渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
みつだん

「恐らくある程度の予想は出来ていると思いますが」

程なくして運ばれてきた海藻サラダを受け取り、ついでに焼き鳥盛り合わせと刺身盛り合わせ、更には焼きおにぎりを頼んだ加々知が淡々と言葉を紡ぐ。彼は自分の箸で海藻サラダをごっそり取り、残りを明音の方に差し出した。

「私が聞きたいのは、あの学校で当時起きたという『事件』です」
「あ、やっぱりですか」

予想の範囲内どころかど真ん中だ。加々知の前置きの通り、明音も顔色一つ変えずに小さく頷いた。海藻サラダをたっぷり小皿に盛って、しそ味のドレッシングで和えて食べる。みずみずしく歯応えのある海草は普通に美味しかった。お酒が進む。

「あまり飲むことに集中しないで貰えますか」
「アッハイ」

今夜も加々知は無表情のくせに不機嫌になると大変分かりやすい。それでも明音は空にしたお猪口を再び酒で満たし、ぐ、と勢いよく煽った。熱燗は熱を持っているうちに飲まないと勿体なくて仕方ない。

「……あれ? でも」
「何ですか?」
「加々知さんは地獄の鬼っていうか閻魔大王の部下で、地獄っていうと死後の裁判とかあるんですよね? だったらほら……閻魔帳でしたっけ? そういう生前のこととか色々分かるアイテムあるんじゃないですか?」
「蘇芳さんのくせに珍しく勘が良いですね」
「どういう意味ですか」

ジト目で加々知を睨む明音。「そういう意味です」と何の衒いもなしに解答する加々知。大変腹が立ったのでもう一言くらい何か言ってやりたい気持ちになったが、話が進まないので明音はぐっと悔しさを呑み込んだ。
私えらい。私ちょう大人。必死に自分で言い聞かせるのが、何だか少し切ない。そしてもう少し余分に悔しくなる。

「その質問ですが、答えは『是』です。まず私が勤める閻魔庁には浄玻璃の鏡というものがあります。これは現世のリアルタイムな情報や過去の出来事を見ることが出来る鏡で、亡者の生い立ちや所行を確認することに使います」
「おおーっ」

それは凄い。しかしそんな鏡を使われた日には、自分の過去はこの鬼神を初めとして様々な者の前で丸裸になるわけで……。

「……こういう意味で死ぬのが怖くなるとは思わなかった」
「せいぜい多少の悪行に目を瞑っても差し障りの無い善行を積んでください」
「人ごとだと思って!」
「人ごとですよ。鬼ですし」
「そうでしたね!」

悲鳴染みた声で思わず喚くと、「近所迷惑ですよ」と顔を顰められた。誰のせいだというツッコミは例によって毎度のことなので割愛する。明音はタイミング良く運ばれてきたホッケをむしゃむしゃと咀嚼した。こんな時でもご飯は美味しい。そして酒も美味しい。

「熱燗もう1つお願いしますー」
「かしこまりました」
「明日大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってますこんくらい!」

ぐ、と温い酒を煽り、ホッケを食べる。一緒にやってきた焼きおにぎりを(勿論一言断って)ひとつ貰い、一口で半分を食べてしまった。

「うんまっ」
「よかったですね」
「美味しいは正義ですよっ!」
「それは同意します」

食事が美味しくないと明日の活力が沸きませんからね。淡々と、しかししっかり頷いて明音に同意した加々知も、むしゃむしゃと焼きおにぎりを頬張っている。食欲旺盛な彼は、何だかんだでポテトもサラダも明音より沢山食べていた。

「……そろそろ話を戻しても?」
「アッハイ」

脱線したのは明音のせいだけでも無い気がするのだが、そんなことを言う勇気は無いので例によってお口チャック。最近自分がとみに我慢強くなった気がする明音だったが、それを喜ぶような余裕はなかった。

「現世の過去を探ることは、確かに私の立場と権利、そしてきちんとした理由があれば難しくありません。しかしそれはあくまで閻魔庁……地獄にいればの話です。今の私は『閻魔大王第一補佐官・鬼灯』ではなく『××小学校事務員・加々知鬼灯』であり、人間として現世にいます」
「あ、鬼灯は本名なんですね」
「続けますよ」
「いえっさー」

ホールドアップ。好い加減話を遮られることに飽きたらしい加々知は、物騒にもサラダを取り分けていたフォークの切っ先をこちらに向けてきていた。これ以上ふざけると本当にこれを投げられるか刺されるかしそうだったのは此処だけの話である。

「現世と地獄、というかあの世との行き来には、それこそ海外への渡航制限並みかそれ以上の規制があります。特に私のように『この世にいないのが正しいもの』が現世に行くには大変入念な手続きと審査があるんです。そして、それは現世からこちらに戻るときも基本的には変わりません」
「戻るだけなのにですか?」
「現世で出来心を起こして盗みや他の犯罪を犯す鬼もいるんですよ」
「うはっ」

それは恐ろしい。明音も『視える』人間であるから、時々妖怪や幽霊が洒落にならないことをやらかす場面は見たことがある。そのときは「見えないからって本当やりたい放題するんだなあ」程度の認識だったのだが、彼らにも一応制限はかかってるということか。

「ただでさえ私は今現世視察の真っ最中。貴重な期間を地獄へ戻って消費する訳にはいきません。本当に必要であれば部下に連絡を取るなりしますが、いかんせん地獄は今深刻な人手不足でしてね」
「ああー……まあ人口多いですもんね、日本」
「裁判が長い人も多いんですよ。世界一の長寿国ですからね」

はあ、と嘆息する加々知には紛れもない疲れが見えた。普段はしゃんとしている印象が強いのだが、酒の席だからか少し気を抜いているらしい。此処にいるのが事情を知っている(勿論詳しくではないが)明音だけ、ということもあるのだろうが。

「そういうわけですので、情報は出来るだけこの場で集めたいんです。蘇芳さんは当事者というわけではなさそうですが、先日の言動からするとある程度の事情は知ってますね?」
「……まあ、そうですね。一応は」

視線を何となく横に流して、感情の読めない加々知の瞳から目を逸らす。誤魔化すように毟ったホッケは相変わらず美味しかったが、あまり噛んで味わうことが出来なかった。

「けど、私も話を聞いただけですし、見方としては結構偏ってると思いますよ? なんせ当事者にあんまり良い印象はないですから」
「『事件』の当事者はあの学校にまだいるということですね」
「そうです。ていうかその事件自体起こってまだ10年経ってないんですよ。この辺の公立小中学校って、事務員は5年くらいで別のトコ行ったりしますけど、教員って新任とかよっぽど問題起こさない限りは10年くらい同じガッコ居座りますから」

それはつまり。

「これ以上勿体ぶるのもアレだし、もう先に名指ししちゃいますね。――刺草先生なんです、その『事件』の当事者って」

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