暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 熟思黙想

※『東京駅』の豆知識はウィキペ○ィア先生にお借りしています。

東京駅は明治の中頃、官設鉄道の新橋駅と私鉄・日本鉄道の上野駅を結ぶ高架鉄道の建設が可決された際、その新線の途中に設置することが決まった『中央停車場』である。開業後も新たな列車が次々に乗り入れ、八重洲口が開設されるなど順調な発展を見せていたが、東京大空襲により建物の大部分が焼け落ちてしまった。
終戦後は早々に修復工事が行われたものの、当時の煉瓦造りの外観からは大きく変更された。占領軍の要求により突貫工事を余儀なくされたものの、当時の建築家達ができる限り『日本の中央駅』として恥ずかしくないデザインにしようと奮闘した逸話が残っている。
そして時は流れ、現在。
建設当初の形態に駅を復原する方針がまとめられ、丸ノ内地区の高層ビル建て替え事業と並行した復原工事が、その7年後年に着工。そこから5年の歳月を経て完成したこの工事により、東京駅は当時の赴きある、大正浪漫を彷彿させる外観を取り戻したのだった。

「中も凄いねえ。ぴっかぴか」

磨き上げられた床の上を歩きながら、暢気な感想を漏らす時緒。車の移動中にすっかり落ち着いたらしく、先刻までの狼狽えっぷりはすっかり影を潜めている。

「じゃあ時緒さん、あたし達あっちだから……」
「うん。2人とも、本当に有り難うね。後はもう大丈夫だから、今度改めてお礼させて」

心なしか不安げなカンナに、苦く笑う。何だかんだで心配をかけてしまったらしい。
みんなも気をつけて、と時緒が続けると、征将とカンナ(そしてポケットの日向)は、何度か振り返りつつも手を振って新幹線の改札口の方へと駆けていった。その小さな後ろ姿を見送り、時緒はさて、と周囲を見回す。

「あっ」

壁に大きく貼り付けられた構内図を見つけ、駆け寄る。『現在地』と書かれているのは八重洲口方面の待合室の側だ。適度に簡略化・デフォルメされた見やすい案内図を、それこそ目を皿のようにして見つめる。細部の線をなぞるように、細かな道筋を追っていく。

「……これ」

じわり、とまるで墨が紙の裏側からしみ出るように、丸ノ内口の更に北側に『道』が浮かぶのが見えた。細く長い一本道。まるで完成した後に慌てて取って付けられたかのように不自然に伸びたその先に、改札口と列車のホームが繋がっている。他の部分と違い、手書きっぽい印象だ。
時緒はひとまず、その一本道までの道順をあらかた頭に叩き込む。

「あの」
「あ、すみません」

後ろから構内図を覗こうとしていたサラリーマンに頭を下げた時緒は、そのまま早歩きで構内を移動する。
八重洲口と丸ノ内口は、同じ東京駅だというのに結構距離がある。途中にある土産物屋のエリア内で、お土産としては定番の菓子を1箱購入した以外は特に寄り道もしない。
長い通路を歩き、時々階段を上り下りしてたどり着いた丸ノ内口方面は、八重洲口よりは人が少なく、落ち着いていた。広々とした構内をぐるりと見渡し、広く設置された改札口を通り過ぎる。
少し歩き、また周囲を見回す。何度かそれを繰り返しているうちに。

――見つけた。

コインロッカーの影に隠れるように、1本の通路。そして、まるで見張り番のようにその側に立っている駅員。ごく普通の制服を身に纏っているが、その肌色は青白く、帽子の影のせいか、顔立ちや表情はハッキリ分からない。彼とその周囲だけ、温度が低いようにも感じた。
時緒は小さく会釈し、駅員の脇をすり抜けた。駅員は何の言葉も発しなかったが、ただ同じように会釈を返してくれた。
ひやりとした空気。薄暗い通路。明るく清潔感のあった『表』とは違う。時緒はこくりと喉を鳴らした。心臓がどきどきする。朝目覚めるときの、何かが詰まったような高鳴りとは全く違うものだ。
ブーツの踵を鳴らし、歩き出す。周囲に人はいない。驚くほど静かだった。耳鳴りがしそうだと思った。

「あ」

地図で見たときは長い通路だと思ったのだが、出口は思ったより早く見えてきた。否、出口というか、ただの下り階段である。通路と同じ幅で、せいぜい人間が4人並べるか、という程度のものだ。中央に設置された手すりに手をかけ、かつかつと降りていく。
およそ30段ほどの階段を降りた先は、改札口だった。しかし所謂『自動改札』ではなく、2人ほどの駅員が小さなボックスに入って、手に改札鋏を持っている。先程すれ違った駅員と同じで、顔は青白く、やはり細かい顔立ちは分からなかった。
時緒は鞄から封筒を取り出し、更にその中から切符を1枚つまみ上げた。

「お願いします」

ボール紙で出来た切符を差し出す。駅員の1人がそれを受け取り、丁寧に裏側までそれを確認した。やがてパチン、という音と共に切符が切られ、一部が欠けたそれが返される。
時緒はぺこりと頭を下げ、改めて改札を通り過ぎた。

「わあ……」

すぐに見えてきた『ホーム』の景色に、時緒は思わず感嘆の声を上げた。そこは間違いなく駅のホームなのだが、床や壁の造りにも、線路脇の架線柱にもレトロな造形の残る、何処か懐かしさを覚える装いをしていた。架線柱の塗料の色合いも少しばかりビビッドなグリーンで、少しばかり目に眩しい。
しかし何より違和感があるのは、地下に降りた筈なのに、そこが屋外であることだろうか。それも、すっかり開発された『東京駅』の周囲とはまるで違う風景が、線路の向こう側に広がっている。
線路脇の小花の花畑と、その向こうの芝生、線路と並走するように流れている小川。川の対岸には雑木林のような木々の群れが広がっていて、その更に向こう側には、小高い山々が連なっている。

「そっか。異界なんだ、此処」

人間界に限らず、様々な次元がこの世には存在している。広さも特徴も強さも千差万別に、である。その中には当然『生物』がまるで存在していない次元もある。『生命』からも『時間』からも束縛されない、ただ『存在しているだけ』『此処にあるだけ』の世界も、また多数存在している。
多分、『此処』はそういう世界の1つなのだろう。だからこそ、誰にも文句を言わせず、こんな『ホーム』を建設することが出来たに違いない。あの細い通路だけを『東京駅』に繋げて、うっかり『徒人』が迷い込まないようにしておけば、神隠しの心配も無い。

「――……」

今見える景色だけが全て。何も生まず、今あるものだけを崩さず保持し続ける、そういう世界。
此処にあるだけ。たゆたうだけ。
あるがまま。流離うがまま。

「時緒ちゃん?」
「……!」

何とはなしに物思いに沈んでいた意識が、自らを呼ぶ声によって急速に浮き上がる。覚えのある、低い落ち着いた声だった。ぱちりと瞬きをした時緒は、声がした方――背後を振り返り、そこに立っていた人物に目を丸くする。
高い身長。海外製らしい黒いスーツ。長い黒髪を1つに束ねた、モデルのように洗練された印象の美丈夫。これ以上ない『絶世の美男子』という程ではないのだが、その隙の無さと仄かな色気が、目眩を覚えるほどに魅力的な男性。

「蒼龍さん」

往年の大霊能力者・藤門龍雲の最初で最後の弟子――藤門蒼龍が、そこにいた。

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