渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
わるがき

「明音姉ちゃんがデートしてる!」
「デート!? 姉ちゃんデート!?」
「明音ねえちゃんきたー!」
「ねーちゃんその人だれー?」

女三人と書いて『姦しい』なら、子四人と書いて『やかましい』という字があっても良いかも知れない。そんなことを考えながら明音はわらわらと群がってくる男児4人の額を順番にぺしぺしと引っぱたいた。

「デートじゃない! あと煩い!」
「いってえ!」
「姉ちゃんいてえ!」
「痛くしてんだから当然! っていうかお客さんが来てるんだからまずご挨拶でしょうが!」

礼儀のなってない子はもう一発! と、今度はデコピンを4連発。痛い痛いとひとしきり満足するまで悲鳴を上げた後、団子のように丸まった背筋を伸ばした子供達は、「こんにちは!」と元気の良い声で挨拶で唱和した。

「こんにちは、元気が良いですね」

子供が元気なのは良いことです。と、何か満足げに頷く加々知。別に普通の意見なのだが、彼が言うと何となく含みがあるように聞こえるのは気のせいだろうか……と、明音は思った。勿論口には出さなかったが、

「何か?」
「へっ!? 何がですか!?」
「ああ、何もないなら良いです」

何故この男はこんなに察しが良いのだろう。思わずドン引く勢いだ。つり上がった一重の眼は、幸いすぐに明音から逸らされた。明音はそっと安堵の息を吐く。

「この人はね、加々知さん。うちの学校の臨時事務員なの」
「りんじじむいんー?」
「ちょっとの間だけお仕事を手伝ってくれる人ってこと」
「ふーん」

自分で聞いておいて、面白い答えでないと途端に興味をなくすのは多くの子供の特徴である。しかし彼らは加々知自身には何か興味が引かれるらしく、「なー兄ちゃん」とやけにフランクに話しかけている。

「兄ちゃん、ほんとに姉ちゃんの彼氏じゃねーの?」
「全く違いますね」
「ほんとかー?」
「本当です」
「ちぇー」
「なーんだ。つまんねーの」

駆け寄ってきた4人のうち、年長の2人が不満げに唇を歪める。少し膨れたその頬を、明音はむんずと指で掴んで捻った。

「いててててて!」
「ねえひゃんひはひー!!」
「痛くしてんの! いつまで彼氏ネタで引っ張んのあんたらは!」
「らってぇー!」
「だってじゃない! 加々知さんもだけど私にも失礼でしょうが!」

ぎりぎりと満足するまで頬を抓って、ようやく話してやる。ひたすら抓られた少年達は「明音姉ちゃんのバーカ!」「覚えてろ!」という、まるで今時子供向けアニメの悪党くらいしか吐かなそうな捨て台詞を吐いて逃げていく。

「やんちゃですねえ。ああいう子供は好きですよ」
「え、そうなんですか?」

明音は少々瞠目した。これは意外。地獄の鬼だという彼なら、もっと礼儀正しくて大人しい、品行方正な子供の方が好きそうなのに。

「ええ。ああいう元気の良い子が無茶苦茶やらかすのは見ていて好きです。将来も色々ぶっ飛んだことやってくれそうですしね」
「型破りな方が好きなんですか? いがーい」
「そうですね。悪ガキが大人の予想も付かないことをやらかすのは面白いです」
「あ、それはわかるなあ。たまにやらかしすぎてテメエこの野郎って思いますけど」
「やりすぎた悪ガキにお仕置きするのが大人の仕事ですよ」
「そりゃそうですけどね。けど、ほんっと目が離せないったらないですよ。隙あらば女の子のスカート捲るようなガキは野放しに出来ません」
「ああ、そういう方向性もあるんですね。あの子たち。蛙の尻にストロー刺して遊んだりしてませんか?」
「2年くらい前にやろうとしてるの見つけて拳骨落としましたよ」
「レトロな子達ですねえ」

昔に比べて今の子供は元気がないと言いますが、やはりそうでもないようです。
うんうんと頷く加々知に「へえー」と相槌を打ちながら、明音はその場において行かれた2人の子供(2人とも本当なら幼稚園に通っている程度の年頃だ)の手を引いた。怒られるのか、と少し身体を強張らせた子供達の頭、はたいた額の辺りをよしよしと撫でてやる。

「神父様を探してるんだけど、知らない?」
「しってる!」
「ごはんのおへやにいるよ!」
「? あれ、ご飯の時間もう終わってるよね?」

『ごはんのおへや』――もとい食堂は、子供の怪我とつまみ食いを防止するため、必要な時間以外は鍵がしまっている。そして他の場所は知らないが、この院はたとえ土日だろうと、朝ご飯は6時からと決まっている。現在時刻は8時30分少し前といったところで、流石に片付けも終わっていると踏んできたのだが。

「みーがすききらいしてたから」
「にんじんたべたくないって。だから神父さまいっしょなの」
「嗚呼、なーるほど」

あどけない声で教えてくれた2人に「ありがとねー」と頭を撫でてやれば、彼らはぽっと頬をピンク色に染めた。可愛い可愛いと、明音も笑みを零しながら更に頭をくしゃくしゃにしてやる。

「あの悪ガキ共もこんな可愛げがあればねえ……」
「可愛げがないから悪ガキなんですよ」
「知ってますよそんなん。……よし、ありがとね2人とも。ちょっと食堂顔出すわ」
「うん!」
「明音ねえちゃん、あとであそんでね!」
「はいはい。何で遊ぶかちゃんと考えててちょーだいよ」

姉ちゃんもう昔の遊び覚えてないからさー。けらけら笑う明音に手を振って、2人の子供は走っていく。先程の悪ガキが走っていたのと同じ方向だ。あちらには、慈善団体などから寄付された、少々古い絵本や玩具が置かれた『あそびのへや』がある。

「……行きますか」
「そうですね。こっちです」

所々に小さな傷がついた、板張りの床を歩く。建物自体はそう新しくないが、その割には綺麗に使われている。シンプルな壁紙にも濃い茶色の床板にも、年月を経て褪せている以外は、大きな汚れも目立つ傷も殆どない。加々知がそう言って不思議そうに首を傾げたので、明音は笑った。

「そりゃ、孤児院ですからね。血の繋がりのない他人が面倒を見てくれてるって分かると、やっぱり何処かしらで遠慮はしちゃいますよ」
「そういうもんですか」
「勿論全員じゃないですけどね。……けどま、私は少なくともそうでしたよ。だから素行の悪さが外に向かっちゃったわけですけど」
「……」
「あ、あれです食堂。多分まだいますね、ドア開いてるってことは」

階段をあがり、2階の廊下の突き当たりに見えた両開きの引き戸が見えた。片側が全開にされているのは、誰かがいるときの合図だ。明音は小走りにそちらに駆け寄り、ひょい、と中を覗き込む。

「神父さ……」
「嗚呼、よく頑張りましたね。あとはもうこれだけです。素晴らしいことですね」

呼びかける声が、最後の「ま」を紡ぐ前に途切れる。明音はくるりと振り返ると、片方の手で人差し指を立て、「静かに」のハンドサインを加々知に出した。

「どうしました?」
「ちょっと良いところみたいなんで」
「?」

首を傾げる加々知に、「あれ」と明音が食堂の奥を指さす。そこにいた2つの人影を、加々知は細い眼をもう少しだけ細くし、注視した。

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