酔狂カデンツァ | ナノ


▼ たぶんここが最果て

『オペオペの実』――万年カナヅチと引き替えに、常人には得られない力を手に入れることが出来る『悪魔の実』の中でも、その能力は群を抜いていると言って良い。
設定した『領域』の範囲内であれば、その実を口にした能力者は『領域』内の全てのものに対し物理的な干渉を行うことが出来る。例えば物体の移動であったり、離れた場所にある物体同士の位置の交換などは朝飯前。自由自在な物体の切断と接合。ある物体の内包物を、外側の物体を破壊すること無く取り出すことも出来る。そしてその能力は、生物・非生物を問わず使用することが可能。
医療知識のある者が能力を得れば、稀代の名医となることも可能。殺傷能力自体は然程でもないが、それは数ある悪魔の実の中でも『究極』と称される実であるという。

「ほー、成る程ね……」

何てチートな、という言葉をぐっと飲み込み、キリエはガムを噛み潰した。なるべく甘さのない種類を買ってきたつもりだったが、スースーした後味はとても普段から吸っている煙草の代わりにはならない。

「そりゃ確かに、どんな医者でも欲しがるだろうな」

随分前に読んだ、『漫画の神様』が描き上げた医療漫画の大作を思い出す。基本的に一話完結のあの話の中に、少し似た能力を持った登場人物がいたのだ。
その人物は所謂超能力者というかシャーマンに近いようで、『神の力』だか何だかで、素手を患者の身体に突っ込んだかと思えば、病んだ患部から病巣を丸ごと、それも患者の身体を傷つけること無く取り出すことが出来た。結局その話では、主人公が『手術のために死なせるしかなかった』ということにしようとした無脳症の子供を「生きたまま」取り出してしまい、まともに生きられない蛙のような顔をした赤ん坊の姿と、その赤ん坊を『死なせてやる』ことを選んだ主人公の言葉に打ちのめされていたが。
しかし。

「その能力から、オペオペの実の能力者は『改造自在人間』と呼ばれる。達人が使えば、大きな島を丸々一つ、『手術台』の上で操作出来るそうだ」
「島をどうこうする気は無いが、魅力的だな。外科手術の諸々の問題がほぼ全部解決するぞ、それ」

実際問題として、麻酔も無しに、患者への負担もほぼゼロで手術を行える能力があるとして。そしてそれが、心臓だろうと脳だろうと、何の問題も無く実行できるとして。
……夢のような能力だ。キリエは惜しみない喝采を送りたい気分だった。実際はガリガリと新しいガムを噛み砕くだけだったが。

「しかしまあ……」

『悪魔の実』という非現実的でファンタジーっぽくて無茶苦茶な存在すらもはや「え、何それ漫画の設定?」と言わんばかりだが、『オペオペの実』とやらは凄まじい。一説には『究極』と呼ばれているそうで、つまりこれより酷いものもそうそうなさそうではあるが。……所変われば品変わる、ではないが、恐らくキリエと彼らの間の『常識』にはきっと恐ろしい差があることだろう。
それにしても。

「ンな便利なモンがあんならさっさと言いやがれ、糞ガキ!」
「あだっっ!!」

怒りの籠もったデコピンを、思わずローに浴びせて絶叫する。

「テメエ私がどんだけ悩んでたと思ってんだ、ああ? ガキの死体丸ごと買い付けに行くか(違法)駄目元で内臓丸洗いかで死ぬほど頭捻ってたっつーのに」
「お、俺が知るかよそんなん! 大体……っ」

ローはぐっと唇を噛み、そのまま俯いてしまった。その反応に首を傾げたキリエに、水差しで口内を潤した男が声をかける。

「すまん先生。ローはその……医者嫌いでな。色々あったんだ、珀鉛病のせいで」
「……ふーん。ま、医者っても人間だかんな」

『医は仁術』などと言うが、実際に「困った人を助けたい」という純然たる思いだけで医者になる人間ばかりではない(勿論少なくはないだろうが)。金になる、一生食いっぱぐれない、名医になれば名誉にもなる、家が病院だから跡を継ぐ……諸々の理由で医者を目指すものはいて、そして本人の性根や法律によってそのスタンスも変わってくる。
そして、『伝染病』や『得体の知れない病』に及び腰になるのも、人間であれば仕方ない。

「運が悪かったな、お前ら」

しかし、『そういう医者』にばかり当たってしまったのは、彼らの不運だ。そこは素直に労ってやることにした。ぼすっ、と少し猫っ毛気味のローの頭に手を置けば、「離せよ」とは履き捨てられたものの、特に振り払われはしなかった。

「さて、閑話休題はこの辺にしとくとして……今後のことだな」

意外とさわり心地の良かった頭をもふもふ撫でつつ、声と表情だけは真面目なそれにするキリエである。

「取り敢えず、その『オペオペ』の能力とやらがきちんと見たい」

話だけじゃいまいち想像出来ん。キリエは言いながら難しい顔を作った。ローを改めて見下ろせば、「俺もわかんねえ」とゆうるりと首を横に振った。しかしこれも仕方ないだろう。例えば目が覚めていきなり「貴方は超能力者になりました」と言われても、その能力がどんなもので、どうやって使うのかなんて分からないに違いない。

「能力者がローである以上、ローの手術の執刀医はローになる。私に出来るのは所詮助手か、横から口を挟むくらいになるだろ。しかしまあ、自分の腹の中身見て内臓取り出すなんて作業だ。いきなりぶっつけでやって出来るってモンじゃないだろう」

となれば、まずはその『能力』を他ならぬローが知らなければならない。何が出来るのか、どうすれば出来るのか、逆に何が出来ないのか。具体的にそれを掴んでものにしなければ、とても手術なんて出来やしない。
一難去ってまた一難。深々とキリエが嘆息すると、今まで黙っていた男が「あー……あのな」と口を開いた。

「能力の使い方だけなら、俺がどうにか出来るぞ」
「あ?」

ひらり。大きな手が振られる。まるでメンチを切る不良のような様子で聞き返したキリエの隣で、「あ」とローが声を上げた。

「そっか、コラさん『ナギナギ』の能力者だから……」
「ああ。勿論能力的には全然違うけど、悪魔の実自体には慣れてるからな」

使うだけなら意外と簡単なんだ、と男が笑う。キリエは己のこめかみの辺りで『ピシリ』と音が鳴るのを聞いた。

「だーかーらさあ……」

何故か頭痛がしてくるのは否めない。そりゃあそうだ。ここ数日、何故かこういう『無駄な悩み』で時間を消費している気がしてならない。
というか、『気がしてる』ではなく、『実際にしている』。

「そういうことはもっと早く言えっつてんだろ、このボケナス共が!!」
「あ痛ぁあ!!」
「事は一刻を争うっつってんだろうが!!」
「ぎゃー!!」
「ギャ――ッ!」
「もう他無いな? 隠してること無いな!? マジで何も無いな!? あったらマジでそのドタマにメス入れんぞ!?」

拳骨を握って振り上げるキリエに、男とローは揃って首を横に振った。ブンブンブンブンと首振り人形のようになった2人は酷く滑稽だが、もう笑う余裕も無い。

「次なんか重要なこと出てきたら解剖な」

口角だけ異様につり上げたキリエに、2人は今度は首を縦にブンブンブンブンと振った。

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