暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 邂逅相偶

「確かに私は結城ですが……どうしてご存じなんですか?」

見知らぬ相手、それも常世の獄卒に名を当てられたという驚き。時緒はぱちぱちと幾度となく瞬きをし、その目を丸く見開いた。

「やっぱりそうかあ。生者で術師で『時緒ちゃん』だから、そうかなと思ったんだよね」

緑目の獄卒は、そう言ってにこにこしている。それはただ「愛想が良い」といった類のものではなく、微笑ましそうというか、慈しみ深いというか、そんな印象を抱く笑みだった。

「ああそうか、君が……」

そしてどういう訳か、首を傾げていたもう1名もまた、同僚の言葉に何かを得心したようだった。ぽん、と両手を軽く叩いて、こちらもぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「? あの……?」
「ああ、びっくりしたよね。ごめんごめん」

花緑青が三日月の形に細められる。光の当たり方によって微妙に色合いを変える双眸は美しく、何だか妖しい輝きを孕んでいるようにも見える。

「おれ、木舌っていうんだ。こっちは佐疫。聞いたことあるかな?」
「!」

ぱちん。1つ瞬いた時緒の両目が、更にもう少し見開かれる。時緒の治療を終えた蒼龍が、難しい顔で彼ら3人を見比べている。
『きのした』『さえき』――覚えのある響きの名前だ。勿論音だけならば現世にもありふれた名前ではあるが、この場合はそういう意味では無く。

「あの、もしかしてきりし……」
「見つけたぞ!!」

低い怒号が轟いた。少しずつ人通り(妖通り?)が戻り始め、ざわめいていた広場に、不思議な程それはよく響いた。腹の底から発せられたそれは明らかに怒気を含んでおり、殆ど無意識に聞いた者の肩を竦ませる迫力があった。

「動くなそこの生者! 聴取はまだ終わっていないぞ!!」
「え……」

そこの生者、と言われて該当するのは、時緒でなければ蒼龍である。案の定、彼はこの怒声を浴びるには身に覚えがあるらしく、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

「停車場のところで、脱獄した亡者に襲われてね」

どうやら、彼も時緒と似たような目に遭っていたらしい。天臨丸が剥き出しだったのはそういうわけのようだ。蒼龍ほどの実力者であれば人間の亡者に後れを取ることなどないだろうが、その後が問題だったらしい。

「お話の途中だったんですか?」

煩わしかったのか分からないが、別に事情ぐらい聞かれても答えれば良いだろうに(正当防衛だったのだろうから)。不思議そうに首を傾げた時緒の、すっかり綺麗になった額を、彼は軽く指で弾いた。

「誰かさんの召喚した火柱が見えたものでね」
「……すみません」

そう言われるとぐうの音も出ない。時緒はしゅん、と肩を落とす。すぐに笑い声を上げた蒼龍は別に怒っていないようだが、まあ軽率だったのは時緒の方だろう。

「申し訳ない、所用を思い出したもので」

肩を怒らせ、大股で歩いて来る獄卒は、見るからに怒っていて迫力満点だ。しかし蒼龍は一切動じていない。それどころか涼しげな笑みを浮かべ、さりげなく時緒を庇う。
やがてこちらにやってきた獄卒は、更にまた印象の違う姿をしていた。
全体的に鋭い……刺々しいとも言えるが、要するに攻撃的な印象を覚えさせる顔立ち。坊主頭にしているせいでわかりにくいが、髪の毛は黒では無く灰色に近いようだ。少し細めでぎゅっとつり上がった両目の色は、菫の花よりも濃い本紫色。薄い唇をぎゅっと弾き結んだその様は、『厳格』の2文字を体現しているかのようだ。

「谷裂」

外套を羽織った獄卒、佐疫より高いが、にこにこと斧の持ち手を杖代わりにしている木舌よりは低い。しかし制服の上からでも、その筋骨隆々とした体格の良さははっきりと伺えた。多分だが、体重は木舌よりも上だろう。

「お疲れ。首尾はどう?」

ひらりと木舌が手を振った。しかし、それに手を振り返すような愛想の良い真似はしない。寧ろぎろりと木舌を睨み、「職務中にだらしない顔をするな」と吐き捨てた。

「あはは、ごめんごめん。それより調子はどう? 脱獄者まだ残ってる?」
「先程全員捕まえたと連絡が入った。あとは報告だけだ」
「そっかそっか。ならこれで終わりだね。よかったあ」
「報告があると言っとるだろうが!!」

谷裂と呼ばれた獄卒が怒鳴る。青筋がこめかみにくっきりと浮かび上がっている。元々怒りっぽいタイプなのか、それとも木舌に反発しやすいだけなのかは分からない。

「ところで谷裂、斬島は? 一緒にいたんじゃないのかい?」

佐疫がぐるりと周囲に視線を走らせてから尋ねた。きりしま。その名に時緒の肩が微かに跳ねる。しかし谷裂の方はそれに気づかず、微かに鼻を鳴らした。

「亡者を引き渡しに行った。もう少しで追いつく筈だ」
「そうなんだ。じゃあ……斬島が来るまで一緒に待ってようか。ね?」

ね? と急に話を振られた時緒は、思わず「えっ」と頓狂な声を上げた。何故そこで急に会話に引き込んでくるのか。いや、確かに待っている方が都合は良いけれども。

「あれ、てっきり斬島に用があるんだと思ってたんだけど。違った?」

目を白黒させる時緒を、木舌は物凄く楽しそうに見ている。顔を顰めた佐疫に肘で軽くこづかれているが、全く堪えた様子は無い。
谷裂の方は……今になってようやく時緒の存在に気づいたようで、物凄く胡乱げな顔を向けてくる。

「生者があいつに何の用だ?」

まさしく「何だお前は」と言わんばかりの表情である。少々理不尽な感じもしなくはない。

「斬島さんの忘れ物を届けに来ました。あと、お仕事に関してちょっとお話があるので」
「何だと?」

別に後ろめたいことなど何も無いので、正直に答える。だが谷裂はますます眉を寄せると、ますます疑わしげに時緒を睨んだ。そんなに警戒されてもどうしようもないのだが、さてどうしたら良いものか。

「谷裂、そんなに睨んだら可哀想だよ」

困り顔の時緒を流石に見かねたらしい佐疫が割って入る。しかし谷裂は視線をずらさない。
別に怖いとは思わないが、谷裂の睥睨はとても迫力がある。これが良次だったら泣いているかも知れない。いや、頑張って睨み返すかも知れないが。

「まあまあ。そんな警戒しないでよ、谷裂。この子は……」

へらへら笑いながら、木舌が口を挟んだ丁度そのとき、

「――時緒?」

耳慣れた声に名を呼ばれた。耳慣れたとはいっても、昔から聞いて馴染んだものではない。だが、落ち着いたその声音には強い親しみを覚える。
やけに驚いてしまったのは、不意打ちだったのと、あとは、何だかんだで彼に名を呼ばれたのが初めてだったからだろうか。
アポイントも取っていなかったにも関わらず無事に会えた安堵も相俟って、ああよかったと胸をなで下ろす。

「斬島さん!」

戸惑うばかりだった表情を綻ばせ、時緒は彼の名を呼び、ぱたぱたと駆け寄ったのだった。

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