暗き森にも光は射すか | ナノ


▼ 興味津々

「え、鬼!? お兄さん鬼なの? 角は!? 角無ぇの!?」
「刀かっけー! なあこれ本物? 本物だよな? 触ってイイ?」
「成る程。通りで見たことない軍服だと思った……てっちゃんやめなよ、それ多分妖刀」
「ふお!? マジか椎名!」
「妖刀って天臨丸みたいな!? すげー! かっけー!」
「天臨丸は神剣だって。これは妖刀、どっちかっていうと『鎌鼬』の仲間」
「へええ……でもかっけー。なあなあ、ほんとに触っちゃ駄目? 駄目? ……ちぇー」

嗚呼、やっぱりこうなった。
勢いに飲まれて5人分のお茶を用意しながら、時緒は申し訳なさに溜息を吐く。肩越しに向けた視線の先では、数時間前隣の部屋に入っていった子供が3人、斬島を取り囲んで質問攻めにしている。
斬島の刀に興味津々のてつし、制帽を取った頭を見上げて心なしかがっかりしている良次、そして興味深そうに一歩離れて観察している裕介。斬島は相変わらずの無表情だが、瞳の動きがやや不安定で、混乱しているのが伺える。……混乱というか、『困惑』と言った方が正しいだろうか。

「みんな、少し落ち着いて。そんな一度に言われても困っちゃうでしょう」
「あ、時緒姉」
「ほら、座って座って。はい、お茶。お菓子はこっちね。豆大福だけど」
「やった! いただきまーす!」
「いただきます! あ、俺このデカイのな!」
「はいはい。……あ、裕介君もどうぞ」
「ありがと、時緒姉」

子供というのは基本的に甘味が好きだ。この3人は時緒と同じで少々特殊な経歴を持ってはいるものの、やはり子供である。好き嫌いがさほどある方ではなく、あんこも好物だ。菓子鉢に盛られた豆大福を、子供の小さな手が3つ、我先にと取り上げる。

「斬島さんも、どうぞ」
「ああ、すまない」

少しだけ粉の付いた豆大福を、斬島の手が掴む。子供の手の平と同じくらいの大きさのそれは、大人の男の手の平ならばすっぽり覆い尽くせるほどだった。

「それにしても、何で私と斬島さんが一緒に居るって思ったの?」

時緒は一番最後に残った、一番小さい豆大福を取り上げつつ尋ねる。はむ、と囓れば、ほのかに甘いあんこと、もっちりとしたガワが、僅かに塩気のある豆の味と一緒に何とも言えないおいしさを醸し出した。

「そりゃ分かるよ」

もむ、と小さく囓った豆大福を呑み込んだ裕介が言う。

「時緒姉、俺達がそのヒト……斬島さんの話したとき、ちょっと挙動不審だっただろ。目ぇ泳がせてたし、相槌に間があったし。あと、『買い物行く』って言ってザック背負ってくのは無い。いつもエコバッグ持ってくじゃんか。それから、普段の私服はスカートメインなのに、ジーンズ履いてるのも違和感あった。上着も、普段はもっとだぼっとしたのが好きだろ、時緒姉は。てっちゃんやリョーチンはさておき、隣に住んでる俺相手に誤魔化せる訳ないよ」
「あうち」

従兄弟殿の完膚無きまでの返答に、時緒は少々項垂れた。そこまで追求されないだろうと高をくくっていたのだが、目敏い裕介には通用しなかったらしい。
流石は『三人悪』のブレーン。時緒は苦笑を浮かべるしか無い。そんな従姉妹から視線を外した裕介は、「でもまあ」と改めて斬島を見る。

「流石に獄卒ってのは予想外だったかな。正直、雰囲気が『死神』に似てるなとは思ってたけど。何か意識ハッキリしてるし、幽霊っぽくもないし」
「あ! それ俺も! 俺も思った!」

何か似てるよな! こう、何か、シーンとしてるっていうか、キーンって感じ! と、一生懸命身振り手振りで説明してくれる良次には悪いが、正直よく分からない。分からないが、『死神』の定義が明確に頭の中で定まっていれば、「ああ、何か分かる」と納得しなくも無い。そして直情型のてつしに至っては、裕介の言葉よりも擬音の多い良次の感想の方が分かりやすいらしかった。
ちなみに何故、夕刻時には見えなかった斬島の姿が彼に見えているかというと、現世に影響を与える(現世のものに触れる・食事をする等)ために実体化しているからだという。というか、意図して姿を隠そうとしない限り、獄卒は徒人の目にも見えるし、手で触れることも出来るのだそうだ。

「獄卒の身体は、人間と然程変わらないからな」

とは斬島自身の弁であるが、果たしてその『然程』がどの程度なのか、時緒達の考える『然程』と同じくらいなのかは不明である。

「ところでさあ」

ずず、と有田焼の湯呑から茶を啜った裕介が、切れ長の瞳で時緒を窺う。彼が食べている大きめの豆大福は、既に半分ほど無くなっていた。ちなみに、隣のてつしの手の中には、既に大福の粉が少し付いているだけだ。

「その獄卒と時緒姉が、何で一緒にいんの?」

予想の範囲内ではあるものの、出来るだけ聞いて欲しくなかった問いである。時緒はそっと心の中で苦笑した。自分の詰めの甘さが原因とは分かっているものの、『イタズラ大王の参謀』の名に恥じぬ慧眼だと、内心でだけ自身の従兄弟に舌を巻く。

「斬島さんがね、お仕事でイラズの森を見回りしてるの。で、土地勘のある私がそれを手伝うことになったっていう」
「イラズの森の!?」

イラズの森。その単語に3人は同時に目を剥いた。

「何やってんだよ時緒姉! あぶねーじゃんか!」
「そーだよ! 地獄堂のオヤジだって迂闊に近づくなって言ってんのに!」

ブーイングを上げるてつしと良次。1人無言の裕介だが、しかしその目は厳しい。責められている、というのがありありと分かる目つきに、時緒はもう苦く笑うしかない。

「大丈夫だよ。別に特別危ないことはしてないの。そりゃ森にもちょっとは入るけど、『異常が無いか』って見てるだけ。おじいちゃんも知ってるし、だからそんなに危なくもないし、結構退屈なくらいなんだ」

と、時緒がぱたぱた手を振りながら言うと、食ってかかっていた2人は「ふーん」と一応の納得を見せたようだ。失礼だが、3人の中でもこの2人は良くも悪くも子供らしいので、こちらがきちんと筋道立てて説明すれば、それなりに納得して引き下がることも多い(勿論、己の正義やポリシーに反することには容赦しないが)。そして子供らしく冒険心にも溢れているので、『面白いことは何も無い』と察すれば、興味をなくすことも少なくない。
……問題は、残り1人だ。

「裕介君?」

最後に残った裕介は、無言でじっとこちらを観察する。時緒はその、文字通り『見透かすような』視線を向けてくる漆黒の瞳に、ことりと首を傾げて見せた。そしてそのまま、見つめ合うこと数秒。折れたのは裕介の方だった。

「……分かった。一応納得しとく」

ふう、と小さく嘆息した従兄弟殿は、見るからに「仕方ないけど」と言わんばかりだ。まるでこちらの方が我が儘を言っている気がしてしまうものの、此処で慌てては元の木阿弥。
時緒はやんわりと微笑んで、従兄弟の『懐の深さ』に感謝を示した。

「有り難う、裕介君」
「別に、お礼言われるようなことしてないし」

大きく口を開けた裕介は、、勢いよく手の中の大福にかぶりつく。半分ほど残った豆大福が、更にその半分になった。

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