暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 軽佻浮薄

肉じゃがというのは、一昔前であれば嫁入りに必須の料理レシピだったというが、今もそうなのだろうか。
くつくつと弱火で、醤油と砂糖ベースでジャガイモとベーコンとタマネギを煮込みながら、時緒はふとそんなことを考えた。同時に、嫁入り、という言葉と自分の縁遠さも思われて、少しおかしくなる。隣の鍋では、出汁用の昆布が水につけられている。ご飯は節電モードで先程セットしたばかり。あとは炊けるのを待つだけだ。
少し寂しい気がして冷蔵庫を漁ると、中途半端に封の開いたウィンナーソーセージが出てきた。食い合わせは微妙だが、これもあとで焼いてしまおう。次いで、少々期限の迫っている鶏卵を発見。折角なので出汁巻き卵にするべく、冷蔵庫から引っ張り出す。
手早く卵を割り、味噌汁用にしていた出汁を一部別の器に移す。少しだけ醤油と砂糖を足して混ぜ、熱した卵焼き器に流し込んで焼いていく。ふわふわとした黄色の卵をくるくると巻いて、あとは器に盛って包丁で切ればおしまい。

「……あっ」

セットしていたキッチンタイマーのアラームが鳴る。時緒はコンロの火を全て止め、キッチンの電気を消してからそれを切った。時刻は家に入ってから丁度45分が経過している。……そろそろ、出かけなくては。
かの獄卒と約束した『1時間後』は、既に『15分後』に迫っている。

「行ってきます」

玄関の写真に手を振って、外に出る。……と、丁度隣の部屋に入ろうとしていた、小さな存在が1つ……否、3つほど目に入った。

「あーっ! 時緒姉じゃん!」
「へ? おおっ、ホントだ! 久しぶり、時緒姉!」
「こんにちは、てつし君に良次君。……お帰り、裕介君」
「うん、ただいま」

これは珍しい。時緒は飛びつくようにはしゃぐ2つと、やれやれと肩をすくめる1つに笑みを返しながらも驚く。よしよしとツンツンとした黒髪と、ふわふわと柔らかな栗色の髪を撫でながら、「珍しいねえ」と実際に口にも出した。

「2人が裕介君の家に来るなんていつぶりかな? 何かあったの?」
「なんか客が来るからって地獄堂追い出された」
「へえ……」
「てっちゃんやリョーチンの家だと急に押しかけたら迷惑だろ。うちは今日母ちゃんいないから」
「ああ、そうなんだ。じゃあ今日は3人でお泊まりなんだね」
「多分ね」

微苦笑を浮かべる裕介は、同い年なのに何だか他2人の保護者のようだ。時緒姉時緒姉と慕ってくれる2人の後にそっと頭を撫でると、ほんのり照れながらも甘受してくれるところに、ようやく子供らしさが見える。

「あ、あのさ時緒姉、そういえばなんだけど」

裕介にリョーチン、と呼ばれていた栗毛の少年が、同じ色のくりくりとした瞳を大きくした。小動物のような愛らしい印象の少年だ。あまり背丈の変わらない3人だが、彼はなで肩のせいで少々薄弱な印象を受けなくもない。裕介ほど白くもない、程ほどに日に焼けた肌にはそばかすがうっすらと載っている。
リョーチンもとい新島良次。裕介とは随分長い付き合いの、『親友』といって差し支えのない1人だ。

「此処の家の前でさ、俺達ヘンなユーレイ見たんだよ」
「ヘンな幽霊?」
「うん。何かこう、兵隊みたいなカッコの幽霊なんだけどさ。な、椎名」

兵隊みたいなヘンな幽霊。ほんの少しだけ時緒は肩を揺らしたが、幸い良次は気づかなかったらしい。裕介が彼の言葉に「うん」と頷く。

「妙に存在がハッキリしてるっていうか、浮遊霊の類とは違ってたな。悪さしそうな感じじゃなかったけど……人間より妖怪の方に近いかも知れない」
「ふうん……」
「軍服みたいなのは着てたけど、旧日本軍のとは細部が結構違うっていうか、見たことのない奴だった。制帽の紋章も知らない。あと刀も持ってたけど、何処の刀派かは分からなかった。拵えはしっかりしてたけど、少なくとも知られた刀匠の作品じゃないね」
「そ、そうなんだ……」

