渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
りんじじむいん

『彼』について最初に目に付いたのは、その高い身長でもなければ、黒を基調とした、けれどちょっと変わった墓石の絵があしらわれたパーカーのデザインでもない。そして、涼しげな、というよりも『寒々しい』ようにすら感じる、整った美しい顔立ちでもなかった。
否、もう少し広い意味で言えば、明音の目は確かに、『彼』の顔に目を奪われていた。しかし誤解を免れないように詳細に説明すれば、明音は彼の『顔全体』ではなく、顔の一部、そこから外れるか入るか微妙なラインの箇所を見つめていた。
そこは額。左右の真ん中で、丁度前髪の生え際辺りのところ。そこから白く真っ直ぐ伸びる、長さは5、6センチだろうかという、一本の……。

「角……?」
「!」

そう、角。紛れもない、それは角だった。作り物とはとても思えない、継ぎ目もない、真っ白な骨のようにも見える。
まじまじと見つめる明音に、『彼』は一瞬目を瞠った。けれど動揺を表に出したのは一瞬だけで、その後はまるで「厄介な奴がいた」と言わんばかりに顔を顰めた後、「何か余計なこと言うんじゃねェぞ」とばかりにメンチを切ったのだった。



始まりは、11月に入って少ししてからの始まった、現場の常にない忙しさだった。
あと2週間もすれば12月という時期。12月と言えば、世間一般では『師走』とも呼ばれる、一年の締めくくりの月である。
師走とは読んで字の如く『師(坊主)も走る』という意味であり、普段は走ったりしないお坊様でも走らなければならないほど忙しい月、ということ。翌年に今の忙しさや煩わしさを引き摺らないように、或いはその前のクリスマスに備えて、誰も彼もが慌ただしく駆け回る時期だ。
明音の勤める公立小学校にも、その12月を目の前に、当然その波は襲ってきていた。年末年始に向けて、教師は当然忙しくなる。受験する生徒を受け持つ6年生の担任がトップクラスだが、それでも年末のテスト作成だとか、成績表のあれこれだとか、あとは保護者会に面談エトセトラ。教師がそんなだから、当然彼らの補佐をする事務員も忙しくなる。プリントの印刷に書類の整理、掲示物の張り替え、保護者会の会場となる教室の整理。日々てんてこ舞い、という程ではないが、それでも普段は定時上がりばかりの職場が、この時期はそれなりに残業が増えてくる。
更に今年は、ベテランの女性事務員の1人が、七年ぶりの産休に入ってしまったことで、例年よりも更に忙しくなってしまった。本当なら臨月の少し前から休みに入る予定だったのだが、悪阻などが思ったより酷かったために、予定より半年近く早い産休となってしまったのだ。当然引き継ぎも完璧には行われなかったため、現場は更にてんやわんやである。

「せめて、新入りでも良いからあと1人居れば……」

なんて囁きが先輩の同僚から聞こえてきたことも、一度や二度ではない。そして明音自身は口にしたことはなくても、似たような思いは抱いていた。
年越しまであと一月。それまでとは言わないから、あと1人。せめて冬休みが始まるクリスマス翌日まで居てくれれば。
そんな現場の切実な願いを、評判の良いサンタクロース(と書いて校長先生と読む)が聞き届けてくれたのは、11月27日のこと。

「来月27日までの契約で、臨時の事務員を入れることにしました」

おもむろに教師・事務員の朝会でそう言った校長先生に、事務員全員が喝采を送ったのは当然のことだった。そしてその事務員が、まだ30前後の若い男であると知ったときの、他のおばちゃん事務員達のはしゃぎようは凄かった。校長先生は『若い男』とは言ったものの、『イケメン』とは一言も言っていないにもかかわらずである。

「フィギュアの羽○君みたいなのが来たらどうしましょ〜」
「あたしはテニスの○織君がいいわぁ!」

などと、時折仕事の手を止めてまできゃいきゃいし出すのだから困ったものである。そんなとき、明音は彼女たちが止めてしまったプリントのホッチキス止めを続けながら、同じく置いてきぼりになってしまった主任(50代男性)と苦笑し合うのが常だった。

「はいはい静かに。臨時事務員さん紹介しますよー」

そして12月1日。とうとう新しい事務員(と書いて助っ人と読む)が来るとのことで、7人しかいない事務員達は主任含めて少しばかり浮き足立っていた。
7人……今日から8人の大人が使うには、少しばかり手狭な事務室の扉越しに、「入ってきてください」と言われたらしい人影が、がらっと扉を開けてその姿を見せる。

「あらぁっ、イケメン!」
「正統派が来たわねっ」

入ってきたのは、黒いパーカーにカーキ色のズボンを身に纏った、少し年齢の分からない男性だった。高い身長は恐らく180はある。一見細身に見えるが、なよなよとした印象はない。切れ長で涼しげな目元は、目つきが鋭く刺々しい。少し荒れているようだが出来物などのない肌、薄い唇。特別目を引く特徴はないが、流行り廃りのない、いつの時代であっても中の上以上には評価されるだろう顔立ちをしている。おばちゃん事務員の一人が言った『正統派』というのはそういうところから来ているのだろう。

「今日から1ヶ月一緒に働いて貰う、加々知君です」
「加々知です。よろしくお願いします」

しかし明音は、彼のその端正な顔立ちでも、はたまた『BOSEKI』というロゴと、本当に墓石のイラストが描かれた変なパーカーでもなかった。彼の額に一本、真っ直ぐと点に向かって伸びている、細い角。明音の目に飛び込んできて、視線を掴んで離さないのは、そこだけだった。

「角……?」
「!」

そして、時間軸は冒頭に戻る。

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