」という素敵なお誘いを有り難く受けたなまえが、生者の分際で地獄まで遊びに来たのがほんの10数分前。てっきり社交辞令だと思っていたのだが、どうやら佐疫は本当に『作りすぎて』しまったらしい。
しかし、層が崩れることもなく、焼きすぎているところもなく、まるで見本のように美しく作られたパイだ。それも柘榴を使用しているあたりが少々斬新。斬島から聞き及んでいた佐疫の『料理上手』は本物、どころか噂の更に上を言っていると、なまえはしみじみ思う。

「佐疫のお菓子、マジ美味ぇんだよ! オレ等幾らでも食べられるぞ! な、田噛!」
「うるせえ。つかなんで俺に聞くんだよ」
「えー? だって田噛も佐疫のお菓子好きじゃげぶほ!?」
「黙れ馬鹿腹」

結構強い力で放たれた右ストレートが、性格に平腹の頬を襲った。しかし照れ隠しであるらしく、普段は血色のない彼の、目元の辺りがほんのりと薄紅色に染まっていた。なまえは思わず佐疫と顔を見合わせ、くすくす笑ってしまう。

「さ、食べて。お代わりもあるからね」

器用にパイを切り分けた佐疫から有り難く皿を受け取り、おのおの「頂きます」と手を合わせてから食べ始める。肋角か、或いは木舌が教育したのかは分からないが、この屋敷の獄卒達は総じて挨拶を欠かさない。

「んんーっ、これ凄く美味しいです。佐疫さん」
「本当? 良かった、沢山食べてね」

他のみんなの分はちゃんとあるから、と微笑む佐疫は相変わらず如才ない。彼の作った柘榴パイも、柘榴の甘酸っぱさと、砂糖の甘さがほどよくマッチしていてとても美味しい。「うめぇー!」と騒ぐ平腹の横で、もそもそ口を動かす田噛も無言で頷いていた。

「ところで平腹さん、さっきの話なんですけど」
「ほ? さっき?」

ほどよく腹が満たされて落ち着いたところで、改めて先程の話題を掘り返してみる。が、肝心の平腹の反応は鈍かった。どうやら彼の頭はパイに占拠されているらしい。

「忘れちゃいました? ほら、妹がどうとかって」
「ん? あっ、あー! そうだそれ! 妹!」
「危ねえなオイッ!」
「こら平腹。食事中にバタバタしちゃ駄目でしょーが」

が、一度思い出せば戻るのも早い。フォークを持った手をぶんぶん振り回した彼の手を、後ろから伸びた手がしっかりと押さえつける。反射的に振り上げられたのだろう田噛の拳も、同じように別の手で包まれて拘束されている。

「あ、木舌に谷裂! お帰りー!」
「うん、ただいま。そんでなまえはいらっしゃい」
「何だお前、また来ていたのか」
「お邪魔してます」

やんわりと微笑む木舌の後ろから、相も変わらず真顔であるというだけなのに不機嫌そうな谷裂がなまえを見下ろす。なまえもゆるりと微笑んで会釈を返した。

「任務帰りですか? お疲れ様です」
「うん。今やっと報告が終わったところ。佐疫、おれ達の分もある?」
「勿論あるよ。ちょっと待って、切り分けるから」

疲れた時には甘いものだよね、と佐疫が手早くパイを切り分ける。嬉しそうに大きめに切られたそれを受け取る木舌の向かいに座った谷裂も、大人しく同じように皿を手に取った。

「……で、お前達は何の話をしていたんだ? 妹だの何だのというのは聞こえたが」

三度話題を戻すべきか迷ったなまえの代わりに、谷裂が問うてくれた。またも忘れていたらしい平腹も、今度こそは「それそれ!」とまた口を開く。

「なまえが妹になればいーのに、って話!」
「おい、平腹」
「え、そういう話だったんですか?」

田噛が咎めるように平腹を睨む。なまえはぱちくりと瞬きをした。木舌も谷裂も、そして一応その場にいたはずの佐疫も、大体似たような顔をしている。

「あ、あー……平腹。一応聞くけど、どういう経緯でそういう話になったの?」
「へ? だってこの前ろっか、もごっっ!?」
「うるせえんだよ黙ってパイ食ってろ馬鹿野郎」
「? 『この前』?」

