酔狂カデンツァ | ナノ


▼ 天国は空の上にはない

※管理人の医療描写と893描写は付け焼刃です。フィクションなので当てにしないでください。あと間違っててもそっとしていただけると嬉しいです。
※微妙な下ネタっぽい単語が入ります。


「悪ィね、付き合わせて」
「今さらかよ! ……まあ、いつものことだしな」

大きさの間に合っていないストレッチャーで男と子供を運ぶ。この家にも一応入院用の客間があるので、ひとまずそこに寝かせる。子供はさておき、男の方はそれなりに大きなベッドからも膝から下がはみ出してしまったが、そこはローテーブルの上にタオルを敷いて、そこに脚を乗せることで解決した。

「しっかしキリエ、こいつら一体どうしたんだ?」
「さあ?」
「さあって」
「知らないよそんなん。神社で見つけたときにゃもうこの状態だったんだ」
「はァ!?」

耳元で叫ぶ悪友の声の甲高さに、キリエは先ほどまでとは違う理由で眉根を寄せた。

「ってことはアレか、お前また厄介事自分から背負い込んだってのか!?」
「うるっさいなもう……じゃあアレか? 見捨てた方が良かったって?」
「ンなことは言ってねえよ! けどアレどうすんだ!? どー考えても堅気じゃねーぞ!」
「だからっつってヤクザの制裁でも無いよ、アレは。歯も爪も殆ど無事だったし、あと『タマ』も『サオ』も無傷だったし」
「いきなり下ネタ挟むなよ!」
「うっさい。健全な検査の結果だっての。……少なくともヤーさんにリンチ受けたにしちゃ傷の種類が良心的だ。ただの喧嘩にしちゃ執拗だけど。刺し傷の類が無いってのがまた、ね」

血塗れの術衣を丸め、悪友の脱いだそれと一緒に洗濯機に放り込んだ。風呂の残り湯で洗って、ある程度汚れを落としてからクリーニングに出すのだ。

「ま、何にせよ詳しいことはどっちかが起きてからだね」
「そうだな。……もう帰っていい?」
「どーぞ。来てくれて助かったよ」
「へーへー。今度何か奢れよ、寿司とか」
「回るやつならね」
「ふざっけんなテメエ! がっぽり稼いでやがるくせに!」

悪態をつきながら出て行った悪友を、ひらひら手を振ってキリエは見送った。ばたん、と閉じた扉の音を最後に、先ほどまでの張り詰めていた空気が、嘘のように弛緩していくのを感じる。
キリエはそっと溜息をついた。

「つかれたぁ」

日食を楽しむつもりがとんだ誤算だと、頭をがりがりとかく。正直女らしさも素っ気もない所作であるが、キリエは全く気にしていなかった。

「……ンあ?」

綺麗に磨かれた廊下をぺたぺた素足で歩いていると、ふとその真ん中に見慣れぬものが落ちていることに気付いた。キリエは少し曇った眼鏡で瞬きをし、『それ』に手を伸ばし、を拾い上げてみる。

「煙草?」

手のひらにすっぽり収まる小さな箱。中を検めてみても、どうみても普通の紙タバコである。気になるのは、一度も聞いたことのないメーカーの、一度も聞いたことのない銘柄であることだろうか。
恐らく、『患者』の男がコートのポケットにでも入れていたものだろう。匂いを嗅いでみると、仄かにバニラの香りがした。これは高い葉っぱだなと、愛煙家であるキリエは当たりをつけた。どうもあのコートといい、男はそれなりに『お偉い』身分のようだ。……どういう意味で、かは不明だが。

「丁度良いやね」

死にかけを助けてやったのだ、このくらいは報酬として貰っておこう。キリエは少ししわの寄った箱から一本取り出すと、いそいそとリヴィングの方に向かった。針金の入ったガラス戸を開けて、ベランダに出る。冷え冷えとした空気に背筋が泡立った。

「さぶっ」

ポケットにいつも入れっぱなしにしているライターを取り出す。随分昔にデザインが気に入って買ったそれは、しかしふたの部分の留め具が少し弱くなっているようで、少し揺らすと頻繁に外れてしまう。そろそろ換え時かと考えつつ、くすねた煙草を口にくわえ、火をつける。と、

「ぅぐっっ!」

想像はしていたものの、その遥か上を行くバニラの濃い甘味と匂いに、キリエは目玉をひん剥いた。

「あ゛っっま!!」

しゃがれた声に驚いたのか、ベランダ付近にいた雀が一斉に飛んでいく。キリエはこれ以上とても吸っていられないと、殆ど減っていない煙草を踏みつけて火を消した。

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