暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 包蔵禍心

『私、あの人のフィアンセなのよ』

そう言って、女は艶やかな黒髪をなびかせ、赤い唇でうっすらと笑みを刻んだ。彼女は春らしい花柄のスカートにレース編みの白いプルオーバー、それからピンク色のパンプスに足を通している。生前は大学生だったという言だが、確かにそれらしい、季節感を取り入れつつも若向けの装いだ。
名前は『菫子』というらしい。偏見かも知れないが、確かに何となく上品というか、あけすけに言うとお嬢様っぽい名前だ。

「あの人って、えーと、煌太さん、の?」
『そう。親同士の決め事だけどね。でも私は決まったとき嬉しかったわ。だってほら、彼、とっても男前でしょう? おまけに女性にとっても優しいし』
「は、はあ……」
「まあ確かに、顔の造りは悪くないね」

返答に窮する時緒に対し、裕介は実に淡々としている。一応話は聞いているようだが、興味を持っている様子はまったく見受けられない。

「ていうか、フィアンセっていうかフィアンセ『だった』でしょ。死んでるんだから」
「ゆ、裕介君そんな率直に……」
『分かってるわよそんなこと。良いから最後まで聞きなさいよ』

これだからデリカシーの無い子供は、と言わんばかりに鼻を鳴らす菫子。裕介はひたすら冷めた目で見返しており、一触即発……ではないが、あまり友好的な空気では無い。間に挟まれる時緒は少々いたたまれない気持ちになった。

『あのね、貴方にお願いがあるのよ』
「私に?」
『そう。代わりにやって欲しいことがあるの。私、それが心残りで成仏出来ないのよね』

道半ばで……ってやつ? なんてウィンクしながら聞かれても、さてどう答えれば良いものか。困り果てた様子の時緒に反し、裕介は少々機嫌を悪くしたようだった。

「巫山戯ないでよ。何で時緒姉があんたの下らない用事に付き合う必要があるわけ?」
「ゆ、裕介君……」

『三人悪』の他2名が情に厚く心優しい、言うならば良くも悪くも子供らしい性質を持っているのに対し、裕介は彼らとは少し一線を隔てている(決して『浮いている』という意味では無いが)。彼はとにかく、基本的にだが身内には優しく他人には冷たい。というか、どうでもいいと見なす傾向が強い。これは彼の母方である『綿原』の人間の多くが持っている性質だ。
それに加えて彼は、特に術師として目覚めて以来様々なものを『見聞き』している。元々その性質があったことに加えて、今となってはもう『人間嫌い』にすら足を突っ込んでいる始末だ。家族のことは愛しているし、友人を大切に思ってもいる。けれど、それ以外に対する温度差がとてもハッキリしているのだ……時々、はっとするくらいに。

「自覚があるみたいだから言っておくけど、あんたみたいな『怨霊』なりかけみたいな奴が一番質悪いんだよ。恨み辛みに支配されてる癖に、理性が残ってる分余計な知恵も回る」
『……ご挨拶ね。私だって好きで成仏しないわけじゃないわ。それに、私が囚われてるのは恨み辛みじゃ無い。愛よ』
「愛、ですか?」

随分臭い単語が飛び出してきた。時緒は思わず首を傾げる。取って付けたような(と、少なくとも裕介は感じたらしい)その一単語に、裕介の眉間にますます深い皺が寄る。

『そう。愛。私の唯一。私の真実。私の夢。私の希望』
「ミュージカルかよ」

けっ、と吐き捨てる裕介は大変柄が悪かった。身に纏っているのが礼服なのがいっそミスマッチにすら感じる。美少年は不機嫌でも美少年だが、その分迫力があって大層怖い。
まあ、時緒は彼の怒り顔も不機嫌顔も見慣れているし、菫子に到ってはまったく意に介していないようだが。