ますます読めない。なまえがまた首を傾げるが、当の平腹は無理矢理に柘榴パイを口に詰め込まれていて喋れる状況ではない。田噛の手つきも、何故だか普段より容赦が無い感じだ。鶴橋が飛んでいかない辺りは、多分生者であるなまえに気を遣っているのだろうが。

「この前、ってあれかあ」
「平腹貴様、また余計なことを!」

しかし、木舌と谷裂は合点したらしい。苦笑気味な木舌の横で、谷裂が鋭く平腹を睨む。が、窒息寸前の平腹は当然意に介す余裕もない。今まで黙っていた佐疫が、ふと「あのね」と口を開いた。

「此処、男所帯だろう? 別に肋角さんも意図した訳じゃないんだろうけど、1人くらい女の子がいても良いよねって話になったことがあってね」
「そうそう。そりゃあ昼間はキリカさんやあやこさん達がいるけど、一緒に暮らしてるわけじゃないからさあ」

女の子がいると空気が華やかになるんだよねえ。と、佐疫と木舌がにっこり微笑む。下手な文脈で言えば下心満載と取られても仕方ない科白だが、この2人が言うと本当に邪気がなく聞こえるから不思議である。

「特に、最近はなまえが出入りしてるだろ? だから平腹も余計そう感じたらしくてさ」
「うーん……?」

基本的に一人暮らしで、女であるなまえに『男所帯』というものの善し悪しは分からない。しかし、斬島も「男所帯だと家事に手が回らない」というようなことを言っていたから、そういう面もあるのやも知れぬ。知れぬが、いまいちピンとは来ない。
谷裂が面倒くさそうに溜息を吐いた。

「こいつは単に自分を甘やかす奴に居て欲しいんだろうがな。……何を惚けた顔をしてる、お前のことだぞなまえ」
「え、私甘やかしてます?」
「べったべたにな。つーか自覚無ぇのか」

田噛も続けて嘆息した。なまえに言わせれば、彼が少々平腹に厳しすぎる気がしてならないのだが、それを言ったところで多分通じはしないだろう。ちなみに平腹は、ようやく柘榴パイを全部飲み込み、温くなった紅茶をがぶがぶ飲んでいる。かと思えば、うっかり器官に入れてしまったらしく、今度は盛大に噎せ始めた。

「平腹さんは分かりましたけど……皆さんも、妹さんが欲しいんですか?」

取り敢えず平腹の背をさすってやりながら尋ねる。すると、彼ら4人はそれぞれ個性的な色の瞳で視線を交わし合う。

「俺は欲しいかなあ。食べてくれる奴はいるけど、一緒にお菓子作ってくれる子がいると嬉しいし」
「おれもー。ま、おれの場合は晩酌に付き合って欲しいんだけど」
「また酒か貴様。……任務の邪魔にならんなら、1人女が増えてもどうということはない」
「居ても良いだろ。男ばっかでむさいのは事実だしな」
「なるほど」

どうやら意外と彼らの間で、まだ見ぬ『妹』は熱望されつつあるらしい。しかし彼ら『特務室』の人事は全て肋角次第。肋角が見込みありとして拾ってこなければ、此処に新たな人員は加わらないわけで。

「素敵な妹さんが来るといいですねえ」

途端、5つの顔が何とも言えない顔でなまえを見返した。

「? どうかされました?」
「ん? んーん、何でもない何でもない。気にしないで」

木舌がひらひらと手を振った。平腹がまた何か口を開こうとして、今度は谷裂のボディブローによって床に沈む。

「それよりなまえ、お代わり要らない? 紅茶もまだあるよ」

先程の半分程度に切られた柘榴パイが、空になっていた皿に載せられる。佐疫らしからぬ、少々強引な勧め方には多少の違和感があったものの、掘り下げては藪蛇と判断したなまえは、特に何も尋ねなかった。

