暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 一路平安

黒塗りの高級車が、ロータリーの際に寄ってゆっくりと停車する。内部に殆ど揺れを感じさせない安全運転は見事なもの。少し離れたところに見える煉瓦造りの建物が、窓から見える景色の中で一際目立って見える。

「到着しましたよ」

運転手の老人が、後部座席に向かって声をかけた。同時に後部座席の扉のロックが外れる。一番近くにいた時緒が、取っ手に手をかけて扉を開けた。

「お世話になりました」

時緒が小さく頭を下げると、ミラー越しに会釈を返される。その後から車を降りた少女が、まだ中に残っていた少年に手を差し出した。

「有り難う、カンナ」

少女、カンナの手を握り、少年はゆっくりと車を降りる。繊細なつくりの顔立ちだが、何処か雰囲気がぼうっとしているようにも見える。遠い何処かを見ているような雰囲気の少年に、運転手が「征将様」と声をかけた。

「それでは、また1時間後にお迎えに参ります」
「うん、有り難う」

少年が頷いたのをしっかり確認してから、老人は車を発進させる。見えていないとは思ったが、時緒はもう一度しっかりと頭を下げた。そして少女、もとい亜月カンナの隣に立った少年に、にこりと頬笑む。

「送ってくれて有り難うね、征将君。とっても助かっちゃった」

拝征将は、右目を隠す長い前髪を掻き上げて微笑みを返した。

「気にしないでください。俺達も此処に用事があったから」

少しだけ照れくさそうにする征将少年の肌は、青白い。隣のカンナが健康的に日焼けをしている分、よりその白さが強調される。身長こそカンナより10センチ近く高いが、肉付きがあまり良くないのが服の上からでも分かった。

「でも、びっくりしました。時緒さんがあんなに狼狽えてるの初めて見たから」
「あ、それ私も思った! 時緒さんっていっつも落ち着いてるから、一瞬人違いかなーって思っちゃったし」
「あはは……出来ればもう忘れて欲しいなあ」

向こうから歩いてくる人の邪魔にならないよう、なるべく1列になって歩く。口々に「珍しいものを見た」と言い合う少年少女に、時緒は苦笑するしかない。
恥ずかしさにほんのり目尻を染めつつ、つい1時間ほど前のことを思い出す。地獄堂で『切符』を渡された、その後のことだ。

『列車が出るのは2時間に1本。早く行かんと昼を過ぎるぞ』

言いたいことを言い終え、必要なものを与えるだけ時緒に与えた地獄堂の老人は、そのままさっさと時緒を店から追い出しにかかった。しっしと野良猫にでもするように手を振られてしまえば、時緒も渋々退散するしか無い。
東京駅に行く――『斬島と連絡が取りたい』時緒の願いを叶えるには、どうもそのプロセスが必要らしい。それは理解した。要するに『黒い船』と同じく、東京駅の何処かに来る『乗り物』に乗って地獄まで行け、ということだ。東京駅もそれなりに距離が離れているが、近畿の名も知らぬ山奥まで足を運ぶよりは現実的である。
しかし、此処で問題が発生した。

『東京駅ってどう行くの……?』

時緒は普段あまり上院町から出ないし、それよりも遠出をするときは、主に美麗に連れられ車で移動することが殆ど。要するに、年齢の割に『電車』『バス』といった公共の乗り物を使った経験が極めて少ないのである。
そういうわけで、時緒には『東京駅』に行くための路線がまず全く分からなかった。ついでに言うと、時緒は今時の高校生なら大抵持っているだろう、携帯電話やスマートフォンも所持していない。タクシーの使用も考えたが、東京まで県を2つも跨ぐ距離をそれで移動するのは現実的とは思えなかった。料金はどうとでもなるが、時間やタクシー側への迷惑もある。
そういうわけで仕方なく、取り敢えず駅に行って駅員に聞いてみようと、オロオロしながらも最寄り駅に向かった時緒に、

『時緒さん?』

と、車の中からカンナが声をかけてきたのだ。

『ユキの叔父さんが東北旅行から帰ってくるから、お迎えに行くんです』

出来すぎたドラマのように素晴らしいタイミングの助けだった。良かったら乗っていってください、一緒に行きましょう、と口々に行ってくれた二人の背に、後光が射して見えたのは多分時緒だけだろう。
そんなわけで、少々申し訳なく恥ずかしい気持ちになりつつも、時緒はこうして無事東京駅までたどり着くことが出来たわけである。

「でも時緒さん、東京駅に何の用事? 時緒さんも誰か迎えに来たの?」

旅行じゃないよね? と首を傾げるカンナ。時緒は曖昧に笑みを浮かべた。てつしたちもそうだが、この年頃の子供達は妙なところで鋭い。
征将少年の生まれである『拝家』は、日本有数の術師の家系である。故に征将自身も強い霊力を持っており、その幼馴染みであるカンナも幽霊や妖怪を当たり前に信じている。だから別に誤魔化す必要も、無いと言えば無いのだが……。

「旅行じゃないけど、お迎えでもないよ。ちょっとね、『ひと』に会いに行きたくて」

肝心な所を伏せるのは、あまりこちらのことに興味を持って欲しくないからだ。心配をかけたくないし、万が一でも、自分をきっかけに危ないことになんて巻き込みたくはない。

「なんでェなんでェ時緒、おめー『コレ』でも出来たのかァ?」

不意に、カンナの胸ポケットから低い男の声が響いた。ひょこりと顔を覗かせた、ハムスターサイズの霊獣が、にやにやと目を細めて笑っている。片方の手で、器用に小指だけ立たせているのが何だかシュールだ。

「ちょっと日向! 失礼でしょ!」

顔を赤くしたカンナが怒る。勿論、人通りも多いので『小声で』ではあるが。

「まっさかあ。私にそんな人いるわけないでしょう」

思わず日向の真似をして小指を立て、そしてようやく意味を理解した時緒は、彼女の怒りを余所にくすくすと笑った。

「いるわけねえってこたねえだろ。その年でよォ」
「あはは、日向の基準じゃそうかもね。でもいないよ。出来る予定もないしね」
「年頃の娘がンな立ち枯れたこと言ってんじゃねェっての。おめー、月代とカンナの次くらいにゃ、いーい女だぜ?」
「日向!!」

カンナが今度こそ『大声で』怒鳴った。征将が「しーっ」と慌てて口元に人差し指を立てる。もごもごと押し黙ったカンナの頭を撫でて、時緒はますます笑った。

「そりゃあ、私にも日向や征将君みたいに素敵な人が現れたら良いんだけどねえ」

今度は征将が頬を染める。血色の余り良くなかった頬が、可愛らしい薄紅色になる。
可愛らしいことだと、時緒は眦を和ませる。何だかんだ言って、カンナと手を繋いだまま、当たり前のように並んで歩いている辺りが特に。

「ちょ、時緒さん……!」

思わず2人いっぺんに頭を撫でてしまった。照れながらも拒否しない2人が、とても可愛らしくて堪らなかった。

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