暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 適材適所

「少し気になったんだが」

ふと、今まで流されるままに子供達と時緒のやりとりを見ていた斬島が、その青い目で順繰りに彼らを見つめた。

「お前達も術師なのか?」

ガキ大将然としたてつし、ふわふわとした雰囲気の良次、そして物静かで利発そうな裕介。三者三様を体現する彼らは、周りを見ればきっとどこにでも居る普通の子供だ。
しかし彼らは斬島の存在に感づき、斬島の『獄卒』という正体も当たり前のように受け入れた。

「おう! 俺等みーんな、地獄堂のオヤジから力貰ったんだ!」

元気いっぱいにてつしが答える。

「あ、地獄堂って言うのは……」
「それは知っている。今日立ち寄った」
「へえ、じゃあオヤジが言ってた客って」

と、また話が脱線しかけたものの、そこはやはり子供。自分達の(あまり人には話せない類だが)武勇伝を語れるとあっては、軌道修正もお手の物である。
彼ら3人が『異界の扉』を開いたのは、まだ5年生になったばかりの頃。いけ好かない大人達やいじめっ子に大層恐れられる『イタズラ大王三人悪』。そんな大仰な名を上院町に轟かせていた彼らはその日、いつものように学校をサボり、小学生相手に喝上げなどという卑劣な行いをした高校生に牛糞(!)を浴びせるという制裁を加えた帰り道だった。
誘われるように立ち寄った地獄堂で聞かされた、町の『二つ池』に現れるという女の幽霊の話。子供ならではの好奇心と、男に殺されて埋められたという女への憐憫。素直な感情の発露に促されるまま、彼らは地獄堂の主に教わった『術』で女を解放した。事件はニュースになり、彼らはちょっとした英雄になると同時に、あまり口外できない『秘密』を胸に抱えるようになった。

「その女の霊は、どうした?」

ひとしきり彼らの話を聞き終えた斬島の声に、少し硬い響きが混じっていることに時緒は気づいた。はて、と首を傾げたのち、彼の仕事を思い出す。
『獄卒』だと言った彼は、今回イラズの森の監査に来ている。イラズの森の怪異がどの程度人に害意を及ぼすのか、森の外であれば問題ないのか、他に異常らしいものは無いか。……ということはつまり、普段もこのような感じで、所謂『現世に影響を及ぼす怪異』についての仕事をしているのだろう。
てつし達が解放した『女』は、何処に行ったのか。男に殺されて埋められて、長い間、誰にも見つけて貰えなかったという、その女は。

「復讐に行ったって……そう聞いてる」
「――、そうか」

注意しなければ気づかないだろうその響きに、てつしが気づいたかと言えばそうではないだろう。但し決して喜ばしいことではないので、彼自身の声と表情にも微かな陰が宿る。
彼らが斬島に咎められるやも知れぬと危惧した時緒だったが、斬島はしかし、てつしを責めることはしなかった。静かに頷いて、ず、と茶を啜る。

「よくやったな」
「え?」
「現世に害をなす亡者や怪異は俺達の管轄だが、ただその場所に縛られているだけの亡者までは目が向けられない。女が解放された後に罪を犯した可能性はあるだろうが、お前達が解放しなければ、彼女は永劫に近くその場所から動けなかっただろう」

そうであれば、転生の救いも、或いは犯したやも知れぬ罪への罰も絶望的になる。彼らの行動は少なくとも、縛られるだけの彼女に『道』を作ったのだ。

「亡者の罪を止めるのは俺達の仕事だ。お前達ではない」

よくやった。もう一度そう言って頷く斬島の、伸びた背筋が美しい。ぽかんと彼を見上げた3人は、殆ど同時に、照れくさそうに破顔した。

「何か、斬島の兄ちゃんに褒められると照れるな!」
「わかる! ちょっと竜也兄っぽいし」
「あー確かに、雰囲気はちょっと近いも」
「? 誰だ?」
「俺の兄ちゃん! すっげーかっけーんだ!」
「かっけーし、頭もいいし、喧嘩もチョー強ぇの!」
「1年の時から上院中の番長やってるもんな」
「ほう」

似てる似てる、と頷く三人悪につられて、時緒もふと頭の中で『竜也兄』――てつしの実兄だ――と斬島を比較してみる。あまり癖の無い黒髪短髪。そして切れ長の瞳。しなやかな若木を思わせる体つきとかんばせ。あまり喋らず、いざというときは不言実行のタイプ。
――成る程。実際はまだ中学2年生とはいえ、大人顔負けの貫禄と色気を持つ金森竜也は、確かに斬島と印象が似ているかも知れない。

「そういえば、竜也君にも暫く会ってないなあ。……元気にしてる? また大きな怪我とかしてない?」
「おう! 今はぜんっぜん平和だってさ!」
「隆海兄ちゃんの件も解決したしな」
「あ、あのね斬島兄ちゃん。隆海兄ちゃんっていうのは……」

子供の話題は縦横無尽。特に彼ら3人は、あまり人には大っぴらに出来ない『大活躍』が沢山胸の内に溜まっている。「知らなくても良いことがある」「知らせてはいけないこともある」と普段は弁えている彼らも、やはり『武勇伝』を自慢できるものならしたかったのだろう。
そういうわけで、『ダイバー』という超能力を持っていた、神野隆海という竜也の同級生の話を皮切りに、話題は三人悪の活躍へと移り変わっていく。

「『斬島兄ちゃん』って長いからきーちゃんでも良い?」

……などと、途中で良次が爆弾を落とすこともあったが(良次のネーミングセンスの無さには定評がある)。

「で、うちのクラスに吉本ってやつがいてさあ」

クラスメートに取り憑いて『翳』を喰らっていたアヤカシを倒した話。
古い家の座敷牢に閉じ込められていた女の霊の話。
金に執着する余り息子に殺された男と、彼が集めていた金の付喪神の話。
『イヌガミ』という生き物と、連れ合いを亡くしたその生き物を受け入れた少女の話。その少女の幼馴染みで、高名な霊能力者の家系に生まれた少年の話。
神隠しに遭ってしまった同級生を、神の国に出向いて助け出した話。
3000年の永きにわたって封印されていた、セイネレスの王女を救った話。
フランスから来た、魔女の血を引く同級生の話。
普段はヨーロッパで活躍している、実年齢49の『超』若作りかつ一流の霊能者の話。

「改めて並べると凄いねえ。これだけで何処かの霊能者組織に入れそう」

一般レベルであれば一生体験しないかも知れない、そうそうたる冒険譚だと、時緒も笑うしかない。彼らの話す話題は、時緒が既に話に聞いたり、或いは自身も関わった体験ばかりだが、それでもいざ並べてみれば圧巻の一言に尽きる。
時緒ですらこれだから、初見の斬島にはもっとインパクトがあっただろう。終始興味深そうに、しかし言葉少なに彼は子供達の話を聞いていた。

「……あー」

しかし、こうやって夢中になって喋っていると、時間が経つのはとても早い。話題が、彼らが3度に渡って戦った『死神』の話に移ろうとしたところで、とうとう時緒のストップが入った。

「みんな、お喋りはそのくらいに。もうそろそろ日付が変わっちゃう」

「明日も学校でしょう?」という『時緒姉』の一言で、イタズラ小僧達は揃って「えーっっ!?」ブーイングを上げたのだった。

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