「有り難うございます。いただきます」

それにしても、このパイは美味しい。柘榴を使ったパイというのも珍しいが、こんなに美味しいとは思わなかった。もとより甘い物が好きなこともあり、なまえは機嫌良く出されたパイを食べ進める。

「美味しい、なまえ?」
「はい、とっても。……斬島さんがいないのが残念ですね、作りたてが一番美味しいのに」
「あはは、そうだね。でも大丈夫だよ。今日中には帰ってくるらしいから」

だから遠慮しないで、と佐疫は微笑む。木舌も笑っていた。一切れ食べ終えた谷裂は訓練に向かってしまい、田噛もやがて気絶した平腹を引き摺って出ていった。
そうしているうちに『妹』の話題はあっという間に消え去っていき、斬島が任務から戻ってきた頃には、もう影も形もなくなっていた。



「……ということが、先日ありまして」
「ほう」

ぷかりぷかりと、文字通り紫色をした『紫煙』が室内に浮かんでは解けていく。何処かで嗅いだ覚えのあるような、しかし知っているどれとも似て非なるような煙草の香り。初めて出会った斬島からも微かに漂っていたそれは、微かな苦みと渋さを脳に伝える。

「まあ偶然とはいえ、今までこの屋敷に入ったのは男ばかりだな」

一時期は稚児趣味を疑われもした、と肋角は笑う。懐が大きいのか気にした素振りはないが、場合によってはかなり不名誉な噂である。地獄にもそういう下世話な噂は広まるのかと、なまえは少々別の方向に驚いていた。

「しかし、平腹達の言うことにも一理ある。男尊女卑と言われそうだが、女性の方が目配り気配りが利くという面は確かにある。それに身近に女性が居る方が、女心の理解を求める亡者には有効かも知れん」

うっすらと笑みを浮かべた肋角の言葉は、まるで前々から考えていたかのように淀みなかった。立て板に水を流すかのようで、逆に取って付けたような感じがしてくる。とはいえ、なまえは彼が口ごもったり、答えに窮したりするところなど一度も見たことはないのだが。

「なまえ」

地獄堂からです、となまえに差し出された封書を受け取った肋角が、ふとなまえをみやる。2メートル近い長身の肋角は、椅子に座っていてもなまえを『見上げる』ことはない。所謂アルビノとは違う、鮮やかな、目の覚めるような猩々緋色が真っ直ぐにこちらを見つめる。

「佐疫の菓子は美味かったか?」
「? ……はい。とても」

何故突然そちらの話題に。内心で首を傾げたものの、素直になまえは頷いた。彼が初めて作ったという柘榴のパイは、確かに美味しかった。とても。それは嘘偽りない。

「あれはたまに山ほど菓子だの料理だのを作りたくなるらしくてな、呼ばれたら是非食べに来てやってくれ」
「は、はあ」

よく分からないが、取り敢えず頷いておく。肋角も鷹揚に一つ頷いてみせた。……何故だか、酷く満足げに見えた。

「じゃあ、私はこれで」
「引き留めてすまなかったな」
「いえ、大丈夫です。失礼します」

なまえは最後に一つ礼をして、肋角の執務室を出る。何となくだが、あまり長居してはいけないと感じた。それはただ単に、仕事中の相手の邪魔をしてはいけないだとか、そういう問題ではなく、もっと本能的な……。

「黄泉竈食ひ(よもつへぐい)――……」

ほろりと唇から零れた言葉は、無意識の産物だった。すぐに口を手で覆って周囲を見回すが、幸い誰の気配もない。なまえはほっと息を吐いた。失礼な想像にも程があると、思わず額に手をやってしまう。
そもそも、なまえが獄都に来たのはこれが初めてでは無く、此処で食事をしたのもあれが最初ではなかった。ちゃんと現世には帰っているし、体調も異変などはない。
何の問題もない。大丈夫。なまえはぶんぶんと首を振った。
夕焼け空が、まるで血のように赤かった。

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