渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
じっか

「別に蘇芳さんの実家でなくても良いんですが、孤児院が見たいんです」
「は、はあ」

何だかんだで、なし崩しに案内することになった明音の実家まで連れ立って歩くさなか、加々知は実に淡々と彼の目的を語ってくれた。

「そもそもの話ですが、私は地獄の官吏なんです」
「官吏……って、役人っ、国家公務員ですか!? 加々知さんが!?」
「そうですね。ちなみに所属は閻魔庁、閻魔大王の第一補佐官をしています。現世風に言いますと官房長官みたいなもんですね」
「いやいやいや、滅茶苦茶偉いでしょ官房長官って」

総理の補佐役ですよね!? と目を剥く明音に対し、相も変わらず加々知は涼しい顔をしている。

「ていうか閻魔って……実在するんですか、閻魔大王って」
「勿論です。だから当然死後の裁判もありますよ。罪がなければ天国または転生、罪があれば刑場行き。八大地獄に八寒地獄。生前の罪に合わせておもてなししますので、死んだ後はどうぞお楽しみに」
「謹んで遠慮したいです……」

お楽しみに、などと言われて、こんなに嬉しくないことがあるとは驚きである。明音には生憎、例えば『釜ゆで』だとか『血の池』だとか、そういうオーソドックスまたは凡庸なイメージしか沸かないが、しかしそれでも地獄が「何か怖いところ」だという認識はある。
そこの官吏だという加々知は、しかし、こうして歩いているところを見ても、ごくごく普通(若干服の趣味が変なイケメンだが)の青年にしか見えない。

「最近は犯罪の定義も複雑化していますし、昔はなかった社会問題も出てきています。校内暴力や少年犯罪、それから学校での虐めなどもその1つですね。そういうわけで、手始めに現代日本の未成年者の実態を調査することになったわけです」
「官房長官直々にですか」
「私だけじゃなく、補佐官は定期的に視察出てますよ。貴方方だって、自分達の生活を禄に知らない鬼に上から罪を裁かれたくはないでしょう」
「そもそも罪を裁かれるのが嫌なんですがその場合は」
「そういう選択肢があると思うのなら認識が甘すぎますね」

此処で一旦地獄について詳しく講習しますか?

「すいませんでした」

もうやだこの人(鬼)怖い。

「まあそういうわけで、このたび小学校の事務員という形で視察に来たのはそういう訳です。が、勿論視察対象は小学生だけではないですよ。中高の学生は勿論ですが、未成年の労働者やアルバイターも対象です。それから色々な環境の子供を実際に見ておきたいので」
「まずは孤児院、ってわけなんですね」
「そういうことです」

親が居ない子供というのは、確かに不便を強いられることが多い。血縁的に最も近い一親等である親の庇護を受けられないため、それより遠い血縁や、事によってはまるきり血の繋がりがない他人の世話を受けなければならない。
生みの親より育ての親、という言葉もある。実際に血が繋がっていても、この上なく冷え切った関係の親子とて、いる。しかし未だに『みなしご』への偏見はあるし、金銭的にも精神的にも負荷を強いられやすいものだ。孤児院出身の少年だの、ホームレスの少女だのが有名大学に合格してどうのこうの、というドキュメンタリーが世間に受けるのは、口に出さずとも誰しもが『親が居ないこと』の境遇の辛さを感じ取っているからだろう。

「まあ確かに、私も大学行きたかったなーって気持ちはありますよ。でもこの辺でお金のかからない大学なんて国の最高学府くらいしかないし、そこまで色々勉強したいって気持ちもなかったから、早々に諦めは付きましたけど」

明音はうんうんと何度も頷く。所謂『高卒』の身分である明音の育った孤児院も、決して経営的に余裕のある場所ではなかった。幼い頃は、ゲームでも何でも好きに買って貰える、普通の家庭が酷く羨ましかったものだ。
親の居ない子供には、その分自立心が芽生えやすい。けれどその反面、普通と違って色々な制約の課される境遇を憂えて、非行に走ったりする子供も少なくはない。実際はどんな境遇で育っても「まともになる奴はなる」のだが、親という絶対的な味方のいない子供は、やはり不安定になりやすい一面が確かにあるのだろう。

「あー、確かに私も一時期グレてたことありましたねえ」

と、ぼそぼそ呟きながら、横を歩く加々知からふいと視線を逸らす。加々知の涼しげな、しかし刃物の切っ先を思わせる目が、決まり悪そうな明音を睨めた。

「何かやらかしたんですか?」
「え、えーと……まあ、ちょっとばかし、色々」

明音にとってはあまり語りたくない黒歴史である。突っ張っていた、というほど不良じみたことをしていた訳ではないが、それでも髪を金髪にしてみたりだとか、それなりに痛々しいことはちょっとやらかしているのだ。人に語って気持ちの良いものではない。

「まあ良いですよ。どうせ髪染めて派手なメイクして、門限守らなかったり家出してみたり学校サボってゲーセン回ったりとかそんな程度でしょう」
「まるで見てきたかのように言いますね!?」

確かに大体そんなもんでしたけど!! と続く筈だった悲鳴を何とか呑み込む。これ以上口を開くと墓穴を掘ることになるのは、多分間違いない気がした。

「ていうか、本気で着いてくるんですか?」

これ以上この話題を続けることに危機感を覚えた明音は、何とか無理矢理にでも主題を変えることにした。誰が好きこのんで『とんがってた昔』を、会って間もない(親しい相手でも話したいと思わないが)相手にぺらぺら喋りたいと思うだろうか。「俺も昔は悪でよう」などと、自慢げに吹聴するような過去は断じて持っていない。

「いけませんか?」
「いけない、って訳じゃないですけど……」
「ああ、ご心配なく。マセたお子さん達が『明音姉ちゃんの彼氏?』とか興味津々に聞いてきても、そこはきちんと否定して差し上げますので」
「ワーイ斜め上のお気遣い有り難うございマース」

いやでも確かに、そういうことを訳知り顔で聞いてくる奴はいる。それも1人ではなく。新たに覚えた頭痛の種に文字通り頭を抱えた明音は、「ってそうじゃなくて」とブンブン首を横に振った。

「念のため聞きますけど、加々知さんって『鬼』なんですよね?」
「そうですが」
「『鬼』なのに、うちの実家来ても大丈夫なのかって話です。そりゃ地獄の鬼ってからには悪魔とかとは違うんでしょうけど、うっかり一歩踏み込んで灰とかになりませんよね?」
「国も性質もまるで違いますよ。……何かあるんですか?」
「え、聞いてないんですか?」

少しだけ、ほんの少しだけだが、眠そうな亀を彷彿させる加々知の目が見開かれる。相変わらず表情筋は殆ど動いていないのに、「あ、ちょっと驚いたんだな」ということだけは明音にも微かに伝わった。

「おばちゃん達もどうせ喋るなら全部喋ればいいのに……って、もう着いちゃいましたね」

あれです。と、明音が指さしたその先。誘われるようにそちらに視線を向けた加々知が、ややあって得心したように手を叩いた。

「教会ですか」
「そういうことです。ちなみに宗派はカトリックです」

私も洗礼受けてますよ、一応。と自らを指さす明音。そんな彼女と、こじんまりとした教会を見比べた加々知が一言。

「……あんまり信心深くないでしょう、貴方」
「あはははは」

明音は先程と同じように、ふい、と不自然に視線を逸らした。

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