酔狂カデンツァ | ナノ


▼ 温もりもそこそこに

「話続けるぞ」

暫くしてローが落ち着いたのを見計らったのち、キリエは静かに告げた。『コラさん』はまだローが心配なようだったが、やがて躊躇いがちに頷いた。

「世界云々は一旦おいとけ。それよりも重要な話……お前らの容態だな。おチビにはもう言ったが、そのうち全快するだろうあんたと違い、おチビの身体はもって1ヶ月無いくらい。内臓と血液が白く濁ってて見るからにヤバイ状態だ。今のところ、考え得る治療法は内臓と血液を全部すげ替えるくらいしか思いつかない」

あんぐりと男は口を開けた。ぽかん、と間抜けな音が聞こえてきそうだった。視線がうろうろと、キリエとローの間を行ったり来たりする。
子供の病状を知らないのか、それとも知っていたが悪化の進度が予想外だったのか。内心首を傾げたキリエの視界の端で、ローがさっと視線をずらす。キリエは更に首を傾げた。おい何だ、その後ろめたそうなリアクションは。

「あんたらにも色々事情はあるだろうが」

とはいえ、言うべきことは先に行っておかなければならない。闇であっても無免許であっても、鳴海キリエは医者である。『ヒポクラテスの誓い』も『インフォームド・コンセント』も、闇や無免許であれば果たさなくて問題無い、というものではない。

「偶然でも何でも私が拾って此処に置いた以上、あんたら2人は私の患者だ。勝手に出ていくことや勝手な治療をすることは許さないし、治療に必要な情報を隠すことも許可しない。その代わり、あんたらが助かるように最大限の治療とサポートをすることは約束する。異論は」
「ち、ちょっ、ちょっと待ってくれ」

ずい、と大きな手が前に差し出される。指も太く節のやや目立つ、そして傷だらけの手だ。多くがまだ瘡蓋にもなっていない新しい傷だが、よく見れば3年は経っているだろう古傷もある。
何だよ、と言葉を止めたキリエを余所に、男は視線を逸らしたままのローを見る。

「ロー、お前……言ってないのか?」
「……だって」

ぶすくれた顔のローに、何だか決まり悪そうな顔をする男。キリエだけがひとり流れを掴めず、クエスチョンマークを頭の上に浮かべた。

「ごめん、コラさん……」

やけに重たい沈黙を押して、ローの唇から零れたのは謝罪だった。白斑が半分以上を占めた青白い顔が、くしゃりと『子供のように』歪んでいる。男はいや、と首を横に振った。

「お前の判断は正しい。あの実が貴重だってのは再三言ってたし、お前が医者嫌いなのも、もう痛いほど分かってる。その上俺が起きないんじゃ、どうしようもないよな」
「……」
「なあ、あんた」
「キリエ」
「ああそっか。悪かった。キリエ先生、でいいか?」

せんせい、と当たり前につけられた敬称に、少しばかり面食らう。しかしまあ一応は『ドクター』の立場なので、尋ねられたキリエは鷹揚に頷いた。

「キリエ先生は、『珀鉛病』を知ってるか?」
「……知らん。というか、ローから聞いて、症状を診て、初めて知った。調べてはみたが、こんな病気が過去に発見された例は無い。類似したものもあったが、症状その他が明確に違ってた。そもそも原因の『珀鉛』なんて鉱物自体を私は知らないし、見たことも聞いたこともない」
「……」
「感染病ならパンデミックの可能性ありありだから通報も考えたが、中毒症状ってんなら話は別だ。既に透析機が駄目になりかかってるし、乗りかかった船を今更降りる気も無ぇよ」
「……そうか」

ほ、と安堵の籠もった吐息が零れたのが分かる。いつの間にか引っ込んでいた手が、ローの頭を撫でた。

「じゃあキリエ先生、頼みがある」
「コラさん……」

不安げな様子のローに「大丈夫だ」と力強く頷いた男は、すぐに真っ直ぐキリエを見上げた。

「先生の見立て通り、ローの命は残り少ない。俺は医術の事は分からんが、ローの状態が普通なら絶望的だっていうことは知ってる。何せ医者も随分回ったんだ。何処も診察すらまともにしてくれなかったけどな」
「……『普通なら』?」
「そうだ。普通なら、ローはもう助からないんだろう。けどまだ手は残ってる! ローはオペオペの実の能力者なんだ!」

先生、と力強くもう一度呼ばれ、先程まで子供の頭に載っていた手で、手を握られる。

「先生は医者なんだろ、ローに能力の使い方を教えてやってくれ。先生は能力者じゃないだろうが、オペオペの実の能力を使いこなせるのは医者、もっと言うなら一流の医者だけなんだ。ローは医術知識はあるが、実際に手術や治療をそれほどこなしてきたわけじゃない。俺はさっきも言ったが医術はからっきしだ。頼む。先生の力が要るんだ!」

まだまだ本調子に遠いだろうに、それでも握った手に力が込められる。真剣そのもの、という言葉がとても安っぽいほど、彼の目は真剣で真摯で、そして切実だった。

「……あー」

取り敢えず、協力は吝かでは無い。先にも言ったが、助ける気がないならそもそも拾ったりはしないのだ。面倒事など百も承知。もともと面倒事を背負い込むために闇医者になったようなものなのだから。
しかし、しかしである。

「取り敢えず、その『オペオペの実』ってのは何だ」

まずそこから聞かなければ、協力しようにも出来やしない。きりきり吐きやがれとキリエが未だどかない手を抓りあげれば、「あいたあ!」とやはり間の抜けた悲鳴が上がった。

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