よく見ているものだ。流石の観察眼に内心恐れ入っていると、ただ1人話題について行けていなかった最後の1人が、「何だ何だ!?」と大仰に騒ぎ出す。

「何だそれ!? そんなのいたのか!?」

バタバタと騒ぐこの少年、今日は何処でぶつけたのか鼻の頭に絆創膏を貼り付けているが、元気なのは相変わらずだ。ツンツンとイガグリのように尖った黒髪は少々剛毛気味。きゅっとつり上がった目元はとても勝ち気な印象を与え、事実その印象は中身に反していない。顔つきの美醜よりも、雰囲気から『男前』っぽさが滲み出る。『ガキ大将』を絵に描いたような彼は、事実通っている小学校で番を張る、今時珍しい硬派な少年だ。名前は、金森てつしという。

「てっちゃんに言ったら刀印結び出すだろ。幾ら無害そうっていっても、あからさまに見ようとしたら何されるか分からないし」
「むっ……」
「刀持ってたもんなあ……あれ本物かな?」
「偽物持つ意味ないだろ」
「コスプレイヤーの幽霊とか」
「だったら逆にもっと有名どころっていうか、もっと何処かの国に似せたの着てるって。それこそアニメとかのなら話は別だけど」

何か散々な言い様である。時緒は思わず、多分2人が話している存在そのものであろう相手を思い返して、小さく心で謝罪する。
……すみません獄卒さん、まさかこの3人に早々見つかるとは思わなかったんです、と。

「あ、ごめんねみんな。私、ちょっとこれから出かけないとなんだ」

買い忘れたものがあって、と言えば、口々に行ってらっしゃい、と手を振られた。切り替えの早いことであるが、正直今は有り難い。時緒も努めて普段通りを装い、手を振りながら廊下を小走りに駆ける。『15分前』は今や『5分前』だった。
エレベーターの前で、降下ボタンを押下。すぐにやってきたそれに乗り、1階を押下。降下開始。時間にして1分足らずだが、何だか少し長く感じた。

「獄卒さん」

エレベーターホールを介して外に出ると、予想通り、マンションの前には件の『ヘンな兵隊の霊』、もといかの青年が直立して待っていた。ぴしりと音がするほど綺麗に伸びた背筋が美しい。刀を携える手つきもまるで見本のようだ。

「すみません、お待たせしました」
「いや……俺もつい先程来たばかりだ。気にする程でもない」
「……ぷっ」

何だそれ、デートの決まり文句か。時緒は思わず噴き出してしまった。青年の方はと言うと、何故突然笑われたのか分からないらしく、「どうした?」と酷く真面目な顔をしている。しかし時緒が「何でもないです……」と笑いを堪えながら言うと、「そうか」とあっさり納得した辺り、さして気にとめてもいないようである。

「取り敢えず、あっちです。イラズの森は広いから何処からでも入れるけど、あんまり人目に付くところだと私が自殺者と間違えられちゃうので」
「分かった。そのあたりの事情は俺には分からんから、お前に任せる」
「仰ってた5日間……1日予備日として、4日かけてぐるっと一通り見て回りましょう。地図があるので、後でお見せしますね」
「ああ、頼む」

しっかりと青年が頷いたのを確認し、「こっちです」と時緒は小声で先導する。
夕飯時を少し過ぎたこの時間帯は、人とすれ違うことも少ない。時緒はなるべく不自然に見えないよう、時折肩越しに青年を確認しながら歩き出した。

[ back to index ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -