渡る世間で鬼と逢ひ | ナノ
しゅえん

突然だが、蘇芳明音は所謂『ザル』である。
勿論未成年での飲酒は3月3日のひな祭りで呑んだ白酒や、冬に出回る甘酒程度である。が、成人してから初めて呑んだ日本酒の美味さに目覚めて以来、月に2回、金曜日だけと決めたルールの中で、1人でひたすら飲み明かす程度には酒を愛している。ちなみにビールや焼酎は勿論、ワインもウィスキーも清酒も濁酒も何でもござれ、という主義のないちゃんぽん嗜好であるが、個人が楽しむだけなので文句は誰にも言わせない。
ちなみに『ザル』とは言っても、酔っ払わないというわけではない。寧ろほろ酔い加減になるのは比較的早い方なのだが、そこから先がひたすら長い。幾ら呑んでも心地よい酩酊感が続くだけで、吐き気も頭痛もしないし、トイレに立つ足取りもしっかりしたもの。二日酔いにもなったことはないし、呑んでいる間の言動もほぼ記憶しており、理性も働いているから余計なことを言ったりやったりもしない。四六時中呑んでいる飲んべえではないし、酔っ払って他人に迷惑をかけたことは(電車の中を酒臭くする以外では)一度もない。
まあ要するに、『理性ある酒飲み』という、ある種矛盾したタイプなのである。

「若いっていいわねえ」

などと山一などには言われたりするが、実際は個人の体質の問題だろう。つまみもそこそこにひたすら酒を煽ったりするから周りには変な顔もされるが(だから1人で呑むことも多いのだが)、胃に食べ物を入れなくても荒れない、というのは若さだけの特権ではない。
……閑話休題。
何はともあれ、蘇芳明音は兎に角酒に強い酒好きである。そして明音自身も、自分が『うわばみ』であるという自覚は持っていた。酒に強いか弱いかがステータスになるなどとは然程思っていなかったが、皆が酔ってしまう中、1人平然と吟醸などを煽るのはなかなか気持ちが良いと思っていたことも確かである。
しかし、誰が言ったか『上には上がいる』。或いは『井の中の蛙大海を知らず』でも良い。

「確かに此処の酒は美味しいですね。すいませんが○龍お代わり、手酌するので瓶ごとお願いします」
「まだ呑むの!?」
「『まだ』とは何ですか。まだ前哨戦ですよ」

明音はこの日初めて、真の『うわばみ』を見た。それだけの話である。

「か、加々知君お酒強いねえ……」
「ていうか何本目? 顔色も全然変わってないし……」
「黒○ってそんな度数低かったっけ……?」

最初はジョッキのビールを文字通り『一気のみ』し、やんややんやの喝采を受けていたのはもう30分も前のこと。オードブルをぺろりと平らげ、運ばれてくる料理にきちんと手を付けながらも、次から次へと酒瓶を空にしていく加々知に、事務員達は軽く引いていた。

「明音ちゃんも相当だと思ってたけど……」
「ていうか、もはや明音ちゃんが可愛く見えるわ。……酔ってるって分かるもんねえ」
「あ、気にしなくて良いのよ明音ちゃん。明音ちゃんも十分強いから。ね?」
「いえあの、別に気にしてないし、気を遣って貰わなくて良いんで」

軽く火照った顔を引き攣らせる明音の隣で、運ばれてきた純米大吟醸を升に注いで呑んでいる加々知。相変わらずその顔色は普段通りの青白さで、「あれ、この人(鬼)は今アルコールを飲んでるんだよね?」と何度も確認してしまいたくなる。

「蘇芳さん、どうぞ」
「あ、ども」

徐に升を置いた加々知に促され、殆ど中身のなくなっていたお猪口をぐっと煽る。まろやかな口当たりと仄かな甘み、そして特有の芳醇な香りが、口の中にふわりと広がるのが堪らない。

「んーっ、おいしい!」

この1杯のために生きている! とまでは思わない……ものの、それでも美味い酒に美味い料理は最高だ。お返しにと加々知から瓶を受け取って注ぎ返すと、無表情に「有り難うございます」と言われた。

「加々知さん、甘口もいけるんですね」
「まあ何でも呑みますよ。ジュース成分が多くて甘ったるいのは苦手ですが」
「分かるなあそれ。あ、じゃあウィスキーとかもいけます?」
「嫌いじゃないですね。ただまあ、洋酒はあまり呑まないので詳しくはないですが」
「えー勿体ない。山○とかマッ○ランとかオーソドックスで美味しいのに。あ、蜂蜜の甘さが平気ならシーバスリー○ルとか良いですよ」
「ほう」
「あと安く済ませたいならテ○ーチャーズかなあ。ヨードっぽい匂いはするけど。丁度此処にも……あ、あったあった。ちょっと試してみません?」
「良いですね。頂きます」
「よっしゃ。すいませーん、ティー○ャーズストレートで2つー」

「……あ、やっぱり明音ちゃんも飲んべえね」
「あたしはチューハイで良いわ。甘くてフルーツっぽいの」
「あたしも。すいませーん、こっちカルピ○サワー1つー!」
「あと梅酒! 水割りで!」

てんでバラバラな注文を受けても、やや陰りのある笑顔を崩さない店主が「はいただいま」と返事を寄越す。店の雰囲気は飲み屋というよりも『小洒落たカフェバー』という印象だが、戸棚に並んだ酒の種類が凄まじい。清酒だけでも百はあるだろうというそれは、店主のコレクションでもあるという。洋風な店の雰囲気にはあまり合わないものの、誰も気にしてはいないようだった。勿論、ウィスキーやビール、ワインにも事欠かない。

「お待たせしました。ティーチャー○のストレート、2つです」

若いアルバイトが運んできた、小さなグラスに注がれた琥珀色の液体。明音が代表で2つとも受け取り、1つを加々知へと渡した。次いで、少し大きめのグラスに入ったチェイサーも2つ。

「はい加々知さん、かんぱーい」
「乾杯」

軽くグラス同士を触れさせて、少量を口に含む。度の強い酒は、ゴクゴク飲むとと喉が焼けるほど熱くなるので、見た目と匂いを楽しんだ後はほんの少しだけ口に入れるのが良い。チェイサーと交互に呑めば、酒の強い弱いにかかわらず美味しく呑める。

「……美味しいですね」
「でしょ? 安いけど良いですよこれ。お勧めです!」

にししし、とあっという間に飲み干したグラスを片手に我がことのように笑う明音は、そのままその、ウィスキーが入っていたグラスに日本酒を注ぎ始める。つまみとして頼んでいたあたりめは半分以上残っているが、手を付ける様子は見られない。

「食べ物は食べた方が良いですよ。胃に負担がかかりますから」
「はーい」
「返事は伸ばさない」
「はい」

他のメンバーをそっちのけで、酒豪同士が意気投合。元々「年も近いから」と片方を世話係にしたのだから問題は無いが、こうなると周りはちょっと寂しい。

「良いわねえ、若いって」
「ねー。甘酸っぱい青春だわあ」
「アルコール臭いけどねえ」

唯一の20代である明音と、新入りで30前後の加々知。酒瓶を抱えて盛り上がっている2人を見る目は、ホームドラマか何かを見ているようなそれだ。「あたしも若い頃は」「あたしだって」「そういえば主任の娘さんって」などと盛り上がる。

「……そういえば、柘榴ちゃんもお酒好きだったわよね」

ぽつり。誰が口にしたかも定かではないそれは独り言に近く、酔っ払い共の喧噪にかき消されて殆どの者の耳には届かなかった。

「柘榴……?」

ただ1人(鬼)を除いて。

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