渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
けんき

蘇芳明音は、少々特殊、とまではいかないかも知れないが、それでも多数派かと言われれば決してそうではない生い立ちと能力を持っていた。
生い立ちのことについては後述するとして、能力。それは記憶力が凄まじいだとか、運動能力が飛び抜けているだとか、そういう第三者にはっきりと証明できるものではない。寧ろ本人以外にはそれが『真』であることが証明できないため、仮に公表したとしても、多くの場合で狂言や病気扱いされてしまうこと請け合いなものである。

幽霊、妖怪、はたまたそのどちらでもない何か。

所謂『物体』としての肉体を持たないもの。持っていたとしても、それを何らかの方法で『隠す』ことが出来るもの。多くの人間の目には、本来であれば触れることのないもの。
明音の目には、そういう『この世ならざる者』を、自らの世界に認識させることが出来た。同じように明音の耳は、そういう『彼ら』が発する怨嗟の声や、嘆きや、はたまた愉悦の笑い声を脳に響かせる。そしてたとえ視界に映らず、物音を立てていなかったとしても、明音の身体は『彼ら』の持つ不思議な『寒気』によく反応した。
物心ついたときからそんな風だったから、今更その目に『何』が映ったとしても、明音はさほど動揺はしない。『彼ら』の中には、視える明音にちょっかいを出してくる者も少なくなかった。そういう類の輩には困らされることも多くあったが、そういった経験は、明音を逆に酷く鷹揚な性格に育てた。余程目に余るようなことをされなければ、多少の悪戯くらい大目に見るくらいには。

「だから別に、今更事務員のふりする鬼がいても、まあ良いかなっていうか」

別に悪いことするつもりないんですよね?
こてん、と首を傾けた明音に対し、彼……加々知は「まあ」と缶コーヒー片手に頷く。

「それはそうですね。ただの視察目的ですし」
「しさつ?」
「いえ、こちらの話です」

きっぱりと追求を切り捨てた彼、加々知は、そのまま話題そのものを変えようとしてか、それとも純粋な興味からか、「それにしても」と新たに口火を切った。

「私、一応薬で角は消していた筈なんですが……そんなにはっきり角が見えたんですか?」
「? はい、でも皆何もリアクションしなかったから、逆に本物なんだなって」

本当に誰にでも見える角の玩具なんてつけて登場したら、あのおばちゃん達も主任も、校長先生も黙っていなかっただろう。明音がこっくり頷くと、加々知はふむ、と顎に手を当てた。

「本物の『見鬼』ですか。それも随分強力な……。そういう血統でもないようですが、今の時代には珍しいですね」
「けんき?」
「ざっくり言えば、貴方のように所謂『霊感がある』人のことです」

まあ、私達の姿そのものは見鬼でなくては認識できる筈ですが。
ずず、と珈琲をすすって、まじまじと明音を見つめる加々知。何というか、動物園のパンダがいつも見られているような目で見られるのがわかり、さしもの明音も少しばかり居心地が悪くなった。

「まあ何にせよ、黙っていて頂けるのは有り難いです。私としても余計な騒ぎを起こしたくはないので」
「……言いませんってば」

余計な騒ぎ、というところで、加々知の、そのお世辞にも大きくはない両目が、更にすうっと細められた。鋭利な刀の切っ先のようなそれに、明音は少しだけ怖じ気づく。
この反応は、過去に何かあったのだろうか。明音は少しだけ気になったが、敢えて何も聞くことはなかった。見たところ言葉遣いは丁寧だが、この青年は恐らく相当に喧嘩っ早い類である。流石に女の明音をいきなりぶん殴ったりはしないだろうが、渾身の力でデコピンくらいはしてきかねない。

「兎に角、これから1ヶ月よろしくお願いします。蘇芳さん」

きちんと腰を45度折る加々知の礼は綺麗だった。ぴんと背筋が伸びていて、頭の垂れ方も様になっている。
明音もにっこり微笑んで、同じように頭を下げた。

「はい、こちらこそお願いします。加々知さん」

キーンコーンカーンコーンと、チャイムの音が響く。昼休みの終わりの合図だった。

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