『そして彼は私の愛のお相手。運命の人なの』
「煌太さんが?」
『ええ、そう。だから、あまり気安く呼んで欲しくはないわね』

ぎろりと突然睨まれ、時緒はつい面食らってしまった。父親と一緒に来ていた彼を区別するために名前で呼んでいただけで、当然他意などある筈も無い。恨みがましい、刺すと言うよりも抉るような視線を向けられ、時緒がしたのは何とかして彼の苗字を思い出そうとすることだった。……出来なかったが。

「毒島(ぶすじま)」
「え?」
「毒島だよ。あいつ等の苗字。まあ俺も前に1度会ったことあるだけだけど」
「あ、有り難う裕介君」

興味なさそうな顔をして、一応は覚えていたらしい。珍しいこともあるものだ。ともあれ煌太、もとい毒島息子。彼の少々、否、だいぶ軽薄な笑みを思い出した時緒は、失礼ながらあまり良い印象を彼に持っていない。
しかし菫子というこの女の幽霊にとって、彼はそこまで言わせる魅力的な男性なのだろう。人の好みにとやかく言う権利も趣味も無い時緒は、大人しく彼を今後『毒島さん』と呼ぶことに決めた。

「それで、あんたの心残りって何なの?」
『あら、聞いてくれるの? って、貴方に言っても意味無いんだけど』
「時緒姉が話の中身も聞かずにあんたを無碍にするわけ無いからね。一応聞いてあげようってだけ。期待しない方が良いよ」
『あんた、お綺麗な顔してほんっとうに可愛くないわね。まあ良いわ。手短に話すわよ』

だったら最初っからそうしろよ。ぼそりと裕介が言ったが、どうやら菫子には聞こえなかったらしい。アイロンをかけたのだろう黒髪をくるくる弄びながら、にんまり、笑って時緒を見つめる。その視界からは、明らかに裕介が意図的に排除されている。

『「白いエンジェル様」って知ってる? 知ってるわよね。さっき話に出てたもの』
「え?」
『やだ。何惚けた顔してんのよ。さっきあの人も話してたじゃない』
「……えーと」
『呆れた。ずっと変な顔してると思ってたけど聞いてなかったのね。……嫌な女だわ。本当に頼んで大丈夫かしら』

女の霊はそう言って、むっつりと顔を顰めて見せた。喜怒哀楽の起伏が激しいというか、気分屋というか、情緒不安定と言ってもいいかもしれない。基本的に霊は感情の落差が激しいものなのだが、彼女の生前はどうだったのだろう。

『まあ良いわ。あのね、うちの大学……此処から徒歩15分かそこらのトコにあるんだけど、そこでちょっと流行ってるおまじないみたいなものがあるのよ』

曰く、『白いエンジェル様』は、彼女や毒島の通っている大学、近々取り壊し予定の旧館に設置された礼拝堂(どうやらミッション系らしい)にいる天使像のことだそうだ。
まず、夜の0時から深夜2時までの間に1人でその礼拝堂まで行き、願い事を告げ、それに見合う『対価』を天使に捧げる。そのまま7日待ち、その間に『対価』を誰かに触られたり、何処か違う場所に移されたりすれば、そこでおまじないは失敗。しかし7日問題無く過ぎれば、『対価』を捧げ物として受け取った天使が、最初に告げた願い事を叶えてくれるという。

「よくある陳腐な怪談だよね、それ」
『貴方うるさいわね、本当に』

半眼になって裕介を睥睨する幽霊。時緒はまあまあと何とか2人の間に入るものの、あまり効果はなさそうだった。

『話を戻すわね。もう分かると思うけど、私、「白いエンジェル様」やったのよ。で、今日がその7日目なの。でも見ての通り、私死んじゃったでしょ? だから……』
「ちょっと待って。まさか」
『あら、察しが良いわね』

『時緒っていうのよね、貴方。ねえ、私の代わりに私の「対価」を取ってきてくれない? とっても大切なものなの。あれがないと私、家族に葬式もして貰えないわ』

[ back to index ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -