酔狂カデンツァ | ナノ


▼ 隠れ咲く優しさ

ガキの泣き声ってのは神経に来る。
部屋中に響く嗚咽に半ば黄昏れながら、キリエはそんなことを考える。木霊する泣き声は2つ。一つは高い子供の声。子供の声というのは、それが泣き声であるなら尚更、大人の耳を酷く劈くようになっている。泣き声とは助けを求めるSOSの声であるため、庇護者である大人の耳にとても捉えやすくなっているのだ。だからその分頭に直接響くように感じられるし、大部分の子供嫌いの大人が「煩い」と嫌がるのだ。
しかし。

「いい大人の泣き声ってのはひたすらみっともねェな」

顔から出るモンほぼ全部出てるし。と、ぽそっと呟かれた悪態は、幸いにして彼らには届いていないようだった。キリエはポケットの煙草に手を伸ばそうとして……此処が病室であることと、ついでに子供がいることを思い出して止める。基本的に自堕落で仕事以外は適当なキリエの、それは数少ないポリシーだからだ。

「コラさん、コラさん、コラさん……!」
「ロー……ごめんな、心配かけた……な……」

目を覚ましてからこの方、借りてきた猫というか、手負いの獣というか、兎にも角にもこちらに気を許す素振りのなかったローは、今は恥も外聞もなく泣いている。涙も鼻水もそのまま、拭う余裕もないらしい。
しかしまあ、子供というのはこういう泣き方をするものだ。子供が子供らしく泣けない世界ほど、辛いものはない。

「おい、あんた」

出来ればそのまま退室した方が良いのだろうが、生憎とキリエは医者だ。空気を読むよりもすることがある。半ば我を無くしたローを引きはがすのは早々に諦め、ようやく腕を動かすことで精一杯らしい男に声をかける。
男はそこでやっとキリエの存在に気づいたらしい。ぱちくりと目を丸くして、やはり涙と鼻水まみれの顔でキリエを見上げた。

「調子はどうだ。まあ痛いトコだらけだろうけどな」
「あんたは……」
「あんたら拾った闇医者だ。心配しなくても訳ありなのは分かってる。警察にも何処にも情報は漏らしてねーよ」

けいさつ、と、何だか知らない言葉でも突然言われたかのように繰り返され、キリエは眉を顰めた。やはりこの2人には何かある。言われずとも分かっていたが、単に後ろ暗いというだけでなく、何というか、もっと根っこの部分が通常と異なるのだ。

「……」

ともあれ、今はローの様子もあってそれを話している場合でもないだろう。キリエは水差しの中身を視線で確認し、男の額に指先を当てた。ざっと37.2度。微熱気味。まあこの怪我ならば仕方ない。

「取り敢えずローが落ち着いたら水でも飲ませろ。あとはもう一度休め。何か用があればローに頼むかそこのボタン押しゃ分かる。あと此処は禁煙だから煙草は没収。何か質問は?」
「いや、別に……」
「ならもう良いな。取り敢えずそこの糞ガキどうにかしとけ。私も少し休む」

考えてみれば、あまりこの家に患者を長いこと泊めたことはないのだ。キリエの治療を受けるのは、ヤクザや不法入国者、殺し屋などの後ろ暗い面々ばかり。その誰もが、中立的で患者以外の出入りを禁じる(つまり護衛などが宿泊することも許さない)病院よりも、ガードとセキュリティが万全な自分のテリトリーにいることを好むからだ。キリエとしても、客でこそあれ味方ではない連中に長居されるのは嫌なので、その方が都合が良い。
満身創痍が2人、うち1人が子供とはいえ、それなりに神経は使っていたのだ。キリエはぼんやりとそう自覚しながら、部屋を出て煙草を口にくわえた。取り敢えず外に出よう。それで気力があったら、出来合いの総菜でも買って。息を吸い込みながら、安物のジッポで火をつける。

「っっっっっぐえっ!」

途端、鼻の奥にまで染み渡った甘ったるさに嘔吐く。

「これ……!」

あのクソ甘い奴じゃねーか!! 怒鳴りかけて何とか思いとどまり、勢いよく拉げた箱を廊下の床にたたきつける。
見たことも聞いたことのないパッケージのそれ。キリエはチョコレートの残り香の甘苦さに、唾を吐きたい気持ちをぐっと堪えた。

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