暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 青天霹靂

時として、全く関連のない2つの事象が、まるで磁石のように引き合うことがある。
それは時に因果と呼ばれ、時に運命と称される。偶然とはとても思えない符合や暗示。それが、人間の手の及ばぬ何者かの意図するものであると、きっと誰もが信じたくなるからだろう。

「……何もいないですねえ」

『事件現場』である最後のチェックポイントを見回して、時緒は独りごちた。空気は野外とは思えぬほど淀んでおり、冷や汗が出るほど気持ちが悪い。しかしそれはこの場所に限ったことではなく、イラズの森であれば然程珍しくもない。辺りを幾ら窺ってみても、8年も前の事件の名残など、もはや何処にも見当たらないほどだ。

「戻るか?」
「……はい、此処が最後なので」

地図で通ってきたルートを確認しながら、斬島にもそれを見せる。細かな軌跡は、確かにイラズの森の半分ほどを埋め尽くしている。それを確認した斬島も、納得したように1つ頷く。時緒は少しの間落ち着かずに周囲を見回し何かを探していたが、やがて諦めたようにそっと息を吐いた。

「こっち行きましょう。そうしたら神社の裏手に出るんです。その方が帰りやすいから」
「神社があるのか」
「イラズの森を隔離している結界の1つです。名前も『イラズ神社』といいます」

神社はそこだけですけど、隣接してる学校の敷地とかにはお堂が建ってますよ。などと豆知識を付け加えつつ10分も歩けば、然程大きく無い神社の本殿が見えてくる。鬱蒼とした木々に埋もれるように建つ本殿は、当たり前だが古い木造。ざあ、と見計らったかのようなタイミングで風が吹き、木の葉のこすれる音に紛れて、何やら人の話し声が聞こえてくる。

「……騒がしいな」
「ですね。珍しいなあ、こんな時間に」

田舎の町の、小さな神社だ。縁日などでは町中の人間が来るが、それ以外のときの参拝客はとても少ないというのに。首を傾げた時緒の隣で、斬島は手に持っていたランタンを消した。

「お邪魔しまーす……」

小さく呟いて、石の敷かれた敷地に足を踏み入れる。踏まれた石同士がこすれ、ぶつかる微かな音。

「誰かいるのか?」

突然振ってきた、第三者の声。

「泥棒か? 此処に盗むモンなんか無いぞ……!」

どうしたものか、と悩むところだが、別に疚しいこともないので時緒としては問題無い。ついでに言うなら、この声には聞き覚えがちゃんとある。うっかり攻撃されると困るので、先に声をかけることにした。

「泥棒じゃないですよ、牧原さん」
「へ!?」

本殿と繋がっている拝殿の方から、ゆっくりゆっくりにじり寄ってきていた影が硬直する。白い着物に、浅葱色の袴。少し色の淡い短髪。右手には懐中電灯、左手には竹箒。やや緊張した面持ちでこちらを見据えていたのは、1人の若い神官だった。

「……時緒ちゃん?」
「こんばんは、牧原さん」

ややあって、恐る恐る呼ばれた名前に時緒は微笑む。すると牧原と呼ばれた男は、はぁー、と大きな溜息を吐いて自分の膝に手をついた。

「びっくりさせないでくれよ。ていうか何やってんの、こんな時間に」
「ちょっとお散歩です。牧原さんこそ、まだお仕事ですか?」
「や、仕事っつーか……あれ? 時緒ちゃん1人? さっき誰かと喋ってなかった?」

牧原神官は、独り言のように問いながら辺りを忙しなく見回す。懐中電灯の光が、羽虫のようにあちらこちらを彷徨う。

「……気のせいじゃないですか? 私、1人で此処に来ましたよ?」

いつの間にか隠形していたらしい斬島を眇めた目で見やり、時緒はへらりと笑った。神官とはいっても、牧原に霊感はない。裕介達『イタズラ大王』のお陰で『そういう存在』があることは認識している希有な大人ではあるのだが、わざわざ斬島の存在を教えて驚かせることもないだろう。何より、斬島自身も隠れるつもりのようだし。

「んんー、まあ良いか。それより時緒ちゃん、こんな時間にこんな所で1人歩きなんて駄目だろう。何かあったらどうするんだ」
「何もなかったですよ?」
「そういう結果論は聞いてないの! 大体イラズの森がヤバイってのを教えてくれたのは君たちでしょーが。それに此処だけの話、今この辺り、別の意味で危ないんだよ」
「え?」
「おい、牧原どうした?」
「三田村」

いつまでも戻ってこない牧原を心配したらしく、ふらりと別の影が拝殿の方からやってきた。
どうやら、先程聞こえてきた話し声は、牧原と彼のものらしい。ガタイの大きな、男前だがあまり人相の良くない男。これで長ランなどを来ていれば、いっぱしの不良と呼んでも差し支えのない風貌だ。
しかし彼、三田村豪が身に纏っているのは、町を歩けばよく見かける警察官の制服。コスプレなどでは断じてなく、正真正銘上院町の駅近くの交番に勤める警察官である。ちなみに、階級は巡査だ。

「時緒じゃねえか。何してんだこんなトコにこんな時間で」
「散歩です。三田村さんは?」
「巡回だ。つーかガキが1人でうろついてんじゃねーよ。今この辺マジで危ねぇんだぞ」
「ふわっっ」

徐に伸びてきた大きな手が、わしゃわしゃと時緒の頭を撫でる。キャスケットがぺしゃんこになり、頭の位置を10センチほど下げさせられる程度に強い力だ。慣れないスキンシップに少々慌てつつも、時緒はふと疑問を呈した。

「この辺が『今』危ないってどういうことですか? イラズの森が危ないのは今に始まったことじゃないですよね?」
「わかってて近づいてんじゃねーよ、オメーはよ」
「あいたっ!」

びしっ、と音がするほどの力で放たれたデコピンは痛かった。たかがデコピンされどデコピン。射撃の腕前は全国大会で優勝するほどの実力を持つ三田村巡査は、指弾も相当得意なのだ。要するに指の力が強いので、デコピンも結構強力である。

「……明日には注意喚起に回るから先に教えとくけどな、時緒お前、ニュースでやってんの観てるか? ○○市であった、あー、若い女と家族4人が殺された事件だ」
「! ああ、観ました。容疑者の顔写真が公開されてましたよね」
「それだそれ。でな、その容疑者の男なんだが、そいつがこの付近をウロウロしてたって目撃情報があったんだよ」

通報入ったのは2時間前だけどな。忌々しげに続いた三田村の言葉に、時緒は絶句する。

「えっ……」
「明日には本格的にこの辺も捜査圏内に入る。土地勘のある俺等下っ端も駆り出される予定だ。ったく、明日は非番だったってのによ」
「そう、なんですか……」
「そうなんだよ。オラ、送ってやっから帰るぞ」
「あ、えと」
「遠慮してんじゃねーよ。ほら、もう行くぞ」
「……」

遠慮というか、何というか。どうしようかと肩越しに後ろを振り返ると、黙って様子を見ていた斬島が小さく頷いたのが分かった。青白い面差しには少しばかり困惑が見て取れたが、今此処で話しかけるわけにはいかない。牧原と違って、三田村は霊感ゼロの上に『普通』の人なのだ。

「じゃあ、お願いします」

時緒はそっと視線だけで礼をしてから、三田村に笑みを向ける。任せとけ、と踏ん反り返った柄の悪い警察官の横で、お前何様だよ、と神官が溜息を吐いていた。

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