渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
なじみゆく

「山一さん、そこにあった書類ならもうコピーして配りましたよ」
「あらっ、有り難う!」
「それから備品の補充についても発注書書いておきました」

明音の勤める公立小学校に、文字通り『鬼』の臨時事務員がやってきて早3日が経過した。
加々知鬼灯と名乗った彼は、それはもうものの見事に職場に溶け込み、コピー取りから書類の作成まで八面六臂の活躍を見せていた。
テキパキテキパキと、もう音がしそうなくらい手際よく、不慣れな様子など3日経った今はもう見せないに等しい。

「主任、此処間違えてますよ」
「うおっ……ああ、本当だ。すまんな加々知君」
「いえそれは別に。それより私の机にさりげなく自分の仕事混ぜないでください」

ついでに言うと、あまりにもあっさり溶け込んだ理由をもう1つ挙げるなら、彼の歯に衣着せぬ物言いだろう。決して礼儀がなっていないわけではない……寧ろ若い者としては(鬼であるわけだから、実際は見た目より相当生きているのだろうが)珍しいほど礼儀正しい。所作もきちんとしていて美しいし、きちんと教育を受けたことが伺えた。
しかし、彼は言うべきことを物凄くハッキリ言う。今の主任に対しての物言いもそうだし、公私混同は避けるから、一部のおばちゃん事務員や女教師からのお誘いもお断りしている。そしてこの間などは、「事務員なんて使いっ走りでしょ」とばかりに、口を開けば嫌味と雑用の押しつけばかりの評判悪いおばさん先生に向かって「人を顎でこき使って肥え太る暇があるなら自分で動いたらどうですか」などと言い放ち、事務員とその場に居合わせた教員から拍手喝采を貰った程だ。ちなみに授業中だったので、児童達による噂などは立っていない。

「蘇芳さん、ぼーっとしてる暇があったら手を動かしなさい」
「あ、はい」

とかなんとか考えているうちに、手を止めていた明音もまた軽い叱責を食らってしまった。すいません、と素直に頭を下げてPCに向き直る。ふう、と小さく加々知が溜息を吐いたのが聞こえた。
こういう態度を、普通、新入りが取るのは不適切だとは思う。明音は外見的にも明らかに加々知より年下だが、それでもこの職場では明音の方が先輩だ。しかし、加々知のあまりにも堂々とした態度は、一切そのあたりに疑問を持たせない安定感を有している。彼の言うことやることが的確すぎることも勿論そうだが、周りがそれを疑問に思わないというのは少しばかり異様でもある。

「加々知君、明音ちゃん、お茶飲むー?」
「はい、頂きます」
「有り難うございます」

アットホームな事務室で有り難いのが、あまり上下関係が無いことだ。此処ではお茶を飲みたくなった人が、その場で欲しい人の分を煎れる。主任もそれは同じだ。明音などは最初そのようにされて大層困惑したが、新入りの加々知がそこに違和感を持っている様子は無いのは、やはり少し不思議な光景だ。
もしかしたら彼は、鬼の中でも偉い人、もとい偉い鬼なのかも知れない。少なくとも目下のものがいて、その扱いに慣れていることは間違いなさそうだ。
氷のように表情を殆ど動かさぬ加々知はいつも落ち着いていて、その物腰が明音に余計そんなことを思わせる。

「とう」

ずびしっ

「げふっっ」

不意打ちの 帳簿で一突き 地味痛い(詠み人:蘇芳明音)

「蘇芳さん、私がつい49秒ほど前に行ったことをもう忘れましたか」
「す、すみませぇん……」

狙い澄ました脇腹への、薄いが厚紙を使用しているせいで硬い冊子による一撃。一瞬息が止まった後、嫌な痛みが走った。

「加々知さんの鬼……」
「鬼です」

よりによって骨のないところを的確に狙ってきた加々知は涼しい顔をしている。明音は深々と溜息を吐き、目尻に浮かんだ涙を拭ったのだった。

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