暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 一期一会

都会か田舎かと聞かれれば、まあ田舎に属する上院町は、基本的に閑静で平和だ。子供も大人も老人もいて、人口のバランスが良い。中心にイラズの森、二つ池などの自然が多いお陰で、出身者は大体アウトドア派だ。テレビゲームも漫画も流行るが、祖父母に教わった昔ながらの遊びに馴染んでいる者も少なくない。

「ねえねえニュース観た? 隣町の!」
「観たよー。怖いよね、凄いご近所じゃん」
「やめてくれー。うち今その話題ばっかなんだよ」
「うちもうちも。じいちゃんばあちゃんがオロオロしちゃってさー」
「そりゃ話題になるよ。何もない町だもんねえ」

そんな平和で素朴な町であるお陰もあり、たまにご近所で事件が起こると、こうやってすぐに話題になる。野次馬根性が滲み出ているが、人間の性としては仕方ないのだろう。時緒もまた幾つかあるグループに入れて貰い、適当に相槌を打ちながら弁当を摘んでいた。

「てゆーか凄いよね。所謂あれでしょ? れんこん?」
「それを言うなら怨恨でしょ。まあそれにしたって5人も殺すとか凄いけどね」
「俺あの辺行ったことあるよ。フツーの町だったけどなあ」
「そりゃそーだ。殺人事件が起きたりしなきゃ今でもフツーだっただろ」
「隣のスピーカーみたいなおばさんがさ、ニュースの内容まんまのこと喋るの。聞かなくても知ってるってのに」
「ああ、あるある。うちの近くにもいるよ、そういう人」

しかしまあ、食事中の話題として、『そういう事件』はあまり好ましくない。誰しもそういう気持ちがあったのだろうから、話題は自然と別方向へと映っていく。

「そういえば、時緒ちゃんって従兄弟と住んでるンだっけ?」

時緒の弁当箱からキュウリの漬け物を摘み、代わりにミートボールを寄越しながら、友人の1人が問うた。
時緒に家族がいないことは、クラス中が知っていることだ。時緒が別段隠したりしないからだ。幼い頃に死んだ両親の顔は、写真を見てもなかなか郷愁を覚えさせてはくれない。
だから彼女自身はさほど気にしていないのだが、優しい友人達はきちんと気にしてくれており、核心を突かない。不要に気を遣わせている気がしなくもないが、彼女たちの心遣いは時緒には嬉しかった。

「従兄弟っていうか、叔母さんのご家族の隣に私が越したの。たまにお夕飯ご馳走になってるけど、基本は1人かな」
「一人暮らし! じゃあやっぱ家事とか大変なんだ」
「んー、そうでもないかな。一人だからね、逆に誰にも気を遣わなくて良いから」
「いいなあそれ。私もアパート借りて一人暮らししたーい」
「無理無理。せめて洗濯機回せるようになってからにしなよ」
「こないだあんたお米洗剤で洗ったの忘れた?」
「え、何それギャグ?」
「うっさい! っさーい!!」

どっと笑いが巻き起こる。時緒も笑った。真っ赤になって怒っている友人に対し、『米を洗剤に』の情報を提供した友人はつーんと素知らぬ顔をした。
嗚呼、楽しいな。時緒は噛み締めるようにそんなことを考えながら、ふと足下に置いていた鞄に手を伸ばす。そして手だけを中に突っ込んで漁り、和紙で出来た独特の感触を探り当てて引っ張り出す。

「ねえ、芋飴食べない?」
「あ! 出た地獄堂の芋飴!」
「私もちょうだーい」

袋の中からざらざらと音を立てて出されたのは、焦げ茶色をした飴玉である。芋飴という名の通り、舐めると砂糖の甘さ以外に、サツマイモの素朴な甘さが伝わってくる。何ということもない味なのだが、これが妙に美味しいのだ。

「これ、売り物じゃないのが残念だよねえ」
「時緒ー、もう1個ちょうだーい」
「はいはい。ちょっと待ってね」

嗚呼、幸せだ。じんわりと胸の温かくなる感覚に酔って、時緒はとろりと微笑む。クラスメート達から『砂糖菓子の微笑み』と密かに絶賛されているそれに、側にいた女子生徒が「やーん可愛いー!」と甲高い悲鳴を上げて抱きついた。
日本という基本的に平和な国家では、それなりに暮らそうと思えば、大部分の人間は暮らすことが出来る。代わり映えのない、所々で規則に縛られながらも、平穏に生きていくことが出来る。他愛の無いことで笑って泣いて怒って、時々悪意を覚えながらも、『普通』の枠に収まっていられる。
非日常が悪いとは言わない。だが、こういう日常だって同じくらいに尊いのだ。

「ねえねえ、帰りどっか寄ってこ!?」
「ごめん、部活」
「ごめん、委員会」
「ごめん、デート」
「裏切り者共!!」

放課後になる度に繰り返されるやりとりを経て、「うわーん時緒ー!!」と抱きついてくる友人の頭をよしよしと撫でる。

「一緒に帰ろうよ時緒ー!」
「いいよ。でも買い物しなきゃだから、寄り道はダメね?」
「全然オッケー! ありがと時緒、うれしい!」

可愛らしい我が儘を宥めて笑う。部活や委員会や、それこそデートに散っていく友人達を見送り、時緒もまた友人と共に教室を出た。

「あーもー、今日のテスト最悪だったー」
「びっくりしたね、抜き打ち」
「ほんとだよもう! 先生も事前に言ってくれないとさあ!」
「それはだって、抜き打ちだからねえ……」

くだらない会話。いつも通りの帰り道。生徒達のはしゃいだ声が少しずつ遠ざかっていく。電車通学の友人と駅で別れれば、あとは歩き慣れた道を辿るだけ。住宅街。比較的新しい家が多かった道は、少しずつだが瓦屋根の古い家も増えてくる。

「揚げたてコロッケくださいなー」
「おおっ、時緒ちゃんいらっしゃい!」

そのうちに、アーケードになった鷺川市場にさしかかる。顔なじみばかりの店の主人達に挨拶し、夕飯の買い物をしながら通り過ぎる。冷蔵庫にすぐ入れなければならないものは特に無いので、コロッケを食べ終えた時緒はそのまま『寄り道』することにした。
買い物袋を持ったまま歩き続けていると、家同士の間のスペースにも開きが出てくるようになり、田畑が目立ってくる。上院町の中でも、この辺りは一等開発が進んでいない。昔からこの辺りに住んでいる年寄りが多いことも大きな理由だが、一番の理由は、この町の面積の多くを占めるイラズの森である。
イラズの森。この森は地元の人間であれば誰しもが知っている、言うならば『心霊スポット』であり、いつだったか地方のローカル局が取材しようとした結果、スタッフに死傷者が出るほどの被害を被った挙げ句に放送禁止になってしまったこともあった程だ。
気の弱い者は側を通ることすら嫌がる森の横を、時緒は当たり前に通り過ぎる。幽霊や妖怪や祟り。そういうものを信じていないわけではない。寧ろ、信じているからこそ、不用意に怯えることをしないだけだ。
人家が随分少なくなった辺りに、時緒の目的地はある。人通りのない道の、とりわけ人を近づけない1軒の店だ。向かって大きく右に傾いた、今にも崩れてしまいそうな、怪しい佇まい。日の当たる南側には大量の蔦、日陰側には苔類がもっさりと壁に生えている。屋根瓦の隙間から飛び出しているのは、大量のぺんぺん草だ。普通に立っている時緒の腰より下まである長い暖簾に隠された入り口の横には、何故か古びた、そして気色の悪い人体模型が門番のように立っている。

「おじいちゃん、こんにち……あれ?」

薄暗くて埃っぽい店内も慣れたもの。しかしながら、入ってすぐに目に付く店の最奥に、目的の人物がいないことに時緒は驚き、次いで、

「……こんにちは?」

この店にも、街中にも似合いそうにない存在が独り佇んでいるのに気づき、更に驚いたのだった